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72話

街中、ただ一人で買い出しに出かけていたカイルの周囲は静まり返っていて、遠くからはヒソヒソとした騒ぎ声の様な呟きが聞こえてくる。

もう、彼もただの一般人ではいられない状況になった。

先日、彼は国家的な重要役職に付いたと一般市民に顔データ付きで公開されている。

彼自身はその役職について何も知らない上に、なにかをしたわけでも無い。

それなのに、何処に行こうと、こうだ。


「カイル様だ、こんな所に来て頂けるとは……」


「おい、カイル様に失礼な目を向けるな」


 呆然と見ていた子供が、恐らくは他人であろう大柄な男に殴られて、傷を負う。

子供が親らしき人を見る。

親は気にしないどころか、まるで憎しみのような感情さえ向けている。

そして、その男の子の小さな頭は親が自分の守護者ではないと気付く。

親は、子供が信頼できる存在ではないと知った。


 恐らく、彼はひどく優秀で、褒められて育ったのだろう。

そうでなければ、あのような顔は出来ない。

とは言え、もうこれ以降、褒められる事はそうないかもしれない。

カイルが何の行動も取らなければ、そうなるだろう。


 しかし、そのような行動を取ることに意味はあるのだろうか?

彼が1つの悲しい親子関係を一時的に取り持って、今後の関係が救われるかと言えば答えは否だ。

所詮、子供は親の道具だ。

それに気付いた子供は支配から抜け出そうとする。

それさえも支配出来れば、親の勝ち。

出来なければ、子の勝ち。


 これは何処にでもあるはずの競争だ。

優劣を競い合うだけの単純な世界で、その対象が自身の家族にも及んでいるだけでしかない。

だから、これをどうにかする意味はなかった。


 それなのに、それを知っているはずのカイルは。


「大丈夫か?」


 と声をかけた。

周囲の者が怯える。

視線を背けて、しかし逃げはしない。

それが絶対的な無駄な行動だと理解するように教育されているから。


 カイルは子供の身体を見る。

服からして、一般市民だ。

しかし、それなりに魔法の才能が溢れている。

毎日身体も鍛えているとすぐに分かる。

強制的に努力させられているのか、と思えばその瞳の意思の強さが、そう考える事が失礼だと彼に考えを改めさせた。


 子供は答えない。

カイルには理由が分からないが、何かに驚いているようだった。


 長時間ここにいても周囲の人々を萎縮させるだけだと思った彼は、ふと気が向くままに歩き出す事にした。


「じゃあな」


 カイルは、世界が滅ばなければ、成長したあの子供に会えるかもしれない、なんて、思った。

その為には、やるべき事が幾らでもある。

そう決意した彼に、彼の身体にはない柔らかさがぶつかって来た。

厳密には、彼も前を見ていなかったのでぶつかった側だ。






 あの人を手に入れたいのなら、どうしよう?

私の料理、と言っても……


「カイルも料理は上手いどころか、私よりも上手だったし……」


 以前家を訪ねた際、炊事洗濯掃除、と言った家事も隙がないように思えた。

特に掃除に関しては、普段から掃除していると一目で分かった。


「そう、隙がない」


 独り言を呟きながら、歩く。

危ない、のだが彼女はそれを気にしていないという事と、周りが避けてくれているお陰で衝突事故は起こらなかった。

隙だらけの彼女を襲ったりする無頼漢などは、この街では早々現れない。

と言ったこともあり、彼女はもう既に相当な距離を考え事をしながら意味もなく敏感に魔力を感知する本能に導かれながら歩き続けていた。


 ライフゲームの中では一度だけ結婚した。

でも、現実では全く進展がない。

あっちから仕掛けてくる事は当然ないし、ふつうに仕掛けても上手く行かない。

いっそ色仕掛けでもしてみようか?

意外と耐性がないかもしれないし、もしかするとそのまま……


 時期が早すぎる妄想に少し、顔が熱くなる。

しかし、私はそれを嫌だとは思わなかった。

何処か表情は綻んでいて、むしろその自分の状況が嬉しかった。

自分でもどれだけ彼に対する想いで支配されているのか、呆れてしまいそうになる。


「はぁ……」


 鮮やかな色気を放つ吐息が、霧散して、その場は次の言葉を迎え入れる準備をした。


「……無理やりっていうのも1つの手だったりするのかな?」


 その性悪な思考を首を振って、頭から追い出す。

それでは意味がない。

身体だけではなく、心が欲しい。

まだ、心は私にないけれど、必ず掴み取ると決めた。


未だに前を全く見ようとしない彼女、ユウカに少しだけ、鬱陶しい欲望が沸き立つ。


「力があれば、あの男を助けられる。 隣に立って力になれる」


 彼は言っていた。

この欲望を気にするなと。

気にして取り込まれれば、全てを失う可能性があると、言っていた。

失いたくないものばかりの彼女は、ずっとそれを信じている。

だから、この声に取り乱したり、感情が掻き乱されそうになるのを簡単に抑え込む事が出来た。


「そうだ、意識させる為に抱きついてみるっていうのは……良いかも?」


 ブツブツと呟く姿は最早ただの不審者でしかなく、地域によっては通報されていただろう。

幸い彼女が今歩く通りは人が少ない。

よって、通報される確率も低い。

現時点でなんだこいつ、という視線を向ける者は数名いるが、それでも通報まで誰も手を出そうとしない。


「でも早い? でもでもわざと起こしたハプニングからチャンスを作っ」


 そして、信頼する魔力に無意識のうちに導かれていたユウカは、目的の魔力と衝突事故を起こした。

それは彼女が望んだ相手と、ちょうど今望んだばかりのハプニングという物だった。

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