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79話

「クソ、どうする……?」


 人盛りの激しい商店街のど真ん中に、悲鳴が響き渡る。

出来事の中心である、追い詰められたビオスは呻くように独り言を呟いて周囲の様子を伺う。

周りの者は誰もが、返り血を浴びて警戒しつつゆっくりと後退する彼を見ている。


 ビオスは襲撃の情報をいち早くミヤから受け取り、恐らくは安全だと思われた商店街に隠れていた。

今回の襲撃は、要人が狙われているらしく、どうやら不幸な事にそのリストに入ってしまっているらしい。

だから、彼はあえて人通りが良い商店街に身を隠す為に移動したのだが、考えが甘かった。

少人数をターゲットとしているはずが、事態が公になることを全く警戒していないようだった。



 背後から、彼よりも遥かに体格の良い男が一人襲いかかる。

大きな槍が突き出され、それを避ける。



 数は10、熱風を鋭利な刃のような形にしたカマイタチが宙を踊り、その脅威をビオスに突き付けてくる。

しかし、彼らが狙っていたその場所には、ビオスはいない。

彼はもうとっくにここにはいなかった





 かろうじて追跡を振り切った先では、呑気な事に若い男が若い女に言い寄っていて、女は満更でもない表情で、でもでもと駆け引きを楽しんでいる。


「ここの区域は、いつでも呑気なもんだな」


 何もかもがチャラチャラとした遊楽街。

ビオスも嫌いではないどころか、よく来るのだが今だけはその楽観さが鬱陶しかった。


「お、何見てんだよ?」


 どうするか悩みながらも、目の保養に女の方を眺めていると、男から声をかけられる。

明らかに喧嘩腰に、そうなることを望んでいるようだった。


「あぁ、ごめんね。 すぐ行くから」


「それが通じると思」


 パンチ一発だけ、顔に打ち込む。

それだけで、パーカーに謎のジャラジャラした装飾を引っさげている男は気絶してしまう。

所詮、一般市民の実力はこの程度で、相手をする意味などなかった。




「今、忙しいんだよ。 邪魔しないでくれるか?」



 チラと、女の方を見て、周囲にも目を向ける。

完全に苛立ちをぶつけた形だ。

それを自覚していたビオスは逃げる様にその場を去る。



「何してんだ……俺」


 とにかく不安だった。

みんなが何処にいて、無事なのかどうか。


「今は誰にも連絡が繋がらない……なら、何処に行くべきだ?」


 その仲間を想う思考が原因で、彼は近くに暗殺者が迫っている事に気付かなかった。

屋根から飛び降りてくるその存在に気付いたのは、剣を振り上げて、振り下ろす直前だった。




 回避には成功したが、無様に転がった上、今手には武器がない。

すぐさま囲まれて、抵抗出来ないように槍が4本、心臓と頭、両脇を少し逸れた位置に向けられる。

魔法的な拘束も含めて、これではどう動いても、致命傷を負う。


 初撃を放った暗殺者が言う。

他は服装から見て、正面戦闘を主な戦術とする兵士だ。


「こいつ、リストの中では……よし、お前は確かカイルとかいう奴と仲が良いな?」


「それが、どうかしたのか?」


 言いたいことは読める。

しかし、今すぐ否定する勇気がなかった。

死ぬことが怖いから。

ビオスはまだまだ、死ぬ気になれなかった。

それでも仲間を売る気は無い。

ただ、少しでも抵抗はして見るつもりだった。


「そいつの居場所を教えろ、そして捕獲、もしくは処理を手伝え。 そいつを捕らえる事を手伝えば、一生遊んで暮らせる地位は保証してやる」


 嘘だ。

たかが暗殺者一人にそんな権限はない。

しかし、それを指摘して機嫌を損ねると、すぐに死んでしまうかもしれない。

だが結局、彼が放った言葉はその死に繋がる可能性のある言葉だった。


「兵一人に、そんな権限があるのか?」



「ない。 だがカイルという奴を捕らえるか殺せばそいつは敵であっても褒賞を与えると宗主様は公表された」


 それを信じる事は出来ない。

信じてしまう程バカではないからだ。


 言葉が、続く。


「居場所を教えるか、死ぬか、選べ」


「居場所なんて知らねぇよ……」


 多分、家だ。

今は深夜で、カイルの寝る時間はこんなに遅くない筈だ。

しかし、何故彼の居場所を今更教えろなどと言うのだろう?


