9話
「待て」
「ん?」
振り向くとビオス、ユウカが立っていた。
ミヤは意外感を隠しきれない様子で2人を見ている。
「あの、ありがとう」
先のお礼を言いに来たのかとすぐ理解して、首を傾げ、何の話か分からないふりをして言った。
「は、何の話だ?」
「助けてくれたから、あなたには嫌われてるみたいだから私もう行くね。 でも」
「助けた訳じゃない」
「何故嫌われてるのか教えて欲しいな」
「教えようとは思わない、それに、今言った通り助けた訳じゃない」
「でも、私は……理由が分からないと……」
「は? 分からないと、なんだ? 俺との関係を良好にして奴隷にでもなるか?」
「そういうつもりは……ないけど」
カイルの突き放す言葉に少し泣きそうな表情になる。
沈黙の後、何か決心したような顔で言う。
「私なら、貴方の力になってあげ」
「要らない、お前が仮にさっきの件で有り難く感じてるならもう2度と俺に話しかけるな。 消えろ」
そう言うと、ひどく辛そうな顔をして、俯く。
それに彼は少し、気分が悪くなる。
だが、表には出さずに、その内心には気付かないフリをして平然とした顔を維持する。
「それちょっとひどいなぁ、でもまあ多分俺も、言いたいことは同じだ」
同じ様に彼に助けられたビオスが言う。
それに、言う。
「なら、俺も言いたい事は同じだ」
「まあ待てよ」
「あぁ、待ってやる。 これから先、面倒が増えないように」
「お前は何故俺達を守った?」
言われて考える。
それは、反射的な動作だった。
本来、敵だ、守るべきじゃない。
ただの知り合いの死を許容することが出来なかった、それはいずれ死に繋がるかもしれない弱さだ。
馴れ合いに繋がる無駄な行為だ。
現にビオスの視線は今、好意的な物になってしまっていた。
カイルはウンザリした顔で言った。
「偶然転んだ矢先にお前らが前にいた」
その言葉を無視して、言ってくる。
「何故お前が真っ先に気付いたのかは疑問だ、まあそれは置いといて、少なくとも俺を助ける必要はなかったはずだ」
「だから転んだと……」
「何にせよ、お前は俺を助けた」
「だから、何だ。 お前が奴隷になるか?」
「はは、お前捻くれ者だなー」
「そう思うか? なら、関わってくるな」
「何となく感づいてたけどお前面倒くさい奴だよなぁ」
そう言って笑って、続ける。
「友達だ」
握りしめた手を出してくる。
それは殴りかかって来ている訳ではなく、恐らくは友情的な意味を持つ行動で。
カイルにはその無意味な行動を、その、意味を肯定しようとは思えなかった。
「俺はそんな物必要としない」
「そう言うと思ったよ」
また笑って手を降ろしたビオスは相変わらず友好的な笑みを彼に向けてきていて。
だから、それに向けて同じ事を言う。
「俺に感謝を感じているなら、もう2度と近寄るな」
「なら……あなたは何故」
ユウカが絞り出すような声で言う。
「何の為に私達を、助けたのですか」
「だから偶然だと」
彼女は同じ声で遮る。
「何故、ジーナまで助けようとしたの?」
誰だろうと少し考えようとして先程死にかけた少女のことを思い出す。
嘘の告白をしてきた彼女の事だ。
それをユウカは知らないはずだ、カイルはそう思って言った。
「あいつは俺に、何も」
「嘘の告白を受けた、でしょう?」
それに彼は少し驚く。
何故知っているのかと考えて、すぐ自分の立場を思い出す。
笑われるための、権力だけで入学した力のないクズのオモチャだ。
「もう伝わってたのか」
「普通なら、彼女の事をあれほど心配そうな目で見て、助けようとしない」
「それはお前の気の所為だ。 心配なんてしていなかった」
「やっぱり、私は……あなたの力になりたい」
唐突に彼女がそんな事を言い出した。
彼はそれに呆れ顔になって言った。
「は? 話聞いてるのか」
「まあ今ここで何を言ってもこいつは聞かないと思うよ、ユウカちゃん」
ビオスが慰める様に言う。
「でも」
「ただ俺も同意見だ、命を救われた。 それは単純な事じゃない」
「また、それか。 俺の様なクズに構ってるとお前の地位が危うくなるぞ」
こうやってカイルと関わる事をノアは許さないと間接的に伝えてみたのだが、それを気にした様子はなく、言ってくる。
「はは、まあ明日から宜しく頼むよ」
「頼まれない」
「じゃあ宜しくな」
「明日から、宜しくお願いします」
「あ、じゃあ僕も!」
ここにミヤが加わって、もうこれ以上の会話に意味はないと判断して、歩き出す。
後ろが騒がしいがもう彼は何も反応を示さなかった。
帰り道、カイルが考えるのはやはり2人の言葉に関する事だ。
何故助けたのか。
ダンテの異常な様子に動揺して裏切るタイミングを見失ったのはまだ良かった。
問題はその前だ。
目の前で人が死にかけて、それを見過ごせなかった。
助けるために動いてしまった。
世が世なら完全にヒーローだ。
蔑まれていたクズが同級生を助けて認められて何もかもハッピーエンド、なんて都合のいい話はこの世界に存在しない。
仮に彼が助けて同級生から認められたとして、注目を浴び力が露見すれば、まずは拷問が始まるだろう。
力を隠した理由、ダンテとの繋がりの有無、その力は脅威となるのか、徹底的にチェックが入る。
危険因子だと判断されれば殺されるか洗脳、もしくは研究の実験体とされる。
それに、カイルは逆らえない。
権力に抗えるほどの何かを持っていない。
自由を保障してもらうだけのメリットを提示出来ない。
その時点でハッピーエンドからは遠ざかっていると言えるだろう。
世界的に見ても圧倒的な力を持つブレイスを出し抜くチャンスは何度も来るはずがない事は彼も解っている。
下手をすればもう2度と来ない可能性だって十分にある。
その初めての機会で、カイルは現時点でも十分軍で通用すると言われるほど期待されている重要な戦力を守ってしまった。
どうでもいい、価値のない感情に流されてしまった。
それは取り返しのつかない状況を呼ぶ致命的な間違いだ。
大きな目的の為、犠牲を必要とするのはいつだって同じで、勝負の場に出るためには何かを失う覚悟を持つ必要がある。
それに、彼らは仲間ですらないただの知り合いだった。
「ダンテ……」
救いを求めていた彼女に、今度は救いを求めて名を呼んでみても答えは返ってこない。
彼女はここにいないのだから当たり前の事だった。
「お前には、もう出来るのか? いや、もうやっていたんだったな……」
カイルは自嘲するような声音でそう呟いて、溜息を吐いた。