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97話

たった4人でブレイスと敵対した彼らでは、真っ直ぐに行進することは不可能だった。

よって、ある程度ブレイスの指揮下にない街、もしくはそのハズレを通るルートを選んでいる。

無論、最終的にはそんな道はないのだが、不必要に消耗する事はこれ以上したくなかった。

そうして一度は振り切ったものの、すぐにバレた。


「クソ、こんな街中でも……」


 カイルが通り過ぎたその場所は、ただの市民もいる。

軍の邪魔となってしまった一部は、任務遂行の為に処理された。

他国であるからといって容赦する国ではないと知っていた。

今更と言われようと微かに心が痛む事は避けられなかった。


「なぁ、カイル」


「なんだ」


 前だけを見て、飛びかかってきた剣士二人を無力化し、3丁の銃から放たれた実弾を魔法障壁で弾きながら走る。

ミヤが銃を持つ者を銃を使わない魔法射撃で倒すと、また話す余裕が生まれる。

背後からの攻撃は、残る二人に任せ、突破口を開き続けるのが攻撃力という観点では世界的に見ても圧倒的なカイルとミヤの役目だ。


「何で彼女はブレイスに、いや、人類にこれほど情報や力を流してるんだろう?」


 言われてみて、ようやく気付く。

この状況を引き起こした彼女にとって、人類に情報を流す意味はないはずだった。

少なくとも、今回の闘いにおいて、ダンテはリュウに何かを伝えたと考えられる。

リュウはカイルが破滅の条件で、そう誘導されたと、言いかけていた。


 カイルにもブレイスの側にある祠に来い、という手紙が送られて来ている。

一体何故このような行動を取ったのか、まるでハッキリしていない。


「あいつは、多分世界を造り直すつもりだ」


 世界を滅ぼし、次の世界でカイルと共に生きる。

再生する条件などはもう満たされているのだろう。


「は?」


 対処を任せていた背後からの攻撃が、カイルの頬を掠った。

そこから赤い血が流れ、伝い落ちる。

彼はそれを気にせずに言った。


「俺には全容は分からなかったが、アイツが個人的に送りつけて来た資料や、話した内容から推理すると、多分そんな感じだ」


「……今更新情報を出されても困る。 対処法は?」


「分からない」


 こうして破滅に対抗すべく戦い続けている今もその対処法は何一つ分かっていない。

戦いの前段階で、完敗しているのだ。

計画が崩れ、丸一日かけて戦い抜いた今も終わりは見えない。

だからこれはきっと負けだ。

白旗を上げて当然の場面だった。

それでも、今回だけは勝たなければいけない。

負ければ全てが終わってしまう。

負ければもう何も守れなくて、愛せないから。

大いに勝つ意味がある。


「とにかく、目的の場所に辿り着けば、良いんですよね!」


「あぁ。 だが道が……」


 ちょうど街を出て、砂漠が見えた。

そこには、少なく見積もって数万の兵を有する軍隊が待ち構えていた。

近付く度に、一寸の隙間さえ存在しない事がよくわかる。


 陣形、策、地形。

そう言った要素を活かすのが戦術だ。

しかし、それが必要にならないように立ち回り、動くのが戦略だ。

戦術では戦略を超えられない事は歴史が証明している。

どれだけの戦術を練ろうとも、地形を埋め尽くし、全ての陣形を内包し、多少の工夫も犠牲によって対策出来るだけの数がいれば、他にはもう何も要らない。


「もう一度、進路を変える」


 カイルはまた大きく迂回する事にした。

振り向いた先にも、やはり大軍が待っている。

同時に戦闘に参加出来る人数を考慮すれば戦力差はそれほど変わらないかもしれない。

人数差で言えば数百倍で、対する四人は休憩無しの戦闘続きだがその程度であれば突破出来る可能性は十分にある。

それがまだマシだと思える程に、先程とは差がある。


『待って、あれなら一撃で倒せるわ』


「いや待ってくれ」


 闇そのものと言ってもいいユキヒメの言葉をカイルは信じる。

何故なら、信じなければ勝てないからだ。


『あれは後ろの方は案山子ね、実際はそれほど数は多くないわ』


「あの軍の大半は案山子らしい。 実際はそれほど多くない、と」


「あぁ、ユキヒメ……だっけ」


『信じないなら信じないで良いけど、その場合た』


 前半をユキヒメ、後半をミヤに向け、カイルは言った。


「いや、信じる。 多分事実か判明する頃には背後から軍が迫っている。 間違っていたとしても突破しか出来ないが……」


「君が決めたならそれで良い。 言ったでしょ、付いていくって」


 皆で頷きあって、それ以上の言葉は不要だった。


 少し進むと、強化された圧倒的な視力が兵の肌や、余りの動きの少なさから、偽物、つまり案山子であると見抜いてくれる。


「案山子だね」


「あぁ」


 しかし、数少ない兵士達はどれも、最悪の相手だった。


「あぁ……数が少ないだけか……」


 デシアをカイルと同じ段階にまで魂に染み込ませ、デシアの具現化という技術を持ち、現状の最強の装備を持つ者達が、そこに集っていた。

同じ段階に立つ者と戦った経験は彼にはまだ無く、敵の実力は未知数だ。

能力も不明、敵う保証はない。

しかし逃げる事は難しい。

カイルだけならまだしも、逃げ切れないであろう全員を守りながら逃げる事は不可能だ。


『貴方が狂えば、一撃で仕留められるわ』


 無視して、カイルは隣に向けて言った。


「ミヤ、二人で一気に終わらせるぞ」


 ミヤは厳密に言えば、デシアの具現化はまだ出来ない。

だが、その魔に対抗する聖なる力の具現化であれば、可能である事は分かっている。


 カイルの目線では、その力はメリットだけの物だ。

しかし、ダンテとの決戦以外の場面で無駄に使わせたくなかった。

何故なら、ブレイス内において、研究がミヤの現状まで進んでいない分野だったからだ。

現に、何度か力を実験してみた際に、起きた事象の謎は未だに解明されていない。

それでも、頼る以外に切り抜ける手段が見つからない。

だから頼った。

判断はどうしようもない程に正しい。


「分かってる」



 仲間を都合良く信じて、誰も失わない最も都合の良い道をカイルは選んだ。

その先に何があろうと、もうこれ以上、守れなかった、と後悔しない為に。

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