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74話

「異常なし、かな」


 ミヤが側にある小型のモニターを見て、椅子に座ったまま採血を受けているカイルに検査結果を伝える。

それを聞いて、私服姿の彼は頷く。


「皮肉な事に、以前よりずっと安定してる。 暴走しやすくなっている、とは聞いたが平常時においてはもう全く声が聞こえないな」



「だからって、安心出来る状態じゃないよ。 制御は完璧じゃない。 この技術は完全に未完成な物で、この施設だけじゃ完璧には検査しきれていない可能性がある」


 本当は、もうここで検査を受ける必要などなかった。


 一応、これとは別に、少しでも前に進む為に許可を得てデシアの研究を進めているのだが、成果はまるで出ない。

リスクを取らずに進めているせいで、気が遠くなる程に目的は遠い。


「リュウからも、問題ないと判断された。 ならきっとそれ以上の問題は出ないはずだ」


「そうだね。 今回大事なのは兄さんが何か仕込んでいないかの確認だったから」


 そう言うミヤは、どうやら何かを知っている風な顔をしていて、当然カイルはそれに質問する。


「どう言う事だ? 何かあったのか?」


 リュウから検査を受けたのは最近の出来事ではない。

そしてそれをミヤは知っている。


「いや……大した事じゃない…………はずなんだけど」


 そう前置きしてから、歯切れ悪く言葉が続く。


「グリセリーから襲撃は何度もあった。 だがどれも大した規模じゃない。 あの程度なら、何処にでも、いつでも起きている小競り合いだ」


「想定以上にデシアの研究が進んでる。 もう実戦配備を本格的に考えてる程に、ね。 まだ早いと言われているけど、保険に保険をかけてるだけで、実際は君の持つデシアの1/100までなら安全に制御出来ると分かってる」


「1/100か。 それじゃまだまだアイツには……」


「……まあ、もしも君を捨て駒にする事を考慮されていたらどうしようってだけだから気にしなくても良いよ」


 本心から安心している事は、カイルには見れば分かる。

本当に良い仲間を、友達を、持ったと彼は思う。

ミヤが、仲間達がいなければもうとっくに死んでいた。

今までの事に関しては、どれだけ感謝してもし足りない。


 だからこそ、本当に大事な、味方がいない破滅の未来に引き込んでは行けないのではないかと、彼は思った。

ダンテを救うという道は、間違いなく自殺と同じ程に苦しくて、悲しい程に本の一筋の光さえ見えない厳しいモノだ。


 本当に大切な人であれば、もう関係を絶ってしまうべきなのではないだろうか?

