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81話

街灯もない真っ暗な道で、カイルは担ぎ上げられているユウカを見つけた。

担ぎ上げている男は、周りより少し強い。

彼女では、何も出来ずに無力化されてしまっただろう。

そして、その出来事を彼は大まかに感覚として知っている。


『さて、次は彼女を救うのね』


 何故か、好きだと言われた事を思い出す。

その記憶から、性的な欲望が生まれる。

何をしても許されるなら、何をしよう? なんて欲望。

それを感じるのは正常だと言えるが、同時に異常でもある。



「おい、後ろの奴をやれ」


 先頭の恐らく、最も強い男が後ろも見ずに言う。


 とにかく、まずは助ける事からだ。

距離はカイルが20人分程、たった一歩で、その背に追い付いた。


「なんっ」


 言い切る前に、ユウカを担いでいる男を殺した。

そして、彼女が地面に落ちると同時に、リュウから貰った剣を振り回す。

すると、敵は全部死んだ。

まだカイルには自分の意識はある、しかし自分はもう元のヒトとは違うのだと、実感させられる。

ヒトは、たった一振りで刀身の数倍の長さ分の攻撃範囲を魔法抜きで実現する事は出来ない。




 すぐ側にあった灯りとしての役割を果たしている魔導車という魔力で空を駆ける乗り物から、20人ほど星付きの軍服を着た兵が現れる。

先ほど殺した十数人を一人で相手出来る程度には、一人一人が強い。

恐らくは実力だけで地位を得た純粋な実力者なのだ。


 伝説に伝わる業火に似た火の龍が目の前に現れて、それが2人に襲い掛かる。

直撃すれば、死ぬだろう。

実力者が20人で、協力して発動した高等魔法を、たった1人で防ぐ手段など存在しない。

だから、回避するしかないはずだった。


 もしも、カイルが普通のヒトだったなら。


 彼は龍を喰らうかのように真っ直ぐに突進して、炎に触れた。

そして、それを肉体のみで押し返しながら、突き進む。

あり得ない、といった叫びでは彼を止められない。

命だけは、と懇願する悲鳴のような声でも止まらない。



 龍と上級兵達の最後には、龍が怯えて反対を向いて逃げている様にさえ見えるほどに、圧倒的だった。

今のカイルにとって、この制裁はひどく心地良かった。

連れ去られそうになった仲間を救い、攻撃を仕掛けてきた悪い敵を制裁したのだ。

デシアという悪の根源からしてみれば、増幅出来る快感はきっと幾らでもあった。



『また、救った。 ミヤはもう既に安全そうだけど……見に行く?』


 助ける毎に、欲望が強くなる。

自分は誰かを助けられるだけの強さがあると、証明した。

それが、とても心地いい。

救出と言う名の制裁をして、快楽を得ることが、やめられない。

制裁という名の殺戮の楽しさを知ったせいで、もう元には戻れない。


 だから、もう取り返しは付かない。

それをハッキリと自分で理解するために、ミヤの元に、向かって殺して見る事にした。

しかし、移動する前に呼び止められる。


「カイル!」


 振り返り、その姿をもう一度しっかりと見てしまう。

赤いワンピースの様なボタン付きシャツに、白スカートと黒の短ズボンを組み合わせた服装。

前髪は珍しく、小さな花型の髪飾りで止めて斜めに流している



 欲望が強くなる。

彼女を無理矢理自分の物にしたい。

異性として優秀な身体を征服したい。

そんな、純粋な欲望。


『貴方の恋人にしてあげた事を無理矢理してみましょう。きっとそれがひどく気持ちいいから』


「来るな! 今はダメだ!」


 カイルがそう言うとハッとして、ユウカが彼の現状に気付く。


「カイル……?」


『それか、殺しましょう。 その後、身体の方を頂くの。 でもやっぱり身体を先に味わってみる?』


 心配そうな瞳で見つめられて、沸き立つ支配欲が抑えられなくなる。

気付けば、一歩近付いていて。


「俺は、ああああぁぁあ! 黙れ! ユウカ! 今喋ろうとしたのは俺じゃない!」


「カイルじゃない……?」


「……あぁ、ごめん。 意識を奪われそうになってたんだ」


 喋り方が普段と違う事に、ユウカは意識を向けられない。

