11、裁縫士、はじめての縫合手術を行う。
ぼくの手にはいつのまにかハサミのようなものが握られており、もう片方の手にはピンセットが握られていた。
ハサミの先には三日月型の針があり、それが、切り裂かれた彼女のお腹を縫い合わせてゆく。
シャシャシャシャ、という音と共に、彼女のお腹の傷が塞がってゆく。
それはほとんど目にもとまらぬ速さだった。
だから、周りの人間もぼくが何をしていたかなど分からなかっただろう。
縫合手術を終えると、すべてが自動的に消えた。ハサミも三日月型の針もピンセットも。残ったのは彼女を縫い合わせた糸だけだった。
ぼくは仰向けになっているその女性を眺めた。
とても美しい女性だった。
目が大きく、鼻が少し低く、全体的に小作りな顔をしている。
そして、何よりその黒く長く伸びた髪が印象的だった。
肌の色がぼくらと少し違う……。黄色い肌をしているようだ。外国の方かな?
ここまでやれば十分かな、という気もしたが、喧嘩で盛り上がる周りの様子を見て、このままここに放っておけない、と思った。でも、家に連れ帰るのも気がひけた。
「どうしようかな?」そんなことをつぶやいていると、いつもお世話になっている宿屋を経営するカーネルおじさんが通りを歩いているところが見えた。
「カーネルおじさん!」と、ぼくが声をかけると、おじさんは気づきこちらにやってきた。
「スノウ君どうした? この騒ぎはなんなんだい? 喧嘩かい?」
「はい。そうらしいです。というか、この女の子が怪我をしちゃって……」
ぼくはそう言って、おじさんにぐったりする彼女を見せた。
「おお、大変だ。回復魔法士にみせないと」
「いや、それはたぶんもう大丈夫です。ぼくが縫ったので」
「縫った?」
「ええ。あ、それよりも、この子におじさんのところのベッドを貸してあげたくて。おじさんのところは宿屋だからベッドが余っているでしょう?」
「うーん。でもなぁ、こっちも商売だからなぁ、見知らぬ人をただで泊めるわけには……」
「じゃあ、お金はぼくがだすよ。それでいいでしょう?」
「それでもいいが……、スノウ君は大丈夫なの?」
「この頃少しお金の算段がつくようになったんだ。だから大丈夫だよ」
「……そうか。なら、この娘はもうワシの客だ。丁重にワシの宿屋まで送っていくよ」
そういって、カーネルおじさんはやさしく彼女を背負うと、そのまま自分の宿屋につれていった。
ぼくは、ここでやっと息をついた。
彼女を救えてよかった。
ぼくはゆっくりと自分の家に向かって歩き始める。この喧騒から逃れるように。
それから数日、ぼくは忙しかった。
まず、テーブルをもう一台買ってこなければならなかった。
そして、ぼくがコピーするための女性用の商品もぼくは買い付けなければならなかった。
どちらもそれなりにお金がかかり、手持ちの金は底をついたが、おかげでぼくの家の前の店は男性用の商品も女性用の商品も良質なものが安価で買える素晴らしいお店となった。
基本的に店はルルが切り盛りし、ぼくは服を作るか、外でモデルとなる服の買い付けに奔走することになった。
そんなある日のことだった。
夕暮れ時に家に戻ると、妹が強張った顔でぼくを出迎えた。
「あのさ、ちょっとお兄ちゃん私全く聞いてないんだけど……。というか、その決定なかなか受け入れがたいんだけど……」
「なにが?」
「なにがって……、ほら」と言ってルルは目線を家の中に向けた。
不思議に思いぼくは自分の家の中に入ってゆくと、ぼくのベッドの上に正座する一人の女性が瞳に飛び込んできた。
あ、と思った。あの時、ぼくが助けた女性だ。
「あ、もう良くなったんだね。よかった」
「……」
彼女は何も答えなかった。
ひょっとして、この国の言葉が分からないのかな?
彼女の肌を見るに外国の人っぽいからだ。
彼女は、ぼくをジッと見据えると、それから唇をキュッと結んだ。
何かを言いたいのかな? そんなことを思っていると、彼女は背筋をまっすぐ伸ばした姿勢のまま、三つ指をついて、ぼくに向かってお辞儀をしてきた。
そして、こんな言葉をぼくに言ったのだ。
本当に予想だにしない言葉を……。
「この度、貴方様……、いえ、スノウ=ガード様と結婚することになりました、板倉宗家、第十五代目棟梁板倉光重が娘、板倉ちよ、と申します。ふつつかものですか、どうか末永くよろしくお願いいたします」