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91話

目を開くよりずっと早くに、カイルの意識は覚めていた。

脱力感が凄まじく、起きる気分になれなかった事が原因だ。

それでも、身体は動かそうと思えば動く。

脱力感は精神的な物が肉体に来ているだけで、活力は有り余っている。


 不思議な事に体は拘束されていない。

死後の世界かと思えるほどに、心地良い毛布が一枚体を覆うだけ。




力の方は暴走する前と比べれば強力な物だが、暴走している最中と比べれば弱い物だ。

感情は全く暴れる気配を見せず、完全に息を潜めている様に思えていた。


 空間が微かに揺れる。

誰かの呼吸による揺らぎを感じる、つまり誰かが側にいる。

おかしなことではない。

カイルは半日の間、ずっと暴れていた。

被害は街一つ二つ程度で済むとは思えない。

事態がどう進んでいたとしても、起きた後の行動には覚悟を要するだろう。


 人質という事になっていたナナの命。

それを危険に晒す行動を取った。

もう殺されている可能性すらある。


 仲間との絆もカイルは壊そうとしていた。

そして、何よりも大勢のヒトを殺した。

敵も、味方も、とにかく沢山の命を世界は失った。

ここまでしておいて、言い訳は出来ない。

少なくとも、暴走中に関しては、彼は世界の敵だった。

本心では、今もそうだ。

ブレイスという世界と言って良い存在に反抗心を抱いている。

その世界を壊そうとするダンテを死なせたくない。

だから、彼は結局世界の敵なのだ。

そんな奴が、仲間など持っていて良いはずがない。

仲間がいない。

それならば、もう起きた後に覚悟は必要ない。

死んで、終わるか、実験体として使われるか、国の奴隷になるか。

その内のどれかだ。


 覚悟が決まれば、自然と目が開く。

飛び込んで来た光景は極普通の部屋。

身に付けているのは極普通の薄い白のローブ。

想像と違い、悲しい程に日常的な絵面で、決めたはずの覚悟が薄れそうになる。


「起きたか」


「リュウか」


 1人だ。

壁の向こうに幾らかの気配はある。

抜け出すなら、今がチャンスだ。

それなのに、その気になれなかった。

リュウが作り出す場の空気がそうしなくて良いと彼を宥める。


「これからどうするつもりだ?」


 今カイルが着ている服に、拘束術の類はない。

仮に掛けられていたとしても、今の彼であれば解除するのは容易だ。

暴走させて、それを抑える度に力が強くなるというのは本当だったらしい。


「ダンテを止める。 今回のはアイツが引き起こした事だ。 だから、それが出来なきゃ全部終わりだ」


「流石にわかってるか……」



「アイツらは? 無事なのか?」


 今更合わせる顔がない。

そもそも、これだけの事をしておいて今まで通りとは行くはずがない。

この国から出る事も考慮に入れておくべきだ。



「ミヤは俺が望まない力を隠していた……だから全員殺した」


 膨れ上がった殺意が、また再設定された枷を外そうとする。

外れれば世界は今度こそ終わる。


 この力は感情を喰らう。

その中でも殺意だとか、怨みだとかは大好物で、その手の感情を一瞬でも抱けばそれを必ず見逃さない。

だが、もうどうでも良いと思った。

彼らを守る為に暴走した。

一時的には守れたが、結局こうなってしまったのなら。


「お前の弱点はそれだ。 親しい奴を傷付けられるとすぐに心が不安定になる。 だからお前は弱い、アイツに追い付けない」


「それはお前も同じじゃないのか」


 それが間違っているとは思わないからこそ、この返しが彼の精一杯だった。


「安心しろ、奴らはまだ生きてる。 面会も希望していたが、今は拒否した」


「ずっとここにいたのか?」


 顔は少しやつれている。

感じた違和感はそれだけで、体調は悪く見えないが、自身の不調を周りにアピールするタイプではないとカイルは知っている。


「半日程度だがな、すぐ側の別室から状態を見ていた」


「そんな長い間、俺に付きっきりだったのかよ」


 リュウは短く笑い飛ばして、言った。


「ヒトの進歩の場面に、俺が立ち会うのは当然だ。 それは俺の役目だ。 研究者として有能でない奴がここにいて、何が出来る?」


 誰の事を指しているのかは聞かずとも理解出来る。


「なら、ヒトはどう進んだ?」


「良くも悪くも、前には進めたよ。 これから先は、理性的には進めないかもしれないが」


 だがそれは負けだ。

力の欲望に屈するなら、きっとそれは人類の敗北だ。

だとすれば、それは正しくないが、その可能性を引き寄せたのは彼自身だ。

文句を言える立場にはいない。


「世界はどうなった?」


「気になるか?」


 気にならない訳がない。

世界はこのままでは滅ぶとカイルは信じている。

本気で信じているのは彼だけかもしれないが、それは彼が過去にラブレターとして送られてきた資料を誰にも共有していないからだ。

共有しないのは、彼女を裏切りたくないから。

ここまで追い込まれても、ナナが殺されてしまうとなっていてもカイルは彼女を殺したくないのだ。



「いいや、お前がずっとここにいる。 つまり世界は滅んでいない。 今は、それなりに余裕があるはずだ」


「考え方が違うな。 構わないが。 現状、変化はない。 現状はな」


 強調された現状という言葉から導き出せる答えは、未来に何かあるということ。

今は、それを聞くつもりになれなかった。

もう、カイルは疲れたのだ。

戦う事に疲れて、自分の感情に疲れて、生きる事にさえ疲れてしまった。

だがそれでも、やるべき事がある。

手遅れになる前に、やらなければならない事がある。


 だから今は、休息が必要だった。


「疲れた、帰る」


「数十万人殺したんだ、それはそうだろう」


 嫌味に反応する余裕が、今の彼にはなかった。

外に出る事を妨害される気配はない。

しかし、中から出てくるのを待ち構えている気配なら、ずっと感じ取れていた。

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