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99話

カイルは目が覚めてから、同じベッドで二人眠っていた事を少し遠回しにからかわれて、最後にはユウカが疑惑を否定した。

その話が終わると一瞬で、軽い空気は霧散した。




「多分、この街から出てない事は特定されちゃったね」


 室内の窓から見える深い夜を越えた景色は、直前に見てきた街と比べれば、美しい物だった。

しかし、人々の未来の希望や期待が生み出す心の輝きがまるで存在しない悲しい世界は、どこか寂しい。

肝心のヒトが存在しなければ、そういった誰かを救う為の本当に大事な感情は生まれる可能性さえ生まれてはくれない。


 彼がここを訪れなければ、住民達は無意義な恐怖を知る事なく今も元気に笑い、平凡な日常を過ごしていただろう。

だが、彼にはやり遂げなければいけないことがある。

その為なら、幾らかの罪を背負う覚悟がある。



 寝泊まりに利用したホテルから確認出来る兵士の数は数百程度だが、一瞥しただけで確認出来る数としては異常だ。

彼らを待ち構えている数はこれよりはるかに多いと考えていなければならない。



「準備は出来たか?」


 カイルは周りを見渡す。

周囲には、自分を信じてついてきてくれた仲間の姿がある。

恐らくは間違っていて、どうしようもなく弱い者の選択を、友達だ仲間だと、ついてきてしまった彼らを失いたくないと、思う。

言葉を使わずして返ってきた了解に彼もまた、頷いて言った。


「まず最初にこのホテルを爆破する。 被害を減らす為に一応手は打ったが……助からない者もいるだろうな」


 決めたはずの覚悟が、少し揺らぎそうになるのを堪える。

時間がカイルに考える余裕を与え、それが間違いだと指摘したが、彼がそれを仕方ないと一刀両断するには少し優しすぎた。

彼の心を後押しする言葉が必要だと、見抜く者はすぐ側にいる。


「それでも、僕らが負ければ世界が滅ぶ。 ただ数人が死ぬ可能性と、世界が滅んでしまう可能性は天秤にかけられないはずだ」


「そうだ。 だから俺は……俺達は罪を背負う。 世界の為に」


 誰かを傷付け、理不尽に殺める為の真っ当な言い訳がある。

何も知らなければ誰もが認めてくれるであろう言い訳。

しかし、この事態の真実を知る者は、多分一人だ。




 本当はもっと早い段階の何処かで彼女を止めなければいけなかった。

そうすれば、被害は少なく抑えられた。

しかし、世界を破滅させる計画の実行段階を宣言するまでに止められなかった。


 必死に追い付こうと前に足を踏み出していたつもりでも、彼女はそれを超える速度で駆け抜け続けていた。

結局、力以上に覚悟が足りなかったのだ。

信じる道を踏み外してでも、狂った彼女を止めてやろうという覚悟が。

だから、どれだけ足掻いても救えなかった。

低すぎるスタート地点のせいで、高く、常に上を目指し続けるゴール地点に辿り着けなかった。


 しかし、今回はもうそれが許されない。

だから、変わろうと思った。

自らの意思と力で誰かの命を奪い、その全てを背負いながら前に進み、世界を救う為に世界に抗って、その上で最後に自身に与えられる結末を受け入れようと決めた。

誰かに結末を委ねるやり方では、カイルにとって理想の未来はやってこない。

その誰かは、彼自身ではないのだから。



 目標は守りたいモノ全てを守り抜く事。

理由は守りたいから。

それで、戦う理由は十分だ。




「魔法の発動準備は終わってる。 10数えたら、窓から飛ぶぞ」



 数えた後、何度も爆発が起きる。

最初はまだ音だけの、ただの騒音。

まだホテル内にいる者にしか聞こえない、幻聴の音。

それを聞いた数名が窓から飛び降りる。

それなりに高額なホテルに泊まるだけあり、こう言った非常時の行動も早い者が幾らかいた。

しかし、飛び降りることの出来ない者もいる。

自身にかかる重力を上手く対処するだけの魔力がない者や、又は突発的な事態へ反応が遅れた者。


「…………」


 カイルはこれをずっと懸念していた。

彼の育った世界は、魔法が扱える事を前提とし、最低限の戦闘能力と財力を持ち合わせている者ばかりで、そうでない者は人権がないのと同義だった。


 それが異常であると、彼は大切な人に教えてもらったから、知っていた。

その人はカイルに心という物を教えてくれた。

