68話
意識が覚醒し、カイルはまず重い瞼を開いてみると、視界に映るもの全てがボヤけて見えた。
自白剤か何かの薬物を投与されている、とすぐに気付くが、その思考も妙に遅い。
両手足がマトモに動かない不自然な体勢で完全に拘束されていて、眠気に身を任せてもう一度目を瞑り眠ろうにも、全くリラックス出来ず難しく諦める。
仕方なく起きてみると、そこには支配者の姿があった。
「カイル、お前を捕らえたのが俺で良かった。 多分、お互いにな」
どうやら、暴走したカイルを捕らえたのはリュウの軍らしい。
と言っても、リュウの名を持つ者は1人ではないので、この場合は彼が普段から関わりのある、が付く事になる。
「ここは?」
質問に対する答えはなく、代わりに回答のひどく難しい問いが投げかけられた。
「まず、一つ聞いておこう。 暴走した先に何があった?」
何があったかと聞かれても、何もなかった。
彼はその結果に何も得ることが出来ていない。
むしろ状況が悪化して、良いことは何もなかったと考えるべきだ。
そこで、彼は暴走する直前に、ある光景を見た事を思い出した。
「世界はいつか、破滅する。 その前兆を見た」
自白剤が効いているのではない。
これは彼自身の意思で、伝える事を決めた。
自白剤が効いていない事がバレていると理解した上で、彼はそれを伝えた。
「ふむ、それをどう捉えたモノか。 まあ良い。 そんなことよりも……今回の事で分かった。 アイツは俺の思考を完全に理解している。 お前が暴走するだろうと聞いて、俺は迷った。 でも結局俺がお前を殺せないと、よく分かってる。 だがそれを止めて、計算から外れようとは思わない、それが正しいからな」
「その結果負けたら意味が」
「当然負けるつもりはない。 最後は勝つ」
「どうやって?」
カイルにはその手段が分からない。
もう彼女には触れるべきではないとさえ思えてしまう。
「世界が破滅する、と言ったな?」
確かにそう言った。
もしあの光景が事実なら、ヒトはそれに抵抗する術なく虐殺を受け入れる事になる。
それだけの力があるようにカイルには見えた。
リュウは冷たい目で、宙に何かを思い浮かべているようだった。
続きを求めようとする前に、彼は言う。
「確かにそうだろう。 アイツがいる限り、世界に平穏は訪れない」
平穏。
この国に本当の平穏が存在していたかと言えば微妙な所だが、言いたい事はカイルにも分かる。
だから続く言葉を、彼は待つ。
「なぁ、カイル。 多分もう、取り返しの付かないところまで来てる」
「……確かに」
彼女を救うには、もう遅すぎたのかもしれない。
それでも、まだ諦めるとは言えなかった。
可能性が少しでもあるのなら、それにいつまでも縋ってみると、生きる意味が消えない限り、それをずっと追い続けると彼はもう決めた。
「だから、決断してくれ。 今ここで」
「何を?」
カイルにとって、望む答えを返す以外に先の道がない。
だから、この問答に意味はない。
リュウは風の刃を掌に発生させて、それを振るい、カイルに放つ。
それが彼の拘束具を破壊して。
「ダンテを殺す。 その為に手を貸してくれ」
ある種の救いの手が差し伸べられる。
それは彼の考える未来とは真逆の未来を示した。
真っ先に浮かんだ答えは否、しかしそれは許されない。
このままではいつか、人類は追い詰められてしまう。
「お前がアイツをコントロール出来るなら、それでも良い。 だけどもう時間がないんだ」
部屋内に何処かから声が響く。
「第一地区に悪魔が現れました。 一人です。 座標を送信します。 指示をお願いします」
しかしリュウはそれを無視して。
「お前の助けになりたいと言って、ミヤは制御が確実じゃないデシアの力に対する幾らかの許可を求めてきた。 でも、このままだとその意味も全て消えて無くなる」
彼女を救う道。
誰が敵で、誰を倒すべきなのか。
カイルにはその為の道がまるで見当たらない。
しかし、目先の道だけなら、確実な事が1つある。
差し伸べられた手を振り払い、彼は俯きそうになるのを必死に堪えて弱く笑って言った。
「もう既に、1つしか道がないじゃないか」
同じような笑みを浮かべて、リュウが言った。
「そうだ。 よし、まず今は最初にやらなきゃいけない事がある。 さっきの通信は聞いたな?」
彼女を救うには、従ったフリをする。
今は少なくとも、それ以外の道がもう存在しなかった。