万が一にでも、同情して、最後までついてくるなどとなってしまった時、ただただ虚しい。

カイルは友人として、彼らにだけはそうなって欲しくはなかった。



「そういえば、明日は天気が悪いらしいねぇ」


 振られた世間話、カイルはそれに付き合う。

落ち込みそうになった気が楽になるから。

それが最悪な選択だと知りつつ、話してみる。


「ずっと同じ天候なら、もうすこし楽に生きられるんだが……まあ仕方がない」


「あえてその天候に逆らって、出掛けてみない?」


 その意表を突いた発言がおかしくて何故か、彼は笑ってしまう。

抑えきれない笑いをそのままに、言った。


「何をするつもりだよ」


「さぁ?」


 また、すこし笑う。

多分、ミヤはカイルが少しマイナス思考になっている事に気付いたのだ。

だから、カイルが笑いやすいように、そんな発言をしながらニヤニヤしている。

本当に、出来すぎた友人で、だからこそ決意が固まってしまう。

決断する事が出来た。


 カイルの予想では、近い内にダンテを殺すための作戦が組まれると予想している。

デシアの一般兵に対する配布が進めば、彼女を殺す事はもう夢物語ではなくなるからだ。

勿論、数千程度の犠牲では済まない可能性もあるが、彼女が生きていれば必ずそれ以上の犠牲が出る。

だから、もうこれ以上は止まっていられない。

それまでに、動く必要がある。

実戦配備には、時間がかかる。

まだ研究は確実とは言えない。

確実な物になったとしても、1人に力を注入し、安定させるまでに数日かかるのが現状で、数ヶ月は時間がある。


「さて、どうせ明日は外でたくない事になってるだろうし、ぶらぶらしない?」


「悪くない」


「そこは行こう、とか良いね、とか別に言う事があるでしょ」


 こうして、くだらない日常を、楽しむ。

無駄に見えて、これは無駄ではない。

効果は心に出ている。

それで、十分だった。




「お菓子買ってきて下さい」


「場所は教えてやっただろうが、自分で買ってこい」


 家ではよくあるやりとりに、ナナは頬を膨らませて不満を表明するが、カイルは呆れた顔で眺めるだけだった。


「こんなのイジメですよ、イジメ」


 イジメなど、黙認されるのが当たり前なのがこの国だが、彼はそんなどうでも良い事をわざわざ言ったりしなかった。


「はいはい、俺の部屋にある金なら好きにとって自分で行け」


 リビングで寛ぐカイルは、口以外の部位を全く動かさない。

それを見て諦めたのか背後にいたナナは正面に回り込んで下瞼を人差し指で引き下げ、舌を出す。


「べぇえええ!」


「そのムカつく顔はどこで覚えたんだよ……」


 結局、ナナは我慢出来ずに自分で買いに行く選択を取った。




 少しして、リュウから渡されていた通信機が起動し、所有者であるカイルにソファを通じた魔力振動によって通信が来た事を伝える。

本来、身体の部位に振動機を取り付ける事も可能でそちらがメジャーなのだが、彼は直接的な振動を嫌ってあえて間接的に伝わるようによく座っているソファを選んだ。


「今かよめんどくせぇ……」


 気怠げに起き上がり、自室に向かう。

自動で起動しただけでなく、映像化されたリュウがそこに存在していた。

嫌な予感がする、と言っても、彼がカイルに連絡をかけてくる場合はあまり良い知らせではない事が多い。

またダンテが何処かに攻撃を仕掛けたのかと思い、こちらからも自身の映像と音声を送り返す。


「人が気持ちよく休んでいる所に、一体なんだ?」


「あと一月、でダンテを殺す、もしくは無力化しろ。 出来なければまずはナナを殺す」



 唐突だった。

カイルの想定とは展開が大きく違う上に指示を出す時期が早すぎるせいで、回答を用意していなかった。


 彼女を殺せなければ誰かが殺される。

そんな事ができる力もないのに、その命令が下った。


「いきなり、なんだよ」


「お前はこうする事で本当の力を発揮すると考えた。 雰囲気は大事だろう? だが、何があっても処刑の撤回は無しだ。 失敗すれば俺は確実にナナから殺す。 次はお前と友人ごっこをしてる奴らを順番に殺して行く」


 誰かを信じ、助け合う、つまりは友情。

友情を結んだ仲間達はカイルの事を優しいと、以前言った。

優しいとは、こういう事だ。

友情を結んだ誰かを切り捨てられない、優しさとは明確な弱点で、もう見抜かれている。

ダンテは強い。

リュウは間違えない。

しかしカイルの強みとは何か?

覚悟は無いが優しい?

それは強さではなく、ただの弱さだ。

何一つ利点が存在しない。

1人で生きられない事を誤魔化すだけのひどくくだらない戯言では、本当に強さを持つ者に追い付けない。



 生きる為の才能がなかった、と諦めるのも一つの道ではある。

カイルにはこの世界で生きる才能が致命的な程に足りないのだ。

弱いから一人で生きられない。

強くなれないから誰かを頼る。

それで生きて行くと決めた。

みんなを守りながら、そして守られながら前に進むと、そう決めた、はずなのに。




「何があっても期限は延長しない、そして今のままでは力が足りない事も分かっている。 必要な物を送っておいた。 必要ならいつでも限度なく兵を送る。 ……これが結論だ」


 通信が終わる。

彼の前に彼が思う正しい道はもう、多分存在しない。

問題の解決を先延ばしにし続けた結果がこれなのだ。


『これで、やっとあなたは前に進むことが出来る』


 違う、これでカイルは前には進めない。

どちらも守りたくて、捨てられない彼には厳しすぎる現実で、しかし、分かっていたはずの当然の現実でもあった。


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