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65話

それから、少しの時が過ぎた。

カイルは時間をかけて様々な手段で監視にグリセリーと接触するつもりはないというイメージを刷り込んできた。

休日、朝早い時間に一抹の寂寥感を胸の奥にしまい、また今日も気怠げに外を歩く。


 今の状況は決して悪くない。

彼の為に割く戦力が日が経つにつれて減っている。


「やはりそういう事か」


 一人で納得し、目的の場所へと向かう。

数刻かけて到着したのは、簡潔に言えば墓地だった。

細かく言うなれば、生前の罪と善を書き連ねた墓の集合地だ。

しかし、行った善を記録される者は少なく、逆もまた然り。

大半は何も書かれていない。

名前と弔いの文章のみ存在する墓の群れを避けながら進み、彼はある門の前に着いた。

その前には兵士が2人。


 カイルは彼らに向かって言った。


「ブレイス・ミラを弔いたい」


 彼女の墓は、大罪人であることを示す銀の石碑で、通常、弔う事は許されない。

だから彼は本当は石碑に罵りの言葉を加えたい、などと偽るべきだった。

しかし。


「どうぞ、ここを抜けた後、左手の方に進んで下さい」


 今の彼の立場は特殊特務士官、だとかになっている。

現時点の地位は高くないが、その上ももう約束されている事が名言されていて、その上、ブレイスの一員である事から彼の言葉を疑ったり、否定する者はいない。

彼が仮に今すぐに自殺すべきだと言えば彼らはそれが正しいと考え、そうするだろう。



 鬱陶しく光を跳ね返す墓の前に着き、誰もいない事を確認する。

早く着き過ぎてしまった事を後悔しながら、墓の文字を見てみると、そこには大量虐殺に加えて、詐欺、強盗、密売、他にも数多の罪が並べ立てられている。

国民にとってそれが真実であるかは、重要ではない。

彼女が救いようのない悪人であるという事が全てで、しかしそれでもその名は圧倒的である事に変わりは無い。

どれだけの悪行を成そうと、名だけで崇めるべき対象であり、貶す事は許されない。




「ブレイス・カイルさんでしょうか」


 背後を振り返る。

ブレイスの戦闘服を着た男がマスクをちょうど付けたところだった。

彼との接触には幾らかの手間がかかった。


「……そうだ」


「話は聞いています、行きましょうか」


「分かった」


 数日かけた面倒なやりとりに、一言二言の文句を言いたい気持ちではあったが、カイルは何とかそれを抑える事に成功した。



 連れて行かれた先は、魔法が使える程度に深くない地下の研究所だった。

透明の容器を満たす透明の水と大部分を占める人体、と言ったどの国においても良く見られる光景を見た彼は、少しの不快感を感じた。

人が人として扱われていない、不当な立場だと思う、が多くの者達の立場は正しい。


 こう言った研究施設の研究材料となる者は志願や罪人の自ら選択した償いの一環、という事になっている者が大半だからだ。

自分でそれを望んでいたのだから、今更不幸とは言えない。

例えそれが力による強制だとしても。



「この先に、貴方を勧誘した……」


「分かった」


 名前を言わなかったのは、言っても伝わらないと考えた為だ。

彼の聞いた名は偽名で、案内役も本当の名を知らないか、言わない様に教育されているはずだ。


 赤と茶の中間色の扉の、この世界では非常に珍しい取っ手を捻る。

中は、案外普通の部屋だった。

ベッドに机、カイル視点では背もたれのみが見える椅子。

他には本棚もあるが、隙間も多い。

椅子に座っているのはやはり、シビアと名乗った彼だ。


「こんにちは、やっと来てくれたか」


「無駄なやりとりが多いから時間がかかったんだろうが」


「無駄なやりとり?」


「わざわざ公園に手紙をコッソリ置けだの商店街で特定の商品を買えだの、他にも合計で12回あったな。 無駄極まり無いだろ」


「ん? 待ってくれないかな? 何それって状況だけど」


 嘘を付いている様には見えなかったが、色んな意味で正しく偽る事ぐらい出来る相手だとカイルは理解していた。

しかし、偽るメリットもそう多く浮かばない。


「じゃあ誰だよ」


「ふむ、まあ良いや。 想像はつくし」


 聞いても反応がない事は予想される。

それなら、と彼はひさびさに持って来ていた愛剣に手を掛け言った。


「早速だが、力を寄越せ。 研究はここが一番進んでいるんじゃないか?」


「良いよ」


 彼はとにかく状況を動かしたくて、こう言ったのだが、あっさりと了承される事は完全に計算外だった。

ダンテが所属するここならば、彼女は必ずピンチに陥った自分を守りに来てくれるだろうという酷く甘えた作戦は、もう既に潰えた。

ノープランに等しかった作戦は、もう全てが終わった。

彼は当初の安易な考えを恥じたが、もう何もかも遅い。


「これを打ってくれればいい」


 手渡されたのは、注射器に入った液体薬品で、かと言ってはい分かりましたと素直に注射できる程の勇気も、愚かさも持ち合わせていなかった。


「何故、と言いたげな顔だね」


「分かってるなら、さっさと教えてくれ」


「君一人が力を手に入れて、一体何になる? 個人は所詮個人でしかなく、大勢に影響は及ぼさない。 彼女のようなキチガイを除いて、ね」


 しかし、前回の戦争はもはや個人の戦争だった。

ミラが死んだのは、味方がいなかったという要因が大きく、援護さえあればどれだけの被害が出ていたかは想像に難くない。


「一つ言っておくと、これは制御する為の物であって、狂わせる為の物じゃない。 制御出来ない力じゃ、戦争はできないから」


 分かっていたかの様に述べられた疑問に対する答えから、この力の目標も見えてくる。

そもそも暴走する力を積極的に求める組織は、思慮が足りない以前に、頭のネジが飛んでいると言わざるを得ない。


「これが毒薬でないという証拠は?」


「ん、あぁ。 そうだねぇ……」


 シビアは唐突に立ち上がり、机の中をゴソゴソして、また別の注射器を取り出した。


 注射器の針がカイルに襲い掛かる。

首を曲げて避けるが、直角に方向転換してそれを避けようと飛ぶ。

しかし、彼の回避動作を遥かに超えた動きをしたシビアは彼の首に、なにかの液体を注入した。


「これが毒薬だよ。 普通なら、首に刺したら5秒とかが限界じゃないかな」


 信じられない程の激痛と、筋弛緩にカイルは思わず膝を地に着けた。

多少書き直すかもしれない

そろそろほぼ勢いだけで進めるには難しくなってきた

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