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96話

木漏れ日

樹々の隙間から射し込む光と魔法射撃。

本来、数分で出られるはずの距離のはずが、四時間かかった今でも彼らは森を出る事さえ許されていない。

定期的にチラチラと見える兵士の身に付ける軍服はブレイスの物だ。


「カイルッ!」


 背後から飛んで来た矢を頭を振って避ける。

後ろを見ると、幾らかはミヤが叩き落としてくれたと分かる。

立て続けに、背後からも攻撃が始まる。

それは仲間に任せ、カイルは前を見て人数を減らす為に敵の魔法を打ち消せるだけに高威力の魔法を放ち続ける。

しかし、余りにも数が多すぎた。

彼はこれほどの戦力を今、自分達に割いてくると思っていなかった。


 そして何よりも、カイルの想像以上に囲まれるまでが早かった。

彼はこの状況でこれほど早くに身動きが取れなくなると想定していなかった。

全てにおいて考えが甘かったのだ。




 森の中の接近戦では勝ち目がないと思われたのか、誰一人として近付こうとはしない。

堅実に、確実に早い段階で叩き潰そうとしているらしい。



「ちょっと、数が多すぎない?」


 ミヤの表情、声からは余裕が失われ、代わりに少し疲れが出ていた。

チームの中で最も視野の広い彼はただ一人、全員の援護を担当している。


「ユキヒメ」


 握る刀の名を自分自身に呼び掛ける。

意識にこびり付いて離れないその名が反響して、何度も反響する内に別の音へと変わり、やがて、それは声になる。


 ヒトを闇へ魅了し、誘う為に綺麗で、優しく、簡単に堕ちてしまいそうになる心地いい声だった。

カイルが仲間を守りたい、と望む想いが強くなるにつれて、声はハッキリと聞こえるようになって行った。


 聞き取りにくい反響音でユキヒメはこう言った。


『私は力を与える代わりに、対価を望む。 それが飲みやすい負の感情だったのだけれど、今のあなたはあまりそれがない。 必死に抑えようとしてる』


 カイルには、ある程度は彼女の言いたい事が分かる。

彼らは最早、同一の存在だと言ってしまう事が出来る程に重なっている。

魂の中で棲み分けが出来ているだけなのだが、本来はそこは全て彼だけの領域だ。

中間地点にある意思は、互いに共感出来るかどうかはともかく共に理解し合う事が出来る。



『隠そうとしなければ、こっちからの言いたい事も分かってるんだろ?』


 笑いの感情は隠されていなかった。

言葉より先に、結果が出る。

声にしなかった要求は、承認された。

想いが力に変換される。

今までデシアを活用する為に利用してきた負の感情とは違い、誰かを大切に想う、愛だとか、友情だとか。

そんなくだらない正の感情。


「助かる」



 カイルが使用する事を許可された力は、やはり強大で、どう考えたとしてもヒトの手には余るものだった。

だが、ヒトが持って良い力に限界などない。

それは当人が自分で決めれば良い事だ。



「突破するぞ」


「どうやって?」


 当然の疑問に、カイルは言葉では無く結果で答える事にした。


 カイルが目を瞑り、魔法だけに全ての意識を集中させる。

すると、全てに氷結を強要する魔の輝きが、森全体を覆った。

短時間でも凍傷に至らせるには、十分すぎる温度の氷塊が空気を冷やし、森へと運ばれてくる風も当然同様になる。

苦悶の表情を浮かべる事さえ許されずに、全身が凍り付いた彼らは、生きる事を許されていないも同義だった。


「この人達は……」


 解放するのかという無言の問いに、カイルは答えない、という答えを返す。

それはつまり、助けるつもりはなく。


「行こう、多分まだまだ敵はいる」


 全員殺すという事だ。

今まで決して、自らの意思において誰かを殺そうとはしなかったはずの彼が、この決断を取った事に仲間内の空気は少し異様な物へと変わりかけた時、そんな中でも、いつもと変わらない声と雰囲気で、いつも通りに発言をして、普段の状態に引き戻したのがミヤだった。


「さて、まずはここからの移動だね。 可能な限り見つからない為には……一度乱戦状態を引き起こしてしまうのも良いかもね」


 話し合いは、少し難航した。

しかし、長い間話す猶予がない事は皆分かっていた事もあり議論の時間は数分で終わった。

戦力で圧倒的に劣る以上、どの案も無茶苦茶に思えたが、誰の顔にも絶望感はなかった。


 話し合った結果。

可能なら短い睡眠時間をなんとか一度確保して 、あとはひたすら走り続けようと、決まった。

理想を言えば、ブレイスからも協力を得て、睡眠時間もしっかり取って、武装も最新の物で固めた上で挑みたいが、国としての方針が【諦める】になった以上は仕方がなかった。





 これからの行動が固まり、リーダーとして先頭を歩くカイルはあえて感情を理解されないように、言った。


『ユキヒメ、ダンテを止めるための力を貸してくれ。 お前が本心から俺を仲間と認めて助けてくれるのなら、俺が命を懸けて仲間を助けるのと同じように、お前が何か困った時、命を懸けてやる。 だから弱い俺を、助けてくれ!』


 言い切った後で、自身の感情を全て、理解出来る様に曝け出し、意図して作り出していた心理的な障壁を破壊した。

心は完全に無防備でその気になれば、支配されてしまうかもしれない。

しかし、今のままではダンテには遠く及ばない。

無理矢理にでも、信じて、信じられて前に進む必要がある。


『…………あなたが本当に望むのは、私の何かじゃない』


『確かにそうかもしれない……だがそれでも俺は、約束する』


 カイルは精神を無防備にするという行為で、精一杯の信頼するという根拠を示した。

それ以上、どうして良いか分からなかった。


 あとは、彼女次第だ。


『バカじゃないの?』


 馬鹿にする声に、同調する。

彼は自分でもそう思ったからだ。


『バカで、弱くて、間違いばかりな俺を救ってくれ。 もう負けたくないんだ。 頼れる奴ももういない』


 反応はない。

笑われた事だけは分かった。

しかし、少なくともそれは悪意に満ちた物ではなかった。


『ホント、弱い男は情けない……今回だけよ』


 更に、自身の身体に力に満ち溢れ始めたのを実感したカイルは密かに礼を言った。

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