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67話

「何やってんだ、俺は」


 気分は最悪だった。

恩のある大切な人が泣いている。

未だ恩を返せないままの彼は傷付けるような事を言ってしまった。

力さえあれば、そんなことにはなっていなかった。

何もかも支配出来るだけの力さえあれば、彼女は自ら狂う必要もなかった。

全ての責任が、誰にあるのかは明白で。


「何も出来ない俺のせいだ、全部」


 先の発言の意味は分からない。

理解したくもなかった。

しかしそれでもその発言に従うべきだとは理屈では分かっていた。

そんな矛盾の塊を、彼には受け入れることは出来ない。


「これはその報いなのかもな」


 彼の視界には、恐らくは彼を狙っている軍隊が映っている。

いっそすぐに殺してほしいと願うが、自分の状況を考慮してそうならないと彼は分かっていた。

心の中は闇が酷く吹き荒れていて、もう耐えられそうになかった。



『さぁ、始めましょうか』


 今度の崩壊の一歩は、カイルにも感じ取ることが出来た。

扉が開いて、幾つもの扉が並んだ先には人類では絶対に敵わない何かがいる。

それが何処なのか、何なのかさえ分からないが、確かに存在を感じた。

そして、それを殺す事が出来る者がいるとすれば、彼女しかいないということも、心の何処かで感じていた。


 その敵から世界を守り抜くには、彼女を味方につける必要がある。


 しかし、その何れももう全て関係ない。

今はただ、気に入らない存在を破壊しよう。

そう思ったカイルは今、誰かの首を右手で千切った。

次に左足で数人の胴を吹き飛ばした。

前にリュウに渡されて以来、意外と使い心地も良く愛用していた剣はさっきまで持っていたはずなのに、何処かに、誰かの体に忘れてきてしまった。


「止まれ!」


 聞き覚えのある懐かしい誰かの声が聞こえる。

大切な友達だ。

しかしその意味が理解出来ない。

だから、咄嗟に作り出した巨大な魔力の刃を握り、目障りな音の発生源を叩き潰した。

すぐさま後悔が押し寄せてくるが、もう全てが遅すぎた。


 驚愕の叫びが聞こえる。

それもまた、言い終える事なくすぐに途絶える。

最早、戦争ではなかった。

個人によるただの虐殺だった。

たった数十秒の間で死傷者の数が五百を超えた。



 あと少しで、完全に枷が外れる。

外そうとした訳ではなく、勝手に壊れてしまった。


 そうなれば、全てが終わる。

殺されるか、全て殺して楽になる事ができる。

もう、結果が終わりだとするならどちらでも良かった。

どうせ何も変わらないのだから。


『ほら、もっとこっちに近付いて』


 女の姿が見覚えのある姿へと変わる。

先程泣いていたはずの彼女が何故か目の前で笑っていて、胸に飛び込んでくる事を期待して両の手を開いている。

彼は引き寄せられる様な身体の疲れに任せて彼女の方へ倒れてしまおうと思った。


 それを止める声が、心の中の彼の更に内側から聞こえた。




「ホント、お前ゲーム弱いな」


「仕方ないですね、次こそは結婚してサポートしてあげますから!」


 そんなくだらない声を無視し、枷を外そうとする。

しかし、それ以上にくだらない事に気を引かれた。


「で、やっぱハンデ付ける? それとも無しでやる?」



 あの時は、酷い惨敗だった。

大逆転要素があるはずなのに、一度もプラス要素を引かずに最初から最後までマイナスばかりだった。

皆が自分を見て笑っていて、あの瞬間は腹が立った。

誰かがあんなに笑う瞬間を見たのは彼にとってはあの時が初めてだった。

いつものメンバーなのに、何故か新鮮で、負けてばかりで腹立たしいのに、何故か妙に楽しかった。


 あの時彼はこう答えた。


「いらねぇよ、コツは分かった、俺が負けるはずがない」


 嘘だ。

ほぼ運のみで構成されていて、コツなど全く存在しない。

だから、負け続けてばかりの彼は本当は何か勝つ為に役立つ大きなハンデが欲しかった。


 もう全てが遅くとも、せめて心の中だけは正直に答えてみる。


「金でも何でも良いからハンデをくれ」


 心の中では言えた。

なら、外ではどうだろう。

次は、言えるのだろうか?


