10、裁縫士、このまま彼女を見捨てますか? それとも傷口を縫合しますか?
「またのご利用をお待ちしております」
とてもきれいな女性が丁寧にお辞儀して見送ってくれたが、出来ることならぼくは二度とここのお世話にはなりたくなかった。
リーン金融。ここアヴァロン街の最大手の貸金業者だ。
セレロン市場に立ち並ぶ小売店の数々は、必ずと言っていいほどこのリーン金融にお世話になっていた。
豊富な資金で、低金利でお金を貸してくれる優良企業だ。
でも、そのかわり取り立てがキツイ。
期日に一日でも遅れると、無理やりにでも資金の代わりに資産を回収する。
時には女性を他国に売り飛ばし、資金の回収をはかることもあるのだとか。
だから、いくら綺麗な女性が丁寧な言葉遣いをして見送ってくれたところで、また利用しよう、なんて気になれなかった。リーン金融から金を借りるのは、本当にピンチな時だけだ。
まぁ借金も返したことだし、スキル研究でもしながら家に帰るか、と思い、ぼくはいつものように、スキルステータスを表示させる。
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スノウ=ガード
裁縫士
称号:少し手馴れてきた裁縫士
普通の裁縫スキルレベル2 7/24
異次元裁縫スキルレベル6 30/160
スキルセットA:なし
スキルセットB:なし
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あれ? 前見た時と変わってる?
スキルレベルが、二つとも知らないうちに上がっているぞ?
うーん。
スキルを使えば使うほどレベルが上がるのだろうか?
ん? 待てよ? レベルが上がった?
そこであの青い文字が頭をかすめた。
≪そのスキルレベルでは、まだ塗ることはできません≫というあの文字……。
ひょっとして……。
ぼくはいつものように裁縫スキルを呼び出し、そして例の選択画面まで進める。
≪塗る方ですか? それとも、塗らない方ですか?≫
前回はスキルレベルを理由に青い文字に断られたが、今回はどうだ?
――塗る方でお願いします。
すると、次に別の選択画面が表示される。
≪何を塗りますか?≫
現在ロック中
マンドレーク
オモト
現在ロック中
キニーネ
クサノオウ
現在ロック中
現在ロック中
クララ
現在ロック中
現在ロック中
イワスナイソギンチャク
ウミヘビ
オニダルマオコゼ
現在ロック中
う~ん???
たぶん現在ロック中と書かれている場所は、使えないのだろう。となると、ロック中以外のものから選ぶことになるのか……。ウミヘビ? ヘビって……蛇か? というかオモトってなに? クララってなんか女性の名前みたいだけど……。
そんなことをぼんやり考えていると、視界の端っこに人だかりが映り込む。
なんだろう?
ぼくは、何の気なしに、ゆっくりとそこに足を運ぶ。
近くまで来ると、そこで何が行われているかようやく分かった。
喧嘩だ。
周りの人々は興奮し「やれ! やっちまえ!」と叫んでいた。
もう……まったく。と思い、盛り上がるその輪の中に入ってゆくと、剣を振り回し戦う二人が見えた。
これどう言う状況なのだろう? こんなところで決闘するなんて何を考えているんだろう。って、ん?
二人が戦っている石畳の上には男女三人が転がっていた。
男二人は大丈夫そうだが、女の方は腹から血を流していた。
でも、皆、中央の喧嘩に夢中でその女性を気にも留めない。
なんてことだ。
ぼくは、彼女のそばに近づいてゆき声をかけるが返事がない。
まずい、これは大変だぞ。
「誰か!」とぼくは叫んだ。「誰か回復魔法を使える人!」
誰も反応しない。皆、喧嘩に夢中だ。
まずい、まずいぞ。そうだ、誰かを呼んでこよう、と思ったその時だった。
視界に例の青い文字が映る。
ぼくは目を大きく見開いた。
≪このまま彼女を見捨てますか? それとも傷口を縫合しますか?≫