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86話

「さて、カイルは……あそこか」


 都合が良く、学校に最も近い軍事施設。

カイルは上手く誘導されている。

どれだけの力を持とうと、所詮今の彼は一人だ。

一人では、世界には敵わない。

だから彼がここから出て、本当の意味で世界の敵になってしまわない様に、ここに封じ込む必要がある。


 ミヤは側にいる者に連絡用の指示を出す。



「1から20の隊は前に、砲撃の準備始めてて」


「どちらも、もう既に準備は完了しています。 いつでも砲撃も直ぐに発動は可能になります」


 結界魔法を発動準備中の隊へと目を向ける。

わざわざ言うまでもなく、指示する予定だった砲撃予定の場所を狙っている。

どの兵も、優秀だ。

純粋な力で見ても、これだけの実力者が何処に隠れていたのかと言いたくなる程の者ばかりで、彼等は、立場で上の者ですら、全く疑う事なくミヤに従っている。

そうするべきだと言う理由だけで、誰もが当然の様に従ってしまうこの状況に少し恐怖する。


「ホント、異常だよ」


 軍を前に進めたせいか、カイルがこちらに気付く。

偶然か必然か、目が合う。

視線越しに、苦しみが伝わってくる。

その苦しみを終わらせてやるつもりはない。



「発見されました、指示を」


「拘束の為の砲撃は、何度撃てる?」


「砲撃隊全てを犠牲にすると言う前提で考えて」


 ミヤはその馬鹿げた考えを遮る。


「誰も犠牲を出さずに」


「……精々100発が限度かと」


 100発。

たった100発だ。

悪魔を結界で拘束する為の術式ではあるが、成功例はない。

そもそも、悪魔に試した例がない。

普段、遭遇する事の出来ない上位存在に何かを実験出来る機会などそうそうありはしない。

人類を相手とすれば間違いなく単発で拘束出来るが、今のカイルが対象ならば。


「難しいか……とりあえず直撃狙いで5発撃たせてみて」


 一度目の砲撃。

魔力の塊に見えて、恐ろしく緻密に練り込まれた魔法陣の塊は、バケモノ目掛けて凄まじい速度で飛んだ。

しかし、バケモノはそれを平然と回避してみせる。


 5発、全てを余裕を持って回避しきったカイルは軍の方へと向かって来て、前線の兵達が構える。

デシアを取り入れて、ヒトの反応速度を大きく超えた彼らは強い。

しかし、それでは届かない壁がある。

一瞬で全員が殺された。



「次の砲撃は施設とカイルを囲う壁を作る様に30発、残り全弾は全て各個に指示を出すよ」


「これ! どういう事ですか!」


「まさか、カイルを……」


 遅れて到着したユウカとビオス。

彼らには、ミヤと同じ最も危険な部分を担当してもらうつもりだった。

封印が終わった後の、無力化という危険な任務。



「違うよ、これはカイルの救出作戦だ」


 そう言った途端、一気に表情が明るくなる。

処理と伝わっているはずだが、その発言を誰一人として気にするものはいなかった。



「今出来ることはないかな……ここは無理に前に出たくない」


 カイルが本来倒すべき砲撃隊ではなく前線部隊を狙ったのは恐らく、砲撃を受ける事を恐れているからだ。

拘束術がマトモに何度も命中すれば、どんなバケモノでも逃れることは出来ない。

中身が漏れ出る事がないように工夫されているが、脅威を肌で感じ取れたとして何の驚きも生まれない。



先の先を考え、どう動くか考察していると、背後から、伝令が駆け寄って来る。


「援軍です、数は2万、全員がデシアを所有しているとの事で、こちらが盗聴対策済みの通信機です」


 ミヤはこの通信機の仕組みを良く知っている。

製造過程を見た事もあり、嫌悪感を隠し切ることは難しかった。

しかし、何とか平常心を保ちきったミヤは唯一登録された通信先に通信をかける。


「兄さん?」


「ミヤか、まあそうだろうな」


 何が言いたいのだろう? と困惑しつつも、余計な事は口走らない。

今は、無駄口を叩く暇など無いのだ。

意識の半分は常にカイルに向けてある。


「今は世界にとっての非常事態だ。 グリセリーを中心とする組織と同盟を組んだ。 この悪魔の力の研究が進んだ暁には、情報共有する約束もしてある」


 バカなことを、と思わずにはいられなかった。

しかし、それ以上にそれをどうやったのか、気になった。


「へぇ、どうやったの?」


「兄と姉が交渉に出向いた。 考えるまでもなく力付くで言う事を聞かせたんだろう」


 つまり、不平等条約だ。

力を渡すつもりなどないと、そういう事だ。

そう考えたミヤの思考を通信越しに見越したリュウはある衝撃的な事実を教える。


「あぁ、力は与えてやるつもりだ。 その方が研究が早く進むからな」


「あら、僕らの支配下を除いた全世界連合に、そんな事していいの?」


 本当は、そうした理由など分かっていた。

それが二つの理由で全く問題とならないからだ。


「俺達の元にはホンモノがいる。 その時点でもう奴らは俺達に追い付けない。 だからアイツは救う。 俺に啖呵を切ったんだ、失敗するなよ」



 言われるまでもない、と答えようとして、止める。


「まさかとは思ったけど、やっぱり、戦力分断してたんだ」


 何故自分が兵を与えられたのか。

何故リュウの名を持つ誰かが指揮を取らないのか。

薄々と勘づいていた謎が解けた。




「俺達にはあの化け物を出し抜く何かが必要だ。 だからその為に最低限のリスクは取る」


 ミヤには最低限と言うには、重すぎる気がした。

ここで足止めに失敗していれば、恐らくブレイスは滅んでいる。

それとも、自分が信頼されているのだろうか、なんて思ってしまって、思わず苦笑する。


「何を笑う?」


「いや、何でも無いよ。 ほんと、この国は怖いや」


 笑ってみても反応はない。

同じように笑って欲しい訳でもなく、それがこの状況の普通でもある。

通信が切れる。




 バケモノは圧倒的な数を前に動こうとしない。

こちらが準備している攻撃全てを受け切ることが出来る自信があるのか、もしくは知能がないのか。

前者であれば、世界は終わりだ。



「撃って」


 短い指示の後、すぐに砲撃が始まる。

カイルは30発の拘束弾を回避しようとはせずに全て、正面から叩き斬る。

中から拘束用の魔法を放つ魔法陣が漏れるが、彼は一瞬の内にそれを魔力で全て消し飛ばしていた。

しかし、今回の攻撃の本命はそちらではなく。


 残りの65発。

彼を施設付近に閉じ込めるための砲撃で、どれも彼を対象としていない。

幾ら悪魔となったカイルでも、30発の直後に放たれた、65発の対処までは間に合わない。

途中で全て爆散したかと思えば、結界が出来る。

バケモノはそれを少しの間眺めて、結界に斬りかかるが、割れる気配はない。


「……はぁ」


 つまり、カイルを救う最初の段階は成功だった。

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