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7話

 戦争予定とされている日の2日前、その、朝。

カイルはまたいつものように遊ばれて、いなかった。

朝少し遅れて登校したせいでそんな時間がなかったのだ。

一限目から外で魔法実技の鍛錬なのだから結局これから同じ目に合う事には変わりない。

授業では魔法理論を除く一般教養は一切教えられないし評価されないがここで成績を残しておけば卒業後の進路が豊富になる。

その中で、飛び抜けてレベルが低い彼は名前だけで何とか成績を維持している。

妬みな嫉妬の視線を受けることもしばしばだ。


「カイル」


 側にいたビオスが声をかけてくる。

それに、ユウカを含む数人の生徒がこちらを見る。

彼女は相変わらず同情の視線を向けてくるが何か言ってくることはない。



 返事をしようとしたカイルは異変に気付く。

何か、違和感を感じた方角、空を見る。

そこには黒、青いはずの空が黒く染まっていた。

それだけじゃなく、その無数の黒から何かが伸びてきている。


「おい、どうした」


 彼は目を見開き、すぐに予定が早まったのだろうと理解した。

ブレイスに戦争を仕掛ける馬鹿はそう幾つもいない。

周りより早く反応してしまっていた、というより彼の周囲は彼以外誰も気付いていない。

だが、気付くべき物である事だけは事実だ。

放たれている光線を避けなければ死んでしまう。

それはカイルの位置からでは遠すぎて見えないが間違いなく強力な魔法士が数人で放った大規模な魔法陣から放たれた物だった。



 少し遅れて、悲鳴が上がる。

それに紛れるように各地で爆発音が響き渡る。


 カイルは右に避けようとして、ビオスやユウカの視線がまだこちらを向いている事に気付く。

2人はまだ気付いていないのだ。

戦争がここで行われるなどと夢にも思っていない事が表情からも伺える。

ブレイスの中でも最も戦力が多く配置されている第一地区のエリートのみが入学出来るこの高校が絶対的な安全圏だと信じてしまっているのだ。

多分、皆がそうだっただろう。

彼が視線を向けなければ全員気付く前に死んでいたかもしれない。



 つまり、彼が助けなければまだこちらを不思議そうに、少し驚いて見つめる2人は死ぬ。

表情が歪む。

心がザワザワ揺れて、苛立つ。


「なにか」


 ユウカが周りを見ようと首を回しながら、言い切る、より前に無理やり手を突き出す。

殴るように2人を突き飛ばす。


「は、なん」


 2人が倒れる。

目の前を通過し、黒い魔力弾が着弾する。

爆発、悲鳴、それだけじゃない。

カイルは今、致命傷を受けたような音を聞いた。

その方角を見る。

彼に告白してきた少女だ。

腕が千切れている上、腹にぽっかり穴が空いている。

痛みは感じているはずだが呆然とした表情で、ただ上を眺めている。

他の全員が避けるだけの余裕があったのは目的がここだけを対象とした爆撃ではなく広範囲に対する爆撃だったからだろうと空の黒点の数から彼は理解する。

街の方にもある程度それは向かっていた以上、相当の数が死んだ。

戦争が起こっている事を隠す事はもう不可能だ。

他の組織からも余り好かれていないブレイスという存在は、これから狙われるようになる。


 次に白い光が、降り注いでくる。

無傷の生徒がそれぞれで魔法障壁を貼って対応する。

所々破られるが、大きな声が聞こえた。


「全員魔法を一旦解除して!」


 ミヤだ。

皆がすぐに従い、壁が消える。

それは恐怖心による反射的動作に見えた。



 解除とほぼ同時に一枚の薄い障壁が生まれる。

それが繰り返され、10枚を超える。


 その間、カイルは死にかけの少女に近づいていた。

「まだ……俺なら何とかなるはずだ」


「え、え」


 近寄る彼に拒否反応を示し、離れる。

周囲を見て、彼女を除いて皆が上のバリアが光の放つ轟音と爆発に耐えるのを祈っている事を確認する。

恐怖から泣き叫ぶ声もあるが誰1人として反応はしていなかった。

それだけに余裕を持つ者がいなかった。


「クソ、早すぎだろ!」


 小声で苛立ちを滲ませながら叫んだせいで、彼女の動きが止まる。

千切れた腕を掴んで、無理やり引っ付けて、治癒魔法を発動するが。

久々の治癒は上手くいかない。


「クソ、くっ付けよ!」


「何、何なのよ……」


 完全な治癒を諦め、応急処置を優先する。

そうしている間にも爆発は続き、もう二枚魔法障壁は破られている。


「私が!」


 ユウカが気付いてしまった。

殺すしかない、とカイルは思った。


「そうだ、元々……」


 どちらも死ぬ予定だった。

ここでカイルは裏切るつもりだったのだから。

カイルが逡巡している間に応急処置が終わる。


「これで、暫くは大丈夫……かな」


 視線を向けると彼女は意識を失っていた。

それも無理はない。

もう既に致死量近い怪我を負っているのだ、魔法の力で傷口を塞いで辛うじて生きているだけだ。

腕に関しては今後使えなくなる可能性が高かった。


 そこで、声が聞こえる。


「そこにもう敵が!」


 気付けば、光線は止んでいた代わりに校内に侵入を許してしまっていたらしい。


「警備が突破されたのか!?」


「勝てる訳が」


 狼狽える生徒達の心に、勇気を与える声。


「ブレイスに逆らってタダで済むと思ってんのか!?」


 ノアが叫んだ。

入り口には多くの武装した兵が立っている。

全員が魔法武器を装備している。

槍の先端から丸い水のような弾が放たれる、誰にもギリギリ当たらない角度に向けて。


「はは! 敵はマトモに」


 ノアがそう言った直後、弾が割れ、白い煙が発生する。

誰にも全く周囲が見えない。

風を起こす魔法が何度も使われているがいくら吹き飛ばしても周囲全てが煙だらけでは意味がない。


 それでも、善戦している事はカイルは感覚的に理解した。

敵の数は余り多くない。

対してこちらは10人は戦える。

撃退するだけなら十分可能だった。

撹乱が目的であれば十分すぎるほど達成されただろうが、もう対処するには遅い。



 完全に敵の理想通りに事が運んでいる。

平和ボケして無防備に、ほとんどが武器を持たずに鍛錬していたエリート達に、緻密に計画を練って完全武装して襲いかかってきている。


「俺の周りだけ、煙が薄い……?」


 カイルは周囲の人が見えるほどではないが煙が自分から半球を作る様にせき止められている事に気付く。


「さぁ、邪魔者は排除しましたよ」


 カイルは振り向き、後ろにいたはずの2人が消えている事に気付いた。


「殺したのか?」


 顔を見る、雰囲気は優しげだが、きっと彼は人をあっさりと殺すだろう。


「いいえ、側にいた女の子が連れて行きました。 そういう風に魔法を撃ったしね」


「俺に、何をしろと」


「ダンテさんと共に戦争をするんでしょう?」


 カイルもそのつもりだった。

答えを聞かずにそのまま彼は続ける。


「彼女はあなたと会う事を楽しみにしていました、今回の戦争に参加する為に自身の家族を1人殺してますから」


 それを無視して、言った。


「ダンテはどこに?」


「彼女は正門であなたを待っています」


「分かった」


 そう言って、婚約者がいるはずの正門へと走りだす。

背後からの追跡者には気付かずに。

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