「……そうか、まあいい。 居場所は判明しているからな」


「ならなんで聞いた?」


 

 現状、敵兵士達は全く危害を加える気があるように見えない。

それが何故か、理解出来るのはビオスだけ。

彼らはもう既に全員が彼の術中にハマっていた。

だから、拘束を外すよう声をかけてみる。


「手を離してくれないか?」



 使用した精神干渉は上手く作用している。

そう、思っていた。



「幻術、いや精神干渉だ。 離すな」


「安心しろ、気付いてる」


「もっと強い幻術でも来ると待ってみたが、ブレイスのリスト入り幻術者でこの程度なのか?」


 完全に自慢の精神干渉術をナメられている。


「ハハッ、この程度ならここに放置してても良いんじゃないか?」


「確かにな!」


 ビオスは笑い声を享受してしまう、情けない自分に苛立つ。

しかし、自分はその程度なのだと納得する事も出来た。

心残りは山ほどある。

決して仲は良くなかったが、最近、家族を守りたいと思うようになれた。

どれだけ辛辣な世界で、信頼出来なくとも、大切な繋がりを消してしまう事は惜しい。


 それを教えてくれた、仲間とこの先を生きられない事も辛い。


「おいおい、お前が余りに弱いからって泣くなよ」


『こんな奴ら、殺してしまおうよ』


『早く早く、僕を受け入れて!』


 頭からうるさいほどに響き渡る子供の声。

力を受け入れたとしても、その先に未来はない。

そもそも、自身を押さえ付けている相手の力が分からないビオスではない。

仮に、力を暴走させてもすぐに負けるだろう。

敵の制御術が自分のそれより遥かに優秀である事は分かっている。

1:1の正面衝突ならまだしも、身体が動かせない状態の上、数の暴力には及ばない。


「分かった分かった、一思いに殺してやるから」


 心臓を狙った一撃。

それを無理矢理避ける。

臓器に直撃だけは避けたが、凄まじい痛みが胸に走る。

肋骨が半端にやられて、左の肺に刺さる。

声が出ない。

痛みで、身体も動かなくなる。


「あーあ、痛そ」


「もう次のターゲットまで時間ないし遊びも終わろうぜ」


『今からでも、僕を受け入れたら全部、間に合うよ。 君の友達はみーんな襲われてる。 今にも殺されそうだよ」


 本当かどうかが、分からない。

しかし、それが現実である可能性は決して低くない。

ここを生き延びて、全員助けることが出来たなら、ヒーローだ。


 もう、友達さえいればいい、ビオスはそんな気分になってしまう。

それなら、ブレイスからどれだけ憎まれようと、定められた禁忌を犯しても、問題ないのではないだろうか?

もしくはいっそ、仲間以外全部殺してしまってもいい。

そうすれば、悩みなど無くなる。

平和な世界の誕生だ。


『そうだよ! よく気付いたね。 それこそがこの世界の真実なんだ』


「だけど」


 違う。

その考えが間違いだとは思わない。

多分、どうしようもない程に正しい。


「俺はここで死ぬことを選ぶよ」



「何言ってんだこいつ」


 名も知らない奴のそんなセリフが、最後なのか、とビオスは思った。

恐怖から、目を瞑る。


 しかし、いつまで経っても、終わりを告げる新たな痛みがやって来ない。

目を開けば、そこには大切な、友達がいてくれて。

気付けば彼を囲んでいた兵士達は腰から上が消滅していた。


「また……救われてしまったのか」


 感謝なんて、言葉では表せない礼を伝えようとした時、異変に気付く。


「お前、それどういう事だ。 もしかしてすげぇヤバイ事になってんじゃねぇだろうな!?」


 命の恩人は、胴体より少し大きい程度の、見たことの無い漆黒の翼を生やしていて、息絶えそうな弱い吐息に、苦しげな表情。

ビオスを見て、獲物を見つけた猛獣の表情に変わる。

そして、ひどく楽しそうに笑う。


 今すぐ逃げろと、デシアが言う。

そいつにはどうあがいても敵わないと、ビオスに教えてくれる。


 「逃げ……ろ! 早く! 俺が意識を保っ……」


 カイルは、そこで言葉を止めて、明後日の方向に走り出す。


『あれには近付かないで』


 その意見に、賛成だった。

今のカイルに近付いたとして、何かできるとは思えない。

今度会えば、きっと殺される。

動くべきではない。

国が状況を改善してくれるのを待つしかない。

そう、思った。



 しかし、ビオスはその近付いてはならない化け物を追いかけて見る事にした。

何故なら、その化け物が仲間で、友達だからだ。


「はぁ、メンドクセ……」


 胸がひどく痛む。

もう既に治癒は始まっているが、酷い傷の治癒には時間がかかる。


 だが動けないと言うわけではない。

痛みを感じると言うことは、生きているということ。


「今度は、俺が助ける番だ」

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