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83話

聖剣に意識を集中すると、心で扇動され続けていた感情の全てが、緩やかになる。

自分の中の何もかもが控えめになって、心が冷たくなって行くのが感じられる。

デシアと違い、力は溢れない。

ミヤ自身の内に、全て収まりきっていて、全く無駄のない様に使う事が出来る。

感情が暴走することの無い、揺らぐことを忘れたような平穏な世界は、とても美しく感じて何処か哀しかった。


 そんな状態でも、強烈に自身を貫く信念だけは、全く忘れられそうになかった。



 もう使われない廃墟と化した医療機関。

そこに、化け物は立っていた。

身体を覆い隠せるだけの両翼に、右腕が黒く染まっている。

聞いていた話よりも、症状はずっと早く進行している。

そんな状態で彼一心不乱に壁を斬りつけて、少しでも欲を抑えようとしていた。

少しは意識があるのかも、しれない。


 まだまだ距離はあるが、すぐに目が合って、一瞬で消える。

公園のベンチの側に立つミヤは、真白の剣を水平に掲げて、一拍遅れ音が鳴る。

空から斬りかかったカイルが、すぐさま側面に回り込んで来て、後ろに飛ぶ事で二度目を追撃を回避する。


「カイル……」


「……なに、その力は」


 未完成とは言え、魔に対抗する力はある。

魔力を持つ者がその違和感を感じ取る事は何もおかしな事ではない。


「さぁ? 理屈は難しいから説明出来ないや」


 背後から襲う闇を秘めた魔法の数々を、光に染めた同じ魔法で迎撃する。

その光とは、無慈悲でありながら、全く悪を含まない純粋さから得る事が出来る物だ。

幾らかの感情に覆われて、暖かさを感じてしまうミヤには、まだ能力を引き出しきれないが魔に対する特効性能が高く、全てを破壊する事ができた。


 「なるほどね、そういう事」


 たった一度見せただけなのに、目の前の化け物は一人で納得してしまう。

やはり、知識と経験で人類を遥かに超えている存在であると、理解する。

しかし、どうでも良かった。

そんな事よりも、大事なのはカイルの方だ。



「カイル、止まれよ。 ねぇ、聞いてる?」


「聞いてる、止まらないけど」


「いやいや、僕は化け物じゃなくてカイルに言ってるんだ。 話し相手は君じゃない、消えろよ」


「彼はもう眠ってるよ。 すぐには起きない」


 ミヤはそれを無視して、言った。


「みんな助けて、それで終わりのつもり? 違うでしょ。 自分も生き残って、それで終われよ。 ふざけるな」


 少し、心が痛む。

カイルと、多分同じ覚悟をしたとミヤは気付いた。

互いに相手に生きて欲しいと望んでいる。

しかし今回だけは、どうしても譲れない理由がある。


「うるさい、黙れ」


 デシアに乗っ取られたカイルの表情から、余裕が消える。

真っ直ぐに突っ込んでくる、その速度が異常な程に早い。


「僕達は友達だよね、僕は君を信じたい」


 そう言いながら、光を貫く闇を純白の光で受け止める。

それから何度か撃ち合い、ミヤの方から距離を取る。

遠距離戦を許すつもりはないらしく、距離を詰めようとする。

彼自身、遠距離戦に持ち込むつもりはなく、素直に応戦する。

そしてまるで自分に言い聞かせるかのように、言う。


「だけど、こんな誰も信じるべきじゃない世界で、何を信じて良いのか分からなくなってしまいそうにもなるんだ」


 カイルはそれを聞かない。

しかし、それでもミヤは力強く言った。


「それでも、君を信じる為に、今、僕らが仲間である事を証明してくれよ」


 そう言って手を広げる。

それを見て勝ちを確信した笑みを浮かべるカイルに、寸前で苦しみの色が混ざる。

刀身に闇を引き摺る凶器は重力が突然重くなったかのように鋭く落ちる。

滝を思わせる凄まじい落差から放たれた一撃は首から腰を斜めに切り裂く狙いのようだ。

首に触れても、ミヤは動かない。

闇が剣より先に皮膚を斬り裂いて、幾らかの神経を焼く。

そこでピタリと黒い狂気までもが、動きを止めただけでなく、魔力で構成されたオーラが剣から消える。


 信じて良いと、教えてくれた。

こんな暗闇ばかりの世界でも仲間を信じる事は出来る。

そして、最初からこうなるとミヤは信じていた。


「は……やく……」


「分かってる」


 ミヤはひどく嬉しそうに笑って、剣を弾く。

左手から不完全な破魔の光を発して、それをぶつけようとするが、カイルは敏感に反応する。


「やめろ! それを私に近付けるな!」


 ヒトの限界を遥かに超えた声量が、魔力を伴う音となり、ミヤの脳を揺らす。

それが原因で、彼は逃げていくカイルを追うことは出来なかった。

しかし、手応えはあったと感じた。



「希望はある。 まだ終わらせない」


 カイルに向けて、そう呟いたミヤは振り向いて、自分に向かってくる仲間の姿を認識した。

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