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92話

いつもの顔触れはカイルの期待を裏切って、彼を待っていた。

外はこれから何らかの絶望が待っている事を知らないようで明るく、鬱陶しくその身を照らしてくる。

しかし、気分は明るいとは程遠い物だ。

何故か?

それを考えようともしない程に、苦しい。

結局、彼は自分の力で最後まで何かを守り抜けていない。

今回の事でもそうだった。

大切な人を危険に晒し、それだけでなく悪魔と成った元ブレイス国王がいなければ、この国に生きる者を我慢を知らない欲望が飽きを知る時まで殺していただろう。


「随分と疲れたみたいだね。 何かされた?」


 そんな奴が、胸を張って友達だとか、そんな事を言えるはずがない。

それにカイルはもう、弱いままでいる事に疲れたのだ。


 これから先は修羅の道だ。

何処かで、ブレイスも、それに敵対する勢力も、ダンテという最強の敵を排除すべきだと気付く。

そうなる前に、彼は動く必要がある。

だから馴れ合って、皆で手を繋いでいてはいけないのだ。


「…………じゃあな」


 決別を告げるべく、目も合わせずにその場から逃げ出す。

辛さを乗り越えた先に、強さがあると信じて。

それが自分のエゴだと知りながら、彼はそれを信じた。



「カイル! また私はあなたに救われた!」


「……やっぱり何かされたんじゃないのか?」


 違う、それに、もう反応する資格はない。

カイルは彼女も殺そうとしたのだ。

だが、何かされた訳ではないという事と、かつて友達だった彼らに対して、何も言わずに去ることは少し悲しすぎるように思えた。


 だから彼は、せめてもの償いとして一つだけ伝える事にした。


「ここから先は、俺は俺の道を行く。 もう、友情だとか、仲間だとか言ってられない。 弱い奴は結局、救いたいものを何一つ救えない」


 その現実に気付いてしまった。

気付かなければ、きっと幸せでいられた。

馴れ合って、苦しさを笑いあって乗り越えて、しかし、その先に待っているのは本当に成功だろうか。

馴れ合うという選択肢は所詮、一人で生きられない弱い者が選ぶ最悪の選択だ。

自殺を選ぶような者達に相応しい選択肢だ。

それではもうダメだと思った。

自分と彼女以外の全てを捨てて、前に進む必要があるのだ。

そうでなければ救えないところまで来てしまった。



「全部、俺の覚悟が足りないせいだ」


 もっと早い内に、少しでも今の覚悟があったなら、きっと今は変わっていた。

もしかすると、彼女が隣で笑ってくれていたかもしれない。

もしかすると、人生で一度だけ許された結婚式という物を、彼女と経験出来たかもしれない。

だがもう全てが遅い。

表立った価値のある未来は、全て捨てる覚悟が必要だ。


「へぇ……」


 何かに納得したようなミヤの声は普段聞くことがない低さだったが、カイルの心は冷たく、それが響くことは無かった。


「そういうことだ」


 だから、お別れだと背で告げる。

全員頭が良い、もうこれ以上の言葉は必要ない。

友情の最後の苦しみを彼は涙を持って受け入れる。

溢れ落ちた涙は、足元の隙間から視界に入ったかもしれない。


 しかし、もう止まれない。

出会いがあれば、別れがある。

それは当然の事で、そうすると覚悟を決めていた。

友達の側に居ても、カイルは友達を利用する為に動けないのだ。

仲間が助かる様に、良い方向に動ける様に考えてしまう。

彼に必要なのは利用できる駒だ。

皆、駒としては強力でも、彼にとって捨てられない駒になってしまった。

それではダメだった。

もう思い知った。



「君が彼女を目指すなら別として、友達、いや仲間は、悪い物じゃないと思うけどね」


 カイルはダンテを目指す必要がある。

本当に守りたい大切なもの以外を全て捨てられる存在になりたかった。

だが、それは見抜かれていた。


「カイル、君は彼女にはどうあがいてもなれないよ。 そうなるには優しすぎる。 なんたって、仲間も襲われているだろうって憶測だけで、自分の身を捨てちゃうんだから」



 カイルは半ば自暴自棄になった様に、疲れを吐露する様に言った。

それを聞いた元仲間達は、皆ひどくショックを受けた顔をしていた。


