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90話

死んだはずの肉親との再会に対して発された言葉は、再会を喜ぶ物ではない。


「ここには、もうあなたの居場所はありません」


 カイルは男性ならリュウ、という様に女性ならば何と名付けられるのか、ブレイスの仕組みを細かくは把握していない。

だから、それを言った女性の名を知らない。



「フェニス、久しいな」


 辛辣な発言を彼は全く気にせずに、再度暴れようとしたカイルを地面に叩き伏せる。

純粋な腕力で負けているだけでなく、魔力の圧においても完敗していた。


 そのまま無抵抗でやられるはずもなく、手の力だけでその場を飛び退く。

重力が存在しないかの様に直線に飛び、足を付ける際にピタりと水平移動をやめて浮き上がる。


 悪魔になってからは、今までこういった繊細な魔法を一切使わなかった彼は、とうとうこの手の魔法まで使用するようになった。

使えなかったのか、使わなかったのか、それを知る者はこの場にはいない。

だが魔法を使用していれば、虐殺はもっと良いペースで進んでいただろう。


「これが完成形……ではなさそうだな」


 カイルに向けられた視線は何処か憐れみを孕んだ物で、しかしそれは長続きはしなかった。

ヒトを圧倒した彼の力に、大した興味を抱いていない事が分かる。


「今更、何の御用ですか?」


「宣戦布告の為だ」


 護衛無しに一人で宣戦布告を行うことに、誰も違和感を抱いていない事は、一目見て分かる状況で、そこには畏怖の感情がはっきりと映っていた。


 高圧的な言葉に、カイルが反応する。

魔力の渦が何重にも層を形成して、それが巨大な槍を形作る。

彼は自ら生成したその槍を構え、投げ付ける。


 渦が退路を奪う様に分散して、多方向から継続的な攻撃を始める。

そのカイルの攻撃を全く意に介さずに、宣言する。


「私達悪魔は、お前達ヒトという種に対し、宣戦布告する」


「何故ですか」


 この場の数名にとっては、理由は何となく想像が付く。

そう勘違いしていた。

誰も予想もしなかった答えが返ってくる。


「世界の破滅を決定付けた人類を滅ぼすというのが悪魔側の決断だ」


 世界の破滅。

それを決定付けた人類。

まるで意味が分からない、という答えが全員の心情の代弁になる。


「ガァッ!」


 破裂音を真似た様な声。

カイルが胸元を強く叩かれた際に発生した。

しかし、元ブレイスの頂点だった者は右腕を千切られている。

それだけでなく、同時に足も治るか怪しい重傷を負った。

にも関わらず、冷静で慌てる姿を見せない。



「よく分からない、と言った顔をしているな。 それは仕方のない、だが無知で済ませていい程度の出来事ではない」


 次の攻撃には完全に無抵抗で左腕が消し飛ぶ。

再生が始まるが、妙に遅い。

全てを諦め、覚悟を決めた表情をしていた。


「もう気付いているかもしれないが、私はここで死ぬ事をダンテに決められている。 意識が戻った時には、逆らえない様になっていた」


残された命はもう長くない。

カイルが首に噛み付いただけでなく、剣を心臓に突き刺したから。

悪魔の弱点は結局、ヒトと同じだ。

ヒトと違い、生命維持自体には必要ないが、心臓を破壊されては悪魔は生きる事ができない。



「まあ、発言に逆らえない事を除けば、多少自由に動く事はできるがな」


 そう言うと、身体が煌き始める。

噛み付いていたカイルが咄嗟に距離を取ろうとするが、見えない何かにぶつかり、失敗する。

その光が身体自体の輝きではなく、魂の輝きであると知る者はその場には3人だけだ。


「本気ですか、ここで……」


 輝きが消え、世界すら覆えるだけの魔力が場に溢れる。

それがどう言う物なのか分からずとも、誰もが恐怖し、そこに死の可能性を見た。

しかし、次の発言は予期していたどの可能性とも違う物だった。


「安心しろ。 私はここで、この男の為に死ぬだけだ。 そう命令されたからな」


 カイルへと向いた謎の光。

光の向きなど、本来ヒトは認識出来ない。

しかし、何故か全員が彼に向けられていると気付くことが出来ていた。


 それは全てを諦めたヒトの世界の頂点だった男が持つ魂の魔法。

彼はその魂を、浴びる様に喰らう。


「これで、終わった……全員に告ぐ。 近い内に訪れる破滅から世界を救え。 誰も破滅を望みはしないはずだ。 だから」


 最後のセリフを言い切ることなく、肉体は光に変換され、風に揺られ遥か彼方へと、戻ることのない旅に出た。



毎日投稿は明日で終わります

明後日になる可能性も高いです

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