89話
懐かしさすら感じるカイルが通っていた学校。
彼は自身の最期に思い出を求めようとしたのか、家に向かっていたが、その願いは叶わず、また無意味な虐殺を行い続け、その場所へと辿り着いた。
学校は封鎖されたが、その気になればまた出る事は容易だろう。
前には、なぜかまた、仲間達が立ちはだかっている。
時間は先に戦いからあまり経っていない証拠に、灯りは街灯だけ。
ミヤ、ビオス、ユウカ。
彼らを除くと、兵は30程だと確認するには十分な光源だった。
全員、今までとは違うレベルの実力を持っている。
カイルは挨拶代わりに炎さえ凍らせる冷気を放つが、ミヤが対抗して放った突風に押し返される。
「カイル、ここで止まってもらうぞ」
背後から聞き覚えのある声。
気配だけで状況を察知し、振り向きざまに斬りつける。
リュウだ。
彼でさえたった一人を相手するだけの作戦の最前線に出なければいけない程に、状況は悪くなったという事だ。
彼が愛用する両刃剣から、稲妻が迸る。
カイルはその電気攻撃を剣を通して地に受け流し、また1人増えた敵の攻撃を受ける。
また、リュウだ。
前者の無駄無く引き締まった強靭な肉体とは違い、骨太で、岩のように固く張る筋肉の壁。
そして顔はまるで似ていない、名前だけが同じ。
戦うのは初めてだが、凄まじい速度で振り回される大剣の威力は決して重量は重くないカイルの氷結した炎の刃よりも低い。
撃ち合う毎に、威力が増すそれを彼は容易に凌ぎきる。
合間合間に挟まる援護射撃の幾らかを、彼が捌き切れなくなるが、それが命中しても、彼が傷を負う事はなかった。
「……流石にやるな。 だが」
元々巨大だった大剣が、更に巨大化する。
振り下ろされるそれをカイルは受け止めようとはしなかった。
そしてその判断が正解だった事は、接触していないにも関わらず裂けた地面が彼の肉体の代わりに証明した。
そして背後から、振るうごとにカマイタチを放つ鞭が迫る。
同時に、先の大剣が突き出され、電撃を自らに加え、脳の意思とは別に送られた電気信号で無理やり加速した肉体も包囲に参加する。
鞭とカマイタチを魔力の真空波で破壊し、大剣を側面から蹴り、角度を逸らす。
空いていた右手の剣が電撃と斬撃を跳ね返したが、攻撃はまだ続く。
「だったら!」
幻術で、突進してくるミヤの姿が3つに分裂する。
カイルはその全てを同時に切り裂くべく、魔力を乗せて大きく切り払った。
その隙を、彼らは見逃そうとはしなかった。
「止まれ!」
幻想の肉体が裂ける、どれ一つとして本物の肉体が存在しなかった。
上から、本物が降ってくる、その掌は短剣を握っていて、カイルはそれに酷い不快感を感じた。
飛んだ先を読まれていて、色のない短剣に触れてしまう。
「ガァッ!」
漏れた声は、魂の痺れに対する驚愕のせいだった。
だが、それは彼の行動を止めるには不十分で、距離を置き、もう同じ手は食わない様に構えている。
「ニンゲン風情が……」
「カイル、そこにいるんでしょ?」
ミヤの語りかけに対して、化け物が反応する。
それは悪魔としての動きでは無く、間違いなくヒトの動きだった。
瞳に感情が宿っている、苦しげなゆったりとした動き。
「はやく……してくれ」
彼に向かって、短剣が飛ぶ。
光を反射しない為、それを直接視認する事は出来ない。
しかし、異常なほどの黒はそこに何かあることを悟らせる。
身体が勝手に反応して、避ける。
気付けばミヤが目の前にいて、同じ短剣を突き出している。
当然、それを避ける。
すると、その短剣ごと彼はその肉体を消失した。
幻術だと、気付いた時には、カイルはこれで、終わりだと思った。
背後と正面から短剣と同じ効力を持った鎖が彼に巻き付く様に放たれている。
それが、彼の身体に触れる直前に、彼の魔の力とぶつかる。
それなりに強い冷風が発生し、鎖が凍りつく。
魔の闇とそれを抑える対魔の魔力。
デシアという力の対策の為だけに作られた鎖は急激に膨大な熱量を得る。
その結果、周囲に何かが弾ける音を立てる空気の爆発が発生する。
弾けたのは、鎖ではなく、関係のないはずの公園のベンチだった。
周囲の物は例外なくそれに便乗するかの様に自壊を始める。
だから、鎖はカイルの肌に巻き付く、筈だった。
刻印が刻まれた拘束鎖は、幾らも枝分かれして先端部分が数十程ある。
その全てが、甲高い音を立てて弾かれる。
それだけで、事態の悪化は終わらなかった。
それをやったのはカイルではない。
その最悪の行動を取った者を、全員が見る。
反応したのは、リュウの名を持つ二人に、同じ血を継ぐ女一人。
「父上……」
声を揃えて父上と呼ばれたその者は、上位悪魔の特徴である、青白い肌をしていて、それがどういう意味か、理解出来ない者はそこにいなかった。




