63話
「本当だよ、その未来に嘘偽りはないと誓おう」
これを聞いていたダンテは、介入すべきかと少し悩んだ。
予定外の行動を見て彼女が出した結論は、何もしない事だった。
その程度であれば問題はないと考えたからだ。
1つ、理由を加えるとすればあの男を殺す事は彼女にとっても難易度が高い、という事実がある。
それでも、今から忙しくなるというタイミングで、と舌打ちしたい気分は暫く晴れそうになかった。
会話が終わり、ちょうど半秒、予想通りのタイミングで世界のある扉が開く。
それは定められた破滅への一歩。
誰にでも気付けるはずで、ほとんど誰も気付くことができない。
世界に対する見方を変える事が出来るのは。
「私と、彼らの中でも極一部」
こんな誰もが暗く光を失った世界で、それでも、彼女の好きなある心は小さく輝いている。
美しく、可愛らしく、それなのに醜く穢れている。
本当にそれを綺麗だと、彼女は感じる。
そして、自分の心はそれ以上に輝いていると知っている。
そうなると知っていて、この決断をした。
彼らの力を、より深く追求して美しく純粋に狂った。
それは恐ろしい程に魅力的で、残酷な現実を見せてくれた。
「そう、彼ら。 ブレイスでさえ支配を受け入れる他なかった程の力を持つ彼らがそろそろ人類を捕食しに来る。 私がばらまいたこの力に気付くでしょう」
人類の上位種である彼らは、自分達の英雄を犠牲とし、完成に至ったこの力を絶対に許さない。
数が増えた彼らを前に、ブレイスにはもうこれ以上の捕食を隠し通す事は出来ない。
他国の協力を持ってしても、きっと難しい。
しかし、戦うという選択肢を与え、その噂を流す。
そうして選択を誘導すれば。
全てが生き残ろうとこの研究を進める為に躍起になって動き始める。
今までのような遅い歩みでは生き残れなくなり、皆がリスクを犯しながらの全力疾走を要求される世界になる。
そうして、力はヒトを魅了する。
力がヒトを求め、ヒトが力を求め、ヒトはいつか力がなければ生きられなくなる。
それは今まででも行われてきた日常茶飯事だが、今度は規模が違う。
道徳だとか、下らない概念に囚われている者達にも力が必要になり、そう言った者ほどより深く闇に落ちる。
やがて、力の研究こそが目標になり、その過程で、邪魔な彼らが一掃される。
そして予想通りの時間、装備で彼らの襲撃が始まる。
敵は悪魔の中でも位の低い1人。
たかがヒト1匹にはこの程度の戦力で十分だと思われている。
錆びた血に似た赤さの額に、血で赤く染まった白いはずのツノ。
腰部にのみ布を巻いて、破廉恥だと言われてしまいそうな格好をしている。
全身は、浅黒く見た目としては頭部を除けば汚い人間といったところだ。
ダンテの体と同サイズの金棒を持ち、それを振り回す膂力を持ち合わせていると容易に想像出来る肉体だった。
「……悪魔」
彼女が呟いたその名は、浅黒い人間の種族の名だった。
悪魔、とはかつては地上に存在した種族達の1つで、同種における繁殖を好まぬ者が多く昔から数が少なく、かつての大戦で滅びこそしなかったものの地下への逃亡を要する程に迫害を受けた。
しかし、かといってヒトを恨んでいる訳ではない。
彼らは種族単位で見れば、ヒトに好意的だと言える。
元々、彼らが滅びかけたのは、集中攻撃を受け窮地に陥ったヒトを守り抜く為に戦ったからだ。
長い闘いの結果、勝利を収めたヒト達は次に、弱った悪魔を滅ぼそうとした。
それでも、彼らはそれを正当な行為であると認め、その行動に好意さえ向けた。
無論、無抵抗で殺されたのではなく、徹底的に反撃して多大な犠牲を及ぼしたが、戦力が回復した今でも、彼らはヒト達に無意味な攻撃を決して行う事はない。
だから、今回彼女が狙われたのは、ヒト以外の種に分類されたか、無意味ではない必要な犠牲として選ばれたか、になる。
「フンッ!」
人類の数十倍の膂力から繰り出された自身の体重さえ超える棍棒による一撃はダンテでさえ受け止めるのは難しい事だった。
だから、彼女は無意味に動いたりはしない。
よく手入れされた綺麗な黄金の髪に触れ、次に衝突するのは人類で最も美しいと評された顔。
回避の動作さえ取ろうとせずに、彼女はその無慈悲な致命の一撃を目を瞑って受け入れた。
頭がグシャリと取り返しが付かない形に潰れ、その残骸が吹き飛ぶ。
最後の抵抗として死を喚く声の代わりとして飛び散る鮮血が、黄金の髪まで届かずに虚しく落ちる。
血を撒き散らしている浅黒い身体が、ようやく死に気付いた様に倒れるのを彼女は後ろに飛んで避ける。
「わっ、なんでこっちなのっ!」
少し怒ったような表情をしたことに、誰も見ていないのに恥ずかしそうな顔をする。
手遅れな澄ました顔で彼女は言った。
「私に一人で挑んでも、絶対に勝てないよ? ……と言っても聞こえてないか」
彼女は悪魔の身体に肉体消滅の魔法をかけて、抵抗が全くない事を確認し、呟いた。
「やっぱり、悪魔さんの出番は今だと少し早いかなぁ」