この国全体には薄いが、強力な幻術がかけられていて、それに気付けないとちょっとした感情で、心を強く揺さぶられてしまう。

その幻術のせいで、彼女は強くカイルに心酔していた。

この幻術には、現状国民の大半がかかってしまっていて、今はどこも涙と叫び声でいっぱいだ。



「ねぇ、意識は大丈夫? もし危険なら休もう? もう何処でもいい、この国を守るよりも、ずっと遠くに逃げないと」


「いや、大丈夫だよ。 とは言えないか。 でも君が俺に尽くしてくれたら、俺はまだ戦える。 みんなを救え……やめろ! もうやめてくれ!」


「カイル! しっかりして! 私はどうすれば良い!」


一度虚ろな目をして俯いたカイルは、少し辛そうな表情で優しく笑って言った。


「まずはその服をここで、全部脱いでくれないか? 俺に好きな様にさせてくれ。 最後は、命が欲しい」


 彼女は全く疑う事なく、頷いてしまう。

その姿を見て、増えた感情から、もうカイルは、ダメだと思ってしまった。

自分は狂って、全てを壊してしまうと。

そう確信してしまった。


「分かっ」


 肯定しかけたユウカが吹き飛ぶ。

誰かがいると認識しても、彼は眉ひとつ動かさない。

今の彼はいきなり、ヒトにとって強烈な攻撃を受けたとしても、痛くも痒くも無いからだ。

しかし、来るはずの攻撃が来ない。

目を向ける。


「幻術だ、認識してくれ!」


 口元ときた服の胸元から腹にかけて血が付いたビオスが、彼女に叫んだ。

それで、幻術が解ける。

彼は幻術に気付いていたのだ。

その手の才能は仲間の中でトップクラスだった。


「お前は、今殺す」


 性欲に結びつかない男は、まず殺すと言う判断を、止めたい。

しかし、腕を振り上げて、気付けば何故か持っていた真っ黒の剣がビオスに向かって落ちる。

それが、ギリギリのところで止まってくれる。


 彼は真っ直ぐに逃げながら、言う。


「頼む、見逃してくれ。 いや、俺はお前の事を良い奴だと、勝手に信じるからな!」




力のない良いやつではダメだった。

小さな子供を救えない、救うべき人も、友達も、救えない、本当に護りたかった恋人さえ、救えなかった。

その上、何かあっても都合良く誰かが、助けてくれたりはしない、だから、力を手に入れた。

変わる為にこの力を手に入れたのだ。


「力のない、良いやつに何が出来る? 誰を救える?」


「確かに、今の俺に力はない、でもお前の事は救ってみせるよ」


 ビオスが笑ってそう言う。

そんな力は持っていないのに自信を秘めた表情でカイルを見ている。


「無駄だよ、お前はここで死ぬ」


 埋まることの無い実力差が存在するので、安直に前に出る

避けようとするその動きはひどく遅い。

回避を間に合わせるために全力で速度を落とす。

もう今の彼には動きを止める事は不可能にさえ思えた。


 心の中のデシア、闇が言う


『迷うな、どうせこのままじゃ何も変わらない。 いつか、変わるだとか突然不思議な能力が与えられたりだとか、そんな幻想はない、知ってるだろ。 あなたが変わらない限り何も変わらない。 そしてあなたは今日変わった、本当に救いたい奴さえ救えないクズをやめて、誰かを救う力を得た』


「お前の話には乗らない」


 その声を聞く度に欲望が加速する。

ヒトを殺したい、力を見せつけたい、女を犯したい。

醜い欲望が心の中で暴れまわる

同時に強くダンテの事を思い出し、彼女を支配したい、と思う。


『さぁ、振り下ろして殺しましょう』


 闇が溢れ出す刀剣を振るう腕が振り回そうとする寸前で止まる。

同時に身体も止まり、距離が開く。



「はやく、逃げろよグズが」


「また、後で救いに行く、待ってろ!」


『どうして、あなたは苦しい道ばかり選ぶの? それじゃ何も解決しないと、知ってるはずなのに』


 彼は、遠ざかる仲間達を見送り、身体を動かさずに言った。


「教えてやる、お前に理解出来るか知らないが、俺にとって、アイツらが大切だからだ」


『…………大切なら、抱き締めて、その先をしてあげれば良かったのに。 彼女はそれを望んでる』

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