85話
ミヤはまず、リュウの元へと向かった。
倒すだけなら彼にも可能かもしれないが、目的は救出だ。
救う為には、彼一人ではどうにもならない。
リュウに連絡した際、彼はこう言った。
「学校に来い。 準備はもう進めてる」
だから、学校を目的地としていたのだが、敵はもう殲滅したと油断していた。
学校の門の前の広場で、4人が斬りかかってくる。
ミヤは何の容赦も無く一瞬で命を奪った。
「こいつらは……ブレイスの兵じゃないか」
裏切った、と考えかけたが有り得ないとすぐに思い直す。
これを仕向けたのは、恐らく。
「兄さんか。 だけど、行くしかない」
何処で待っているのかは、予想が付いている。
どれだけの待ち伏せが居ようと、取るべき行動は変わらない。
学校の立入禁止区域の地下にある研究所。
入り口のカギは持っているため、侵入に手間取る事はなかった。
リュウの待っているであろう場所へと向かう。
きっと、カイルを止める為に必要な事を、大急ぎで進めているはずだ。
研究所内に合計で数万体、人体が入ったガラスの培養設備、それらの内、最も重要なデシアの研究を進める為の部屋に、ミヤとリュウが対峙している。
その周囲を、20人の兵が囲う。
殺気を隠そうともせずに構える兵達を、意に介した様子を見せずにミヤは言った。
「兄さん、送ったデータは参考になった?」
カイルを救う為に、ミヤは自分の身体データの幾らかと独自に進めていた研究内容を送った。
これで、彼の世界を救う野望は潰えた。
ブレイスが頂点では、救われない人がいるからこそ、転覆させる計画を密かに練っていた。
多くを救う為の計画を、たった一人のために犠牲にしてしまったことを彼は後悔していなかった。
「あぁ、お前が何を考えていたのかも、予想が付いた」
ここからは、交渉だ。
どうにかしてカイルを救う為に、上手く交渉してカイルの存在を必要だと思わせる必要がある。
リュウは先手を取ろうとしたミヤを手で制して、意思を伝えた。
「お前の願いは叶えてやる。 アイツは救う。 必要だからな。 それに、これは反乱なんかじゃない」
時間が惜しいはずなのに、リュウは少し溜めてから言った。
「ヒトという種の進化だ。 これはデシアを組織が制御するためのキッカケだ。 そうなれば、世界は変わるだろう」
「結局、そうなっちゃうのか」
小声で呟いたこの声は、リュウには届かないように声量を調整していた。
結局のところ、彼は力が欲しいのだ。
ヒトが前に進む為の力。
悪魔を超えて、本当の意味で世界の覇者になるだけの力。
力は手段であって、目的ではないのに、気付かぬ内に入れ替わってしまう。
「兄さんは、力に取り憑かれてる。 それはきっとこれを引き起こした彼女の思惑通りだよ」
「だろうな。 だがそれが正しい。 力がなければ、何も出来ないからな」
「でも彼女は止めてこない。 何度も何度も様々な妨害をしてきた彼女が、今回、大事な場面で止めようとしないのはきっと計算通りだからだ」
「だが、この力が完成すれば、悪魔達と対等の立場に立つ事が出来る。 そうなればアイツの立場は大きく変化する。 行動が読まれていようと、何処かで奴の予測を超えて大きく進めばそれで勝ちだ」
悪魔と同盟なり、何なりの条件を結ぶことを出来るのなら、彼等に彼女の危険性を説く事で協力させる未来も有り得るだろう。
「まあ、カイルが助けられるなら、何でも良いんだけど」
リュウが吐き捨てるように短く笑う。
「まずは、暴走したカイルを処理するために、戦力を全て集結した」
それは当然だと、思った。
この状況を収めるには、ブレイスの総力を集める必要がある。
万が一にでも、作戦が失敗すればそれで全てが終わる。
そこに何一つ異論はなかった。
だが、1つどうしても気に入らない点があった。
「処理? 救出でしょ」
そう発言した途端、収まりかけていたはずの殺気が膨れ上がり、大きく場の雰囲気が変わる。
「それを決めるのは、お前じゃない。 あまり公の場で調子に乗るなよ」
周りが一歩近寄り、剣を向けてくるが、動じずに言った。
「今更、兄さんに抗うつもりなんてないよ。 だけど、初めて出来た友達ぐらい、救わせて欲しいんだけど」
ここで殺される訳にはいかないが、どうしても引けなかった。
だから、余計な発言をしてしまった。
ブレイスで最先端の装備を持った者がこれだけの人数がいれば、負ける可能性は高い。
そもそも、彼等と今争う事になった時点で彼の負けだ。
「まあ、どちらにしろ俺もアイツは救うつもりだった。 朝が来るまでアイツを抑えろ。 使って良い部隊はこのリスト全てだ」
数枚、紙を渡される。
全て、デシアを取り込んでいる部隊で、ミヤが名前を知っている優秀な者は全てリストに名前が存在する。
「随分と短いね」
「は、短い? そもそもこの研究は最初から俺達が進めていたものだ。 そして今日、結果が出た。 カイルが悪魔になるという結果がな」
「だから、アレを実用化するための研究を始める。 今までとは違う方向性に意識を向ける必要がある。 だからカイルを救う」
救う。
結局のところ、リュウが救いたいのは力の方だ。
カイルを救うという言葉を使いはしたものの、結局そのつもりは毛頭ないはずだ。
背を向けようとした彼に、決別する様に同じ動きをして、ミヤは仲間を救う為の作戦を練り始めた。




