71話
今回の襲撃は大した損害無く終わった。
ただただ慌てさせるためだけの襲撃だった。
今回もカイルは彼女と会話した。
その際に、こんなことを言っていた。
「あはは、遅い、遅いよ。 それじゃ誰も助けられない。 リスクを取らない理性的な力じゃ永久に私には追いつけないよ」
理性的な力。
以前より普段の制御は安定しているが、少し感情の波が高くなると途端に暴走しやすくなる力を、彼女は理性的だと言う。
戦闘の際であっても、完全な平常心が必要なこの力は、彼にとっては理性的というよりは、野生的に感じられた。
なら、そう思えてしまう彼女は一体どう言う状況なのか。
常に暴走しているとでも言うのだろうか?
答えは出ない。
答えを導く為に必要な情報がないから。
カイルにはそれを得る情報網も、力もない。
何も持たない彼に、彼女は何を望んでいるのだろう?
何も出来ない彼に、どうしてほしいのか。
それさえも、彼にはまるで分からない。
その答えを望んで、誰かが与えてくれる程に世界は優しくない。
結局のところ、理性を放棄した力では、何の意味が無い。
何かを勝ち取る事は出来たとしても、そこで終わりだ。
その先に何かを得る事が出来ない。
自分の命を捨ててまでして、得るべき物はこの世に存在しない。
彼女は賢い。
だからそれを知っているはずなのに、何故破滅を望むのだろう?
そこに、望んでいた答えがあるような気がして、彼は縋るような気持ちで思考を続ける。
そういえば彼女は以前、次の世界、という言葉を使っていた。
世界が次のステップに移ると言うのなら、その先にヒトはいるのか。
彼女はカイルと同じでいられる事を望んでいた。
それが今も続く本心である、と仮定するならば。
どう言う理屈かは分からないものの次の世界へは彼も行けるはずだ。
しかし、それにはデシアという力が関係している可能性がある。
今まで彼女は彼にこの力を受け入れさせたがっているような言動を何度もしていた。
もしも、ヒトでないことが条件だとすれば。
もしも、ヒトの心を失う必要があるとすれば。
今の彼は条件を満たしていない事になる、少なくとも彼自身はそう考えていた。
その条件は、この世界に生きる者の大半が満たすことが出来ていない。
そもそもどれだけ研究が進んでも多くは満たすことは出来ないだろう。
無闇に騒乱を呼ぶような力の一般普及の道を選ぶ必要性は通常有り得ない。
もしも、ここで世界の破滅に大きく近付いてしまうようであれば、人類は大きな決断を迫られる事になるかもしれない。
カイルの予感は悲しくも見事に的中していた。
ヒトという種が犯し続けてきた哀しい程に正しい数多の罪に対する罰が降る日がそう遠くない。
世界の勢力図は、これから完全に二分する。
何故なら、その道を選ばせた者がいるから。
そうなるように仕組んだ者は、その決定的な瞬間を部屋の本来存在しない暗い闇から見ていた。
そこには、誰も意識を向けられない。
数十名の視界には入っているのに、そこが異常な暗さを持っていると分からない。
趣味の悪い黄金のテーブルを囲う20名ほどの内の一人が言った。
「では、宗主と認められたからには私、スールが単刀直入に進言しましょう。 諸悪の根源、ブレイスを滅ぼし、世界平和を」
テーブル周囲の黄金の座席の更に外側の銀色の椅子に座る100名を超える者の内の一人が手を挙げる。
宗主スールが意見を話す様に手で促す。
本来、あまり礼儀正しいとはされないが、この場にいる者は誰一人としてそんな事を考える事が出来なかった。
ここにいる者には、それほどの精神的余裕が無かったからだ。
「この力を持ってしても、通常のやり方ではあの大国を超える事は難しいのではないか?」
そのネタティブな意見に同調する者は多い。
彼らは多くの国を完全に精神的にも支配している。
その完全支配から逃れている、もしくは最近ある1人の美少女の影響で逃れた国も少なくないが、それでも一国が支配する勢力圏にしては余りにも強大だった。
何故それほどの国家に成り得たのか、それは平常時であっても犠牲を一切躊躇わない研究速度のせいだと、このような場に集まる者でさえ、そう考えている。
しかし、それも仕方のない事だと言える。
前提となる知識が足りないのだから。
「えぇ、やはり今まで通りでは。 だから、私達も、鬼になるべきです」
見た目からは30台だと想定されそうな、47の女性、その目が黒い。
様々な闇が心の深い所で渦を巻いて、心を支配している。
その力はスール元帝王、宗主を通じて各国家に供給された力だ。
「それはつまり、人体実験を?」
貴方の国もずっとコソコソやっているだろう、とは誰も言わなかった。
今更、そんな下らない言い合いに意味も、興味も誰も持っていない。
それに、コソコソと隠れて研究する程度では、もう追いつけないと誰もが正しい結論を出していた。
公な人体実験を開始し、情報を共有し合ってようやく対抗出来る存在だと、この場にいる者は全員理解していた。
しかし、それでも積極的に答えようとする者はいない。
静寂を破るのは当然とも言うべきか、言い出しっぺでもある宗主の役目になった。
「当然です。 勝つためにはもう手段は選んでいられない。 あの国はやがて全てを支配し、ヒトを奴隷化する。 そうなれば……誰もが生きる屍になる」
「仕方がない、か」
「確かに、そうでしょう。 ここで、覚悟を決めましょう」
同意を得たスールは意を決した様に頷いて、声を高らかに宣言した。
それは言い訳であり、結局の目的は力だった。
力を一度手に入れてしまった者は、必ずその魅力に取り憑かれる。
そして自分が異常であると気付けない。
だからこそ、ヒトは争いをやめられないのだ。
誰かに持論を無理矢理押し付けたり、無意味な暴力を突き付ける事は快楽を呼ぶ、それはどう足掻こうと否定が出来ないヒトの現実だ。
「例え、自らが悪になろうとも、私は巨悪を滅ぼします。 世界の為に、国民さえも犠牲にする覚悟があるのなら、椅子に備わっているそのドリンクを。 犠牲を出したくない、それも結構でしょう。 そのままお立ち去りください」
2、3名は、直後に音もなく立ち上がりこの場をそっと去ったが、もう他に去ろうとする者はいない。
彼らは、このまま自国に帰ることが叶わないとスールは知っている。
彼は、拘束の為にこのタイミングで去った者を捕らえられる様に事前に兵を手配していた。
苦痛を与えるだけの拷問などは行わない。
ただただ心を支配する為の痛みと共に、洗脳教育を行うだけだ。
「我々の未来に、栄光を」
何処か宗教めいた雰囲気が漂う言葉を最期に、集会が順調に終わりを迎えた。
誰もがそう思っていた。
しかし、その場にヒト以外の種族が存在している事に、闇に身を隠す金色の髪が映える少女を除いて誰一人として気付く事が出来ていなかった。




