表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/101

75話

これからどうするかの思考に疲れきって、夜遅くに眠りに就こうとしていた最中、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。

起きるべきか、寝たふりを貫くかカイルは少し迷ったが、少しその音が懐かしく、一度目覚めてみる事にした。


 懐かしい音を出していたのは、元々ここに住んでいた、家の本来の持ち主のダンテだった。

彼が気付くと、一度だけ笑って、まるで数年前の追いかけっこの様に、走り出した。

今の彼には、追い掛ける以外の選択肢が存在しなかった。

殺すか、殺さないかは後でいい。

何をしに来たのか、目的を知る必要がある。

だから、追いつく為に夢中で、彼は走った。

ただひたすら走り続ける、それは溜まったストレスの発散にも繋がる。



 この時、2人は少しの間だけ恋人という関係に戻る事が出来ていたのかもしれない。

逃げる女に、追う男。

逃げているはずの女は楽しげで、懸命に追う男には全く余裕がない。

恋の構図としては、分かりやすい部類だ。


「止まれ!」


 人里から大きく離れ、誰もいない街に続く道。

ここには近寄る事が出来ない様に幻術が張り巡らされている事に気付いた彼は大声で叫んだ。

例え、この声に気付き近付こうとも、幻術で何もないと無理やり勘違いさせられる。

だから彼は彼女を引き止めるべく全力で叫び、速度も更に引き上げた。

人里から離れているにも関わらず綺麗に整地された地面は、ヒトの力を大きく超えるカイルとダンテの脚力を悠々と耐え切ってみせる。


 カイルにとっても想像以上に開いていた距離がどんどん閉ざされて行き、最後には追い付いた。


 彼が声を掛けてから、ダンテは一切動いていなかった。

ずっとただ微笑んで待っていた。

つまり、逃げるのを止めた。

罠だ。

今すぐ逃げるべきだと理性では分かっていた。

しかし、無意識の内に感じ取ってしまう懐かしさに、引きとめられてしまう。


「何の用だ」


「会いたかったの」


 甘えた声。

久々に聞いたそれを、嫌だとは感じなかった。

むしろ、より守ってやらなければ、とさえ思った。

だが彼女は最悪の事態を引き起こす。


「そうか、なら用は終わったな」


 戦っても、今はまだ敵わない。

だから、戦わない。


「あ、待って!」


 引き止めが悲鳴にさえ聞こえたが、無視する。

彼女は危険だ。

本当は追いかけたところから、間違いだった。


 デシアを制御する為のブキを、今彼は持っている。

以前とは違い、彼が昔要求したカラー、青の剣。

持ち手は黒いが、刃と柄の境に紅の宝石が埋め込まれている。

それは、厳密には紅色ではなく、血を凝縮したものを閉じ込めているだけだった。

これに触れると、また力が湧き立つ。

今なら、ダンテを殺せるかもしれないとさえ思っていた。


 しかし、相対して現実に気付いた。

実力の差はまるで埋まっていない。

彼女は更に遥か遠くにいて、高みに上り詰めた存在だった。

勝てない。

絶望だ。

ナナはもうどうあがいても守れないと、カイルにはもう色んな意味での諦めの心が生まれた。



「ねぇ、待ってよぉ……カイル」


 消え入りそうな声に振り返ると、彼女は少しだけ安心した表情をしていた。

理屈では、無視すべき物だったと分かる。

しかし気付けばもう振り向いていた。

心の弱い、優しいカイルは、その衝動を自分の中で拒否しきれなかった。

くだらない、と自身でも思っている。

それでも、本能的衝動に抗えない。




 何故か訪れた長めの沈黙を破ったのは、やはり彼女の方だった。

覚悟を決めた凛とした声が辺りに響く。


「明日、この時間にここに来てくれない? 多分その時間なら会えるから」


 泣きそうに見える彼女は気丈な声でそう伝えた。

明らかな罠だ。

どう考えても行くべきではない。

だから、彼にはただ突き放す事しか出来なかった。


「は、何故?」


「お願い」


 彼女がホンモノである保証はない。

正気に戻っている事を装っている可能性が高過ぎる。

都合良く事態を進めるために、カイルさえも道具に使おうとしているのかもしれない。

しかしそれは特におかしなことではない。

恋人だから、裏切っても許される。

恋人だから、敵でも殺さない。

そんな理屈は通らない。

彼女にとって、許すメリットもなく、殺さないメリットもない。



「お前が本物のダンテである証拠は?」


「ない、けど信じてほしい」


 潤んだ目には、嘘の色がない。

彼女は後ろめたさを抱いた上目遣いで一歩近づこうとして、途中で止まり、振り返った。

首をひねり、視線を合わせて別れを告げる。


「時間がないから、ごめんね」


 そのまま、振り返る事なく逃げ出した彼女に、かけてやれる言葉なんて、カイルは持ち合わせていなかった。


 泣きそうでありながら、何処か気丈に振る舞ってみせたのは、果たして演技だろうか?

それとも、本心だろうか。

本心なら、まだ救う為のチャンスは残っている。

彼女がまだ完全には狂っていないのだとすれば。



 しかし、彼女が彼の元を離れてから、彼女と会う事に良い思い出がない。

だからきっと今度もそうだ。

必ず、会いに行けば悪いことが起きる。


 やはり信じるべきじゃない。

結論はそうなった。



 それなのに。



 未だに強くなれない、ひどく弱いカイルは、会いに行くことを決心した。

これ以降の数話のみ一時的に投稿が早くなる予定です

毎日か短時間に投稿していくかは明日決めます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