78話
何度もチャンスはあった、しかし今回もダンテは救えなかった。
先程、殺してくれと泣きそうな顔で助けを求めてきた彼女に力のない彼には何も出来なかった。
目の前で拷問されて泣いている小さな子供にさえ何もしてやれなかった。
平和な、優しい世界を望んだミラが心を闇に支配されて闘争を強制される事も、指を咥えて見ている事しか出来なかった。
そして今では、大切な仲間が死にかけている。
今のカイルには、救えない。
いつだって彼には残酷なまでに力が足りない。
今だけじゃ無く、きっと未来でも。
このままでは本当に何も出来ずに、死んで終わるだけだ。
「死んだら、全てが終わる……」
多分、それぞれがバラバラの位置で襲われていて、どうあがいても普通では間に合わない様になっている。
彼女は賢い、きっとそうする。
今、有能な奴は誰もが簡単に助からないように追い詰められているだろう。
「アイツらは優秀だ。 つまり、俺と同様狙われてる」
だから、普通じゃない力が必要だ。
ヒトという存在を超越出来るだけの力が必要だ。
その上、もう彼は既に包囲されている。
そんな状況で、本来全員を助けることは不可能だ。
だが彼には、彼女に植え付けられた力がある。
それを、使えば、助けられるかもしれない。
彼女の目的はそういうことだ。
どういう行動を取るか見ている、とはやはりそういう事なのだ。
だが。
「それは……間違いだ」
使えば狂う、自分を維持出来なくなる。
カイルはそうなった恋人を見ている。
自分が壊れてまでして救う価値のある物などないのだ。
狂って、殺されればそれもまた、全てが終わってしまう道だ。
だから、使うべきではない。
『ようやく決心したのね』
「多分、違う、それでも」
恋人が狂っている事さえ気付けず、何一つとして護れなかったこんなクズでも、頼ってくれた仲間を、友達を、誰かを救える可能性があって。
「助けなきゃいけない、仲間がいる」
だから、心を壊してでも、例え闇に飲まれてでも、救ってみよう、彼はそう思った。
「どうせ、終わりだ。 なら、最後に友達ぐらい救わせてくれよ……」
泣きそうで、自嘲する笑みを浮かべて、彼女が用意してくれた宝石に、意識を向けながら、心の中の闇に同時に手を伸ばす。
純粋で黒くて、邪で白い、決して使うべきではない欲望の力に手を伸ばす。
何重にも、力を阻む為の枷がある。
それに触れて、叩いて壊す。
覚悟を決めてみれば簡単だった。
元より、望まぬ暴走を防ぐ為の枷であって、自らの意思で暴走を望めば、簡単に闇は迫ってくる。
触れる直前で、心の中の世界が漆黒よりも暗い、何とも表現できない暗黒の空になる。
触れた途端、また、全身が吹き飛ばされるような感覚に襲われる、多分今ので彼は、もうヒトを名乗れない体になってしまった。
全てが終わる、そう感じた。
不意に沸いた中に抑え込むには大きすぎる喜びを苦しみを歪ませた笑みで表現する。
カイル自身が欲望を抑える苦しみを表情するには、全てが支配されすぎていた。
自分で発動した魔法障壁の前に立つ彼の姿に外観の変化はなかった。
だが、彼自身は変化を感じていた。
はるか遠くでの戦闘の気配が分かるようになった、ビオスやユウカがどこで戦っているのか分かってしまうようになった。
今も、どこかで誰かが死んだのを認識出来てしまう。
ミヤは襲われているが、それも戦力からすぐに足止めだと解る。
今度発動したのは障壁ではなく、純粋な魔力の暴風。
本来、魔力ではあり得ないはずの圧力が彼の前に現れて、全ての攻撃が無に帰す。
攻撃と分かる形で役目を終えた物は一つとしてなく、全てが何もなかったかのように、魔法術式毎消え去った。
前と違い、その圧力で死んだ者はいない。
敵も弱くないからだ。
誰もが弱いデシアの力を身につけている。
だから、少し前のカイルは苦戦した。
しかし今は違う。
彼のデシアは制御する為に少量流し込まれていたわけではない。
最初から、彼の心は耐え切ってくれるという前提において、ヒトの限界に近い量だ。
それを知ったのは、リュウからでも、ミヤからでもない。
彼女が昔渡してくれた、世界が破滅するという、資料。
それを読み直して、彼は自分がそうであるはずだと気付いた。
彼の読みが正しければ、世界はもう滅ぶ準備が出来ている。
敵とカイルの簡単に実力差を示すのならば、赤子と大人。
制御された力では、ヒトの欲望から生まれる闘争本能によって暴走する力の出力を到底超えられない。
その場にいた9割9分が、きっと敵わないと理解しただろう。
「頼むから来るな、もう……」
消えそうな自我を保っている内に、カイルは自分の意思で少しでも広い範囲に向けて多少の犠牲を出しつつ威圧した。
一瞬で殺してしまえる数千の全部は相手にしない為に。
大半は無視して誰にも対応出来ない速度で敵が固まっている場所を一閃して駆け抜ける。
今のカイルにはもう敵の死を確認する必要がなかった。
何故なら、もう彼はヒトではないのだから。
圧倒的な格下が何をしようと、彼を傷付ける事さえ叶わない。
それなりに早い兵士がカイルに遅れつつも追従している。
彼は振り向きざまに一度、切り払う。
ただそれだけで、百も兵が死んだ。
圧倒的な魔力が光を歪ませた結果、世界がずれて、空間が斬れてしまったようにさえ見えた。
これだけの力があれば、もう何もかもが手に入る。
そんな気さえする。
本当は守りたいものを一つ守るだけで、精一杯なのに。
『そう、あなたは強い。 それを今から証明しましょう』
たった1人を狙ったはずが、その百倍の人を殺してしまった。
もう、彼の身体は普通ではないのだ。
その証拠に、以前のカイルであれば、苦戦していたはずの相手が今ではもう、誰も今の彼の速度にマトモに全くついて来る事が出来ていない。
同時に、殺した事が快楽に繋がっていると気付いた。
元々そういう風に彼の感性は少しずつ変化してきていた。
それが一気に加速した。
早い段階で元に戻らなければ、きっと終わる。
それを悟った理性がここで止まれと叫んでいる。
魂も、そう叫ぶ。
ここで止まらなければ全てが終わると、彼を構成する全てがそう訴えてくる。
それでも、今はまだ止まれない。
何故なら、言い訳があるから。
そして、もう、止まれなかった。
何故なら、今はまだ言い訳があるから。
現時点で話の都合上1シーン抜けているのでもしかしたら完成したら直すかもしれません