「俺に仲間なんて、最初からいない」


 最も早くショックから立ち直ったのはやはりミヤで、静寂の中、言葉を発したのも彼だった。


「なら救うな。 最初から。 命を救うなよ。 ふざけるな」


 カイルは初めて、彼の怒声を聞いた。

感情に任せた声でなく、内から漏れた感情の声が、余計に苦しみを増やそうとする。


 彼の言っていることは無茶苦茶だ。

仲間だと思う相手に自分達の命を救うな、ふざけるな。

まるで意味のわからないセリフだった。


 それなのに、それが妙に頭に反響して、胸に刺さってしまって、もうダメだった。


「……なんだそれ」


 せめての抵抗として、呟いてみるが、意味はなかった様で、追撃が来る。


「こんな自分の親さえ信じられない、いや信じちゃいけない狂った世界で、誰かを信じようとする行為はただの狂気だ」


 それは正しい、だからカイルはそれを止めると決めたのだ。


「だけど! その信頼だの友情だのを始めたのは誰だ! そのくだらない事を始めたのはカイル、君だ……それはダンテなんて目じゃないほどの、世界の想像を容易に凌駕する狂気だ」


 声がかすれ、一部が聞き取れないものだったが、唇を読んでカイルは言いたい事を正確に理解した。

表情は普段と変わらずに、泣きそうな声で縋る様にミヤは叫ぶ。


「僕らは仲間だ。 何も信じちゃいけないくだらない世界で、友情を掲げる。 どんな闇が襲おうと、僕らは君を信じてついていく。 君がショボい覚悟で決めたのと違って、僕らは話し合って確固たる決意でそう決めた」


ショボい覚悟。

確かにそうだと思ってしまった。

何故ならカイルの覚悟はもう、折れていた。

たった一人で進むという浅くて弱くて、ショボい覚悟はもう存在しなかった。


「それは本当の狂気だ」


 ブレイスではなく、カイルについていく。

それをブレイス側は間違いなく反抗と見なすだろう。

立場では完敗している。

力でも完敗だ。

頭脳でも完敗。

研究においても勝てるはずがない。

何一つ勝算のないカイル側に付くのは、ただの狂気でしかない。


「狂気って、さっき言ってましたよね」


 ユウカに手を掴まれる。

握り拳を作らされ、突き出す様に強制される。

彼女はそうして笑っていた。


「そうだ、狂気で良いんだよ。 世界の方が狂ってんだから、それで正常だろ?」


 握り拳が二つ、三つとぶつかる。


「そうそう、仲間なんて、狂気だよね。 これを貫ききれば、僕らは世界に勝つんだ」


 四つになって全てだ。

仲間、仲間、仲間だ。

そんな戯言で、何かが変えられるかといえば、そんな事はない。


 ここでこの誘いに乗れば、歩みは確実に遅くなる。

本当は断って、殺してでも前に進む必要があるのだ。

彼女なら、そうする。

リュウなら、そうする。


 だがカイルはそのどちらでもない。

ならその選択は、違っていて当然だ。

彼は仲間や友達を見捨ててまで何かを得ようとすることが、出来ない人種なのだ。

全く勝ちを得られない無能な自分を信じようとする仲間達に、彼は最後の宣告として言った。


「覚悟のない俺じゃ、きっと、誰も守れない」


「ほんと、言い訳が好きだね、それいつまでやるの? もう答えは決まってるんでしょ? リーダーは君だ、カイル。 君はただ、ついてきてくれとだけ言えばいい」


 その言葉の温かさに瞳が潤い始める。

それを隠す為に手で拭う。

すると、何故か笑われてしまう。


「私は、そんなあなたが良いです」


 カイルは単純だ。

この程度の出来事で、方針を180度変更してしまうのだから。

ちょっとした言葉の温もりで、救われてしまうのだから。

彼はそんな単純さを、初めて良い物だと感じた。

単純でなければ、こうなる事は出来なかった。

感謝を込めてカイルは言った。


「はぁ……こんなとこにいてもしょうがない。 それぞれ家に帰るぞ」


 そう言って納得したはずなのに、気付けば全員がカイルの家に集まっていて、翌日は皆が寝不足だった。

しかし、少し前まではまた戻れないはずだった日常が戻ってきた事だけは確かだった。

こんな青臭い展開も悪くないと思う

青臭いという単語を入れられなかったのが少し悔い

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