93話
ヒトとは違う紅の肌に刻まれた青の花の紋を持つ一人のヒトに似た悪魔。
頭に一本角を生やしたその敵はカイルの目の前で棍棒を見せつける様にして威嚇している。
その隣。
顔立ちが似た蒼の肌に赤の花の紋を刻まれ、額には二本のツノのある悪魔が左右を反転させた形でその動作を真似る。
「悪魔だ!」
「逃げろ!」
人々は悪魔を見て、叫ぶ。
逃げようとするヒト達の視界にカイルがいる。
彼を見つけた人々はこう言った。
「カイル様だ! あの方なら悪魔が相手でも……」
「あぁ、あの人が負けるはずがない……」
カイルの暴走事件から約3週間。
地上には悪魔が現れる様になり、また戦争が始まった。
そもそも、戦争は終結していなかった、というのが正しい答えだがそれを正確に知る者は多くない。
少なくとも国民の間ではそれが事実として扱われている。
ブレイスvs反ブレイス連合vs悪魔。
勢力が増えた形だが、今まで人類は押され気味だった。
だが今日、情勢は大きく変わった。
多大な犠牲の元にデシアの研究が更に進み、またヒトという種が前に進んだ。
その成果を見せ付けるのが今日のカイルの役目だった。
対を成す悪魔達は咆哮で空気を震わせ、それが戦闘開始の合図となった。
最初の攻撃は音。
咆哮はただの咆哮ではなく、魔力により威力が増幅し、鼓膜を破壊し脳に致命的な振動を与えられるだけの揺れをその場に引き起こしていた。
当然、観客と化した人々にもそのダメージは入る。
バタバタと面白い様にヒトが倒れて行く光景は少し趣きのある物でもあり、カイルはそれを眺めていた。
「効いていないのか……?」
扱う言葉はやはり同じ。
悪魔は元々ヒトであるという事は研究で判明している。
人類に言葉が一つしかないのだから、悪魔が固有の言語を有していない限りはそうなるのは当然だと言えた。
次の攻撃を待つより早くカイルは前に飛んだ。
力任せに振り抜いた一撃は、二本の交差した棍棒により受け止められた。
剣に折れる気配は無く、棍棒に斬れる気配はなく、力が拮抗し鍔迫り合いとなる。
すると剣が妖しく薄月夜に似た輝きを放ち始める。
「ユキヒメ、待て」
カイルがそう言うと、輝きが収まった。
今の彼は自らのデシアの力を完全に制御していた。
暴走する可能性は0に近い程に状況が進み、新たな力も手に入った。
その力とは、彼の持っている剣の事だった。
「凍らせろ」
まず最初に悪魔達の足が凍り付き、カイルは動けなくなった二体の胴をほぼ同時に薙いだ。
呻き声を聞いた彼は言った。
「お前達が俺達の奴隷になるのならこれで済ませてやる」
表情が憤怒の色を帯びて、筋肉が隆起し、パキパキと氷が割れる音がした。
しかし、無慈悲にも更に大きく氷が周囲を覆い、その勢いはすぐには止まらなかった。
「奴隷だと……奴隷の奴隷になどなってたまる……か、よ……」
二対の悪魔を中心とした氷の塊は、薄い青の色をしていた。
今は違う。
青は徐々に紫へと近付き、濃紺と呼べる状態に至った場所から、ポロポロと壊れて行く。
中身の悪魔達も同様に、生命維持に必要な胴体部分だけを残して、壊れて行く。
これがカイルのデシアの能力だった。
氷に閉じ込めた者を破壊する。
最初はこのような局所破壊は出来なかったが、使えるようになるまでそう時間はかからなかった。
「あ」
凍り付いた口から悪魔が発する事が出来た声は、それが最後だった。
カイルの勝ちが確定した事により、歓声が聞こえる。
今まで悪魔のせいで結果的に大勢の国民が殺され続けていた。
それをおかしいと思えずとも、殺されない状況の方が良い事ぐらいは、彼らにも理解出来る。
「わ、ヒーローみたい」
決して大きくはない声で、歓声が終わる。
周囲の世界が絶望にもう一度包まれる。
金の長い髪に青の瞳、若干幼げで、綺麗でもあり可愛らしさも持つ美少女。
彼女は最早、この世界では絶望の象徴だ。
彼女が現れた場所では必ず多くのヒトが死ぬ。
「ダンテ……」
カイルの武器が紫に光り輝き、それをダンテに放つかの如く向けて、彼は言った。
「ここで暴れるな、そんなことをしても世界は変わらない」
彼女は平然と、人を殺す。
ここ最近、何度も街を出歩くカイルの前に現れては何度も目の前で殺した。
その理由は全く分からない。
だがそれを続けさせてはいけない事だけは確かだった。
「変わるよ。 あなたが世界崩壊の引き金を引くの。 だから、今のうちに決断の覚悟を決めてほしい」
カイルには世界を滅ぼすつもりなどない。
しかし、彼女はそれが規定事項であるかのような言い方をする。
だとすれば、それはもう現時点で真実だと言えるのかもしれない。
「くそ……」
今のカイルなら、彼女の姿は辛うじて見えた。
1人殺して、追随する彼を見る。
一瞬笑いかけてきたと思えば、それが歪み始める。
彼が追いかけていたダンテの姿は幻覚だった。
カイルがそう気付いた時には、周囲の人々は全て死んでいた。
ダンテももういない。
残されたのは、ただ1人。
これが最近のカイルの日常だった。
今回の出来事においても結局のところ、最も厄介なのは悪魔ではない。
戦争を引き起こしたであろうダンテだ。
彼女を止めない限り、争いは終わらない。
今までの発言から、彼女は戦争を終わらせない様に、研究が進むに連れて共倒れの道を歩む様にコントロールしていると思われる。
「くそ、どうすれば全部救える……?」
引き伸ばされたナナのタイムリミットまであと二週間。
悪魔が人類を襲い、人類も人類を襲う世界で、ナナも、友達と認めた仲間も、恋人も、全て救うにはもう遅すぎるという事はカイルにとって痛いほどわかりきっている事実だった。




