82話
ミヤはカイル達が苦戦している間、連絡を各所に取りつつ、その間に出来る事を進めていた。
「カイルを何処かで一時的に封じ込める作戦……ね。 まあ確かにそれが確実か」
彼にとって、大事なのは作戦内容ではなく、結末だ。
カイルが救われるかどうか。
その為に一つ、彼は覚悟を決めた。
パスワードと生体認証を、自室のベッドの横にある大きな金庫に入力し、研究用の机の下にある細長い隠し扉を回転させる。
そこから取り出したのは、金の鞘に収まった、一度も使用したことのない長剣。
それにある魔法をかける。
そうすることで、ロックが外れて、少しだけ剣が浮く。
これで長い間かけていた封印が解けて、取り外しが可能になった。
「よしっ、今更どうしようもないけど……理論上は問題ないはずだ」
カイルがデシアに呑まれた際に使用する暗黒の剣とは対象の、近付くだけで神々しさを感じる純白の聖なる剣。
これは、ブレイスの誰かには絶対に見られる訳にはいかないもので、この研究が進めば、今のブレイスの頂点に立つ者は全て容易に殺す事が出来るだろう。
対悪魔に特化した、悪魔を殺す為だけの能力を秘めたこの剣の能力を、今はまだ完全にはミヤは引き出せない。
だから、今はこれを公開してはいけないのだ。
ブレイスは間違いなく見逃さない。
この研究と野望は、今はこの世にいない婚約者がいなければ、計画すら成立し得なかった。
彼女は、こんな使い方を想定していない。
あの時の約束も裏切ってしまうことになる。
「ホント、バカかよ」
カイルが暴走していると言うことは、知っている。
理由も想像はつく。
ダンテと会っていたと言う情報も入った。
なら、そう言うことだ。
この研究所は数十人に襲われた。
ミヤはその襲撃者の内の1人を拷問して、今回の作戦を聞き出したりもした。
だから、仲間が襲われている事も知っていて、それを彼が助けるだろうと信じていた。
「多分、僕の役目はその先だよねぇ」
今、ミヤはブレイスから入ってくる情報も合わせて、相当な情報を所有している。
それら全ての情報とここまで届くカイルの魔力の圧を計算した上で、いま持ち合わせている力では足りないと計算した。
聖剣と呼ばれるこの剣は、デシアを持つ者でありながら、ある特異な能力が必要だ。
その能力を持っているのは、今この世界にはミヤだけで、その力は滅んだとブレイスは考えている。
その計算違いは、彼の婚約者が残してくれた、未来において対ブレイスにおける戦いで使う予定の最後の切り札だった。
ミヤは未完成な、この力を、カイルを止めるために使うつもりだった。
一度見せれば、ブレイスは必ず対策を講じるだろう。
それどころか、殺される可能性が一番高い。
ヒトの未来の為に、彼はブレイスを滅ぼそうとしていたのがバレたなら、どれだけの拷問を受けて殺されることになるのか、まるで想像もつかない。
剣を鞘から完全に抜いて、立ち上がる。
「ミヤ……?」
背後から迫る声は、聞き覚えのある声だ。
「フェイ……今から僕は戦いに行くよ」
「誰の為に?」
「自分の為に」
「それはブレイスの為になる?」
彼女が、ブレイスの為という言葉を使うのは初めてだ。
ミヤはそれに違和感を全く感じなかった。
ある一つの真実を理解していたから。
「うーん、どうだろうね。 ある意味ではなってるけど、ある意味ではなってないし」
「じゃあ、あの人達の為?」
「まあ、そうだねぇ。 助けに行かなきゃいけない」
「それよりも、その剣は何?」
後ろから、欲望の力が湧く。
ある人からの承認欲求を求めて、力が増大して、その力を証明したいと、また力が増える。
この力は、本当に厄介だと、ミヤは思う。
ヒトが扱うべきではないとも、ずっと前から思っていた。
しかし、もう実用段階に入ってしまった。
彼女のような、戦闘力を余り期待されていない監視にまで使わせるほどに、事態は進んでしまった。
「仲間を守る為の剣だよ。 多分ね」
そう言って、彼は後ろにいるフェイの心臓に、聖剣を突き刺す。
元婚約者の名を付けた、彼女は予想通り短剣を所持していた。
白い医療用に作られた制服は、彼女に酷く似合っていて、胸元から噴き出す赤い体液さえも芸術の様に彩りとして迎え入れる暖かさを見せる。
困惑した表情で赤く染まる胸を見て、呆然と呟く。
「なん……で」
「ごめん、最初から、君が僕の味方じゃない事は知ってたんだ。 僕の計画の為にずっと利用してた上、こうなるなんて、本当に悪いと思ってる……本当は殺すつもりなんてなかったんだ……分かって欲しいとは言わないけれど」
最後の言葉を、フェイが聞いていない事は知っていた。
今、ブレイスにこの力を報告される訳には行かなかった。
救わなければいけない人がいる。
カイルは仲間の為に、自分を捨てた。
だから。
「君が自分の未来を捨てた様に、僕も野望を捨てよう。 だから、止まってくれよ、カイル」
ミヤは聖剣を握り締めて研究所から出る。
カイルに向かって真っ直ぐに突き進んでいて、目的の彼もまた、同様だった。