 次こそは、ちゃんと。




 その為には、まだ死ぬ訳にはいかない。


『……それを言っても現状は何も変わらない。 傷の舐め合いなんて、弱者の現実逃避でしかないよ』


 確かにそうだ。

生きていくためには致命的に弱い。

だから、誰かと馴れ合うという選択肢を選んだ。

それが間違いだと知った上で、正しいと思い込んだ。


 そしてちょうど今、欲望に呑まれる訳にはいかない理由がその馴れ合いのお陰で生まれた。


『悪いな、俺はまた、あいつらと遊びたいんだ』


『ハッ……!?』


 呆れ顔が見なくても予想出来る。

身体の感覚は未だ戻らないが、外は見える。

そこには大切な人達がいる。

まずは仲間に、伝えたい事を伝えよう。



「終わって……帰ったら、また朝までアレやるぞ。 今度は俺が勝つ」


 外からの反応も、呆れた笑いだった。

しかし、それは無視しない。


「真面目に言ってんだよ」


「それ言ってる暇が今すぐ止まってもいいんじゃないかなぁ」


「こんだけ暴れながらそれかよっ! 余裕ありそうだな」


 カイルは何度も捨てて、持っていなかったはずの剣を宙から取り出して何度か打ち合う。

先程止まれと叫んだ声と同じ声の持ち主、ミヤと。


 確かに彼はあの時殺したつもりでいた。

しかし、生きていた。

彼はヒトでは決して受ける事の出来ない斬撃をヒトが反応出来ない速度で放ち、確かに切り裂いたはずだった。

それだけでなく、今の打ち合いも、彼らの速度では到底こなせないはずの物だ。



 何故生きているのか、その原因は分かる。

何度も通常では受けられない斬撃を放ったにも関わらず生きている。

つまり、もう、少なくとも通常の存在では無いのだ。


「ミヤ、まさかお前、いやお前達は……」


 彼らから感じる魔力は異常な物だった。

カイルの持つデシアから供給されるのと同じ類の魔力で、しかしどうやらそれを上手く制御しているらしい。

上手く具合に血液を介し、全身を巡っている。


 カイルの場合は、割合で言えば心臓に固まっている事が多いのだが、そもそもの量が違いすぎる。

彼の物とは違い、多少何かあっても安定してコントロール出来る範囲の理想的な量。



 だが、それでもその力は決して取り込むべきではなかった。

ヒトを狂わせる、最悪の力だ。


「カイル、実際にこうなってみて、君の状態がどれほど異常かよく分かったよ。 そんな量を身体に取り込んでおいてよく普通でいられるね。 多分僕ならとっくに狂ってた」


 しかし、まだまだ彼らの速度は遅い。

本気になれば、3人がかりでも到底敵わない程に実力差が開いている。

全員を吹き飛ばし、追撃をしてしまわないようにカラダを必死に抑える。


「その力は使うべきものじゃない……」


 その言葉を愚かな彼らは誰も聞こうとしない。


「カイル、もう少しだけ耐えてください。 後の事は私達が」


「何度狂っても、その度に助けてやるから、そっちも答えろよ」


「何の為に……?」


「ここで放置したら前に貸した金返してくれないでしょ? だから早く返してよ」


「あ、私も貸した気がします」


「俺もするする!」


 そんなバレバレの嘘の為に? と呆れそうになった彼を高圧の魔力で生成された魔法陣が覆う。

かつて悪魔を捕らえる為に使用したと言われる拘束術式。

カイルも知識としては知っていたが、見たのは初めてだ。

通常の生物であれば、身体が魔力に耐えられずに圧殺されてしまう。

そこから逃れようとしたカイルを、3人が外から上手く牽制し、彼は外に出る事が出来なかった。


「下手したら暫く拘束生活だろうけど、命の安全は保証するって約束されてる。 ま、暫くは安心して眠っててよ」


 それを聞いた途端、意識が落ちる。




 今回の犠牲は、想定されていたより遥かに少ない物だった。

精々、二千程度の犠牲で済んだ。

しかし、その二千が死んだ原因は、大半がカイルの圧倒的な魔力による圧殺で、他はそれらより遠くにいたおかげで助かった、というだけの物だった。

この力を遥かに超えて安定的に戦う事の出来るダンテと世界最強の国家ブレイスが単独で、否、彼女一人を除いて存在する全戦力全てを従えて世界の命運を賭けて戦ったとして、現時点ではどちらが勝つか、考えるまでもない。

この小説の核まであと少し



な気がする

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