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94話

野原、そこに見えるカイルと一人の少女を囲う数十の屍。

その悲しい光景は少女が作り出した物だ。

美しく、可愛らしく金色を輝かせて、彼女は今日も虐殺を行った。

死んだ者は皆、ダンテという最悪の少女の命を狙っていた。

カイルもまた、彼女を狙う一人のはずだった。

それなのに彼だけは、いつも殺されない。

今回も、そうだ。


「私を殺すの?」


 彼女は先程、彼以外に向けた殺意など無かったかのような表情で笑った。

それに恐怖は感じない。


「殺されるつもりはあるのか?」


 質問に質問で返したカイルは、一つの覚悟を決めていた。

今日、ここに来たのには2つの理由がある。

このまま行けば、ダンテがヒトが築き上げた全てを破壊し尽くす、もしくはダンテも、ナナも殺されて、人々の間には憎しみだけが残される。

そんな未来がはっきりと見えてしまっている。


 彼には、護りたい人を死なせるつもりはなかった。

それが例え、世界を滅ぼそうとする化け物であったとしても。

必ず、守り抜くと決めた。

その為なら、誰かにとっての大切な物を壊す覚悟がある。


「あなたは理由があって会いに来たんでしょう?」


 どうやら、カイルの任務はバレているらしいが関係なかった。

彼の任務は今日、ここで彼女を足止めする事。

時間を稼いで彼女の足取りを追える状況を作り出す事。

それを知った上で逃げないと言うことは、問題がないということ。

仕掛けた本人の身を心配するのは、今カイルがやるべきことではない。


「何もかもが遅すぎたんだろうな、多分」



 とうとう、彼女は本当の意味で世界の敵となった。

彼女がヒトにとっては悪魔以上に脅威だと認識され、非常事態宣言を発したブレイスと反ブレイス連合は手を取り合うという方針が発表される、明日がその告知の日だ。

告知は国民向けであって、知っている者はもう少なくなく、彼女はもう既に知っているはずだ。


 世界が協力してダンテという一人の少女を殺す為だけに動く。

世界に存在する使用可能な全戦力が彼女に向けられるという事。

他国を警戒して動かせなかった戦力や、隠していた兵器など、全て動員して彼女という存在を滅ぼすのだ。


「逃げないのか?」


「貴方こそ、私を殺さないの?」


 互いの立ち姿に隙は全くないが、実力差は明白だ。

カイルもそれを、たった一人で立ち向かっていい相手ではないと、解っている。



「あぁ。 それに、もう今更止まれとは言わない」


 ダンテは応えない。

ただ、真摯な瞳でカイルの決意を待ち続ける。

彼はそれに応えるべく、彼女を守れなかったという想いから合わせられなかった目を合わせる。


「ダンテ、お前の事は必ず守り抜く。 仲間も、この世界も、だ」


「ナナちゃんは?」


 カイルはそれに答えるべきか、少し迷った。

本心で答えるなら、彼女も守り抜く、という意図を持つ言葉が正しい。

それを彼女が望んでいない可能性も、0ではない。

しかし、彼女は寂しそうに笑って、まるで全てを見透しているかのような発言をする。


「そっか。 結局、全部大切って結論なんだね」


「……そうだ」


 カイルには誤魔化せるとは、思えなかった。


「でも、私は、そんな貴方だから……こんな世界でもそうなれるあなたこそが、世界の結末を決めるべきだと思うな」


 やはり、彼女のセリフは意味が分からない。

理解するには情報が足りない。

だが今からそれを悔やむには遅すぎる。

もうすぐ、ダンテと世界の争いが始まる。

どちらも死なせず、終わらせないためには、その争いにどちらでもない第三者として食い込む必要がある。


「世界が滅ぶまで、あと何日ある?」


 ダンテは恐らく、カイルに何かをさせようとしている。

世界の結末。

それに関係する発言は過去にも幾らかあった。

彼女は答えを渋るつもりはないと、予想していて、その予想は的中していた。


「3日か4日。 あなたがそれを始める」


 回答は完全にカイルの想定外だった。

ナナを安全な場所に連れて行き、どうにか世界の破滅を迎えない手段を探す。

もうその為に動いていた。

だが、期限は運が悪ければもうたった3日だ。

それより早く、派手な動きがあればナナの命は助かるだろう。

その保証はない。


「俺が動かなければ、どうなる?」



「人類が争い合って、終わり」



「私を殺す為だけの連合?」



「みんな信じ合えないのに?」



「成立するはずがないでしょ」


 そう言った瞬間、遥か遠くに円を描くように魔法兵器同士の強力な攻撃が衝突し、数多の生命が弾ける音がした。

同時に、そこに何かが現れたと、二人には分かる。


「悪魔まで介入するのか……?」


「介入しないよ、だって、彼らは世界が滅んでも死なないから」


「なら」


 これはなんだと、問おうとした。


「あなたも何度か会った、デシアを使いこなす人が一人、いたでしょう?」


 浮かんだ顔は、2つある。

シビア、カム。

そのどちらも難敵で、何処かで立ちはだかるだろう。


「ブレイスの軍の内からの魔力、つまり、アイツか」


 カイルの導いた結論は、カムだった。


「ナナちゃんは多分大丈夫だと思うけど、どうする?」


「俺は、一度ブレイスに戻る」


 プランは全て崩れた。

ある村に襲撃を予告し、放火し、それとは別に何人かに大きな怪我を負わせて、緊急用シェルターを確認した上でそこに簡単に入れないように細工までしたカイルの予定を、ダンテの作戦が叩き潰した。


「どうして?」



「俺には仲間がいる」


『あなたもまた、彼らを心の底から信じていないのに』


「俺は弱いから、1人じゃ前に進めない。 この世界は俺には苦しくて辛くて、仲間がいないと戦えないんだ。 だから無理矢理にでも信じて、世界を救う」



「そっか」


 破滅を望む者、望まない者。

2人の目指す理想は、似ていないようで、実は似ている。

しかしその為の道はまるで違った。

これまでも、この先も。



 正反対の道を選んだ2人は再会を前提として別れの道を歩んだ。

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