もしも運良く出会う事が出来ていなければ、彼は疑問を抱かぬままに平然と他人の命を奪い続けていたかもしれない。

強者が弱者を虐げる事が当たり前の世界で、ヒトの命の価値や大切さについて少しでも考えるキッカケをくれた彼女には、どれだけ感謝しても感謝の念が尽きそうにはない程だ。


 命の価値。

それに明確な優劣は存在しない。

しかし、状況次第では優劣をつけるべきタイミングは存在する。


 彼女が過去に説いた自分ではない誰かに対する思い遣りが、今、カイルに弱者を見捨てさせる決意を固めさせた。


「仕方がない」


 より多くの弱者を救うという大義の為に、少ない弱者を見捨てるという決断はかつての、優しい誰かを見捨てられなかった弱いカイルには出来なかった行動だ。



 逃げ遅れた人々の一部を崩壊し始めたビルが無慈悲に襲う。

二次、三次、と被害と混乱が特定の方角に向けて広がる。

魔法の副産物的成果もあり、悲鳴は思っていたほど響かない。

そうなることも計算の内だ。


 足場が崩れる前に、カイルが跳んだ。

続く仲間達は、下を見る事なく、かといって進む道を考える訳でもなく、ただ先頭を進む彼だけを見つめている。

その後ろ姿だけでも、絶大な信頼は感じ取れた。


「これなら、僕らの移動ルートは反対だと予想される……のか」


 その呟きをカイルの意識は捉えている。

彼には、犠牲を出した事を責めている様に感じられていた。

そうではないと頭では理解していても、自分を責めようとする心は彼の中から消えてくれないようだった。



「一応今考えてる事は予想出来るよ。 でも、それで良いんじゃないかなぁ……」


 この言葉の意味を完全に理解する事は、今のカイルには少し難しかった。

しかし、何故だか無意識の内に救われてしまう様な気持ちになってしまう自分を彼は嫌いになる事が出来なかった。





「先程から、おかしくないですか?」


 戦いばかりの時間に逆戻り、彼らは全員が全く同じ疑問を抱いていた。

それは、何故ブレイスからの攻撃がこの程度なのか? という事だ。


「攻撃が幾ら何でも優しすぎる、って事だよね」


 彼らは驚くほどに何もない街はずれを走りながら会話していた。

戦闘が起きていない訳ではない。

数秒に一度、数十の兵を仕留めながら前に進んでいる

しかし、10秒単位で数百を仕留めなければ埋め尽くされてしまうような勢いで敵が襲いかかっては来ない時点で、彼らにとってはハードモードを1つ下回るノーマルモード程度の難易度だった。


「確かに、カイルはどう思う?」


「俺達が想定していない何かが起こっているのは間違いない……が」


 それが何か分からない。

彼女が何処まで展開を予想していて、どのように事態を進めようとしているのか。

そもそも彼女の状況コントロールは今も続いているのか。


「どうする? 計画変更?」


 魔法で巨大化した剣を前方に振るい、数十秒の安全を確保したカイルが迷いを眉に示し、僅かな空白の時を持って、答えた。


「いや、このまま行く。 多分、目的地点には軍の本隊が待ち構えている。 戦力を集結しているんだろう」


 もしくは、貴重な戦力は未来に備えて温存しているか。

しかし、その可能性を話して落胆するのは望ましくない。


 前から襲われる回数が少なくなり、群れを抜けた事を理解した彼らは更にスピードアップして飛ぶように走った、一般人の範疇で考えれば飛んでいると表現すべき動きで前に進んだ。


「了解……さて、見えてきたね」


 付近では最も高い草原から見えたブレイスという国の光景は、やはり偉大さを感じさせる物だった。

軍らしき姿は見えない。

代わりにあるのは、幾万もの死体だった。

その上に立つただ一人の強者。

理不尽な程の意思の強さを秘めた冷たい瞳。

全てを凍て付かせるかの如く研ぎ澄ませられた神経が真っ直ぐにカイルを捉えて、細く引き締まった無駄のない軍服の上からでも分かる肉体美が、再会を喜ぶかのように隆起する。


「なるほど……ね」


 何故、その状況に至ったか理解する必要はない。

ただ与えられた状況をクリアすればいい。

状況は想定していたよりひどく簡単な物になっている。

勝率は悪い物ではないはずだ。


「突っ込むぞ」


 真っ先に飛び出したのはカイル。

それを稲妻と同化し、恐るべき速度で迎え撃つリュウは、何処か悲しい瞳で彼を見ていた。

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