61話
息を既に引き取っている事を確認するまでもなく、ミラは死んでいた。
カイル達は、申請して遺体に会うことが許されていた。
そこで見たのは、悲惨な死体だった。
カイルには、それ以外形容する術がない。
何故なら、彼女の顔は笑っていたから。
死んだはずなのに、この世界で生きる誰よりも安らかな、優しい顔で。
醜い感情の闘いに巻き込まれて、自身も無理矢理その感情を暴走させられておきながら、そんな表情を作る事が出来るほどの精神は、彼にはない。
悲しい事に、彼女の死は戦争という観点において決して無駄ではなかった。
彼女の血液を採血した結果、飛躍的に技術が進歩した。
専用装備の試験段階にまで、事態は進んだ。
平和を願う者の死が、戦争を加速させる。
文字にしてみれば、極自然な事で、気にする必要はない出来事だ。
カイルは今、街を1人で歩いていた、予定だった。
「あ、そういえば最近新しく出来たライフゲームって奴があるんだけど、やってみない?」
「良いですね、最新のホログラムゲームでしたっけ」
ミヤが意図した明るい口調でそう言って、ユウカがそれに乗って、ビオスがカイルに呼び掛ける。
「カイルの家で良いよな、決まりで」
彼らが話しているのは、簡単に言えば魔法を取り入れた人生ゲームの事だ。
サイコロではなく魔法を使用していることから選択肢が異常な程に多く、加えてボードの代わりに、ホログラムを使用している事が特徴だ。
「…………どうせお前ら俺が何言っても聞かないよな」
どこか諦めを感じさせるイエスに対して、喜びの声が上がる。
「じゃあ先行っててよ、持って行くから」
「あ、ちょっと先家帰ってから行きますんでゆっくりで」
「私も、今日は一度帰っておこうかなと思います。 両親を安心させてあげないと」
家に帰って親を安心させる、という考えに、皆がそれぞれの理由で驚いたが、誰も疑問を口にはしない。
「んー、じゃあ夜ご飯食べてから適当に集まろう」
それに肯定が続いて、カイルは少しうんざりした顔をする。
「お前らいつ来ていつ帰る気だよ……」
「そんな事言わず、泊まりで良いじゃーん」
「そうそう、本気じゃなかったとは言え戦争も終わって、とりあえずの休息だし遊ぼうぜ」
彼らが気を使ってくれている事は、分かる。
その優しさがなぜか、胸に突き刺さる。
それについて、カイルは考えてみる。
間違った方向へと進もうとする自分自身に対する罪の意識だろうか。
もしくは、やがて来るであろう戦争に対する感情だろうか。
それとも、やっぱり人殺しの自分は優しさなんて感情を望んでいないのだろうか。
本当は1人で孤独に闘うことを望んでいて、仲間なんて必要ないんじゃないか?
そんな考えが浮かんできて、同時に皆が離れて行く。
カイルは行かないでくれ、と言えなかった。
今まで聞いたことのない子供のような声が、心に直接的に響く。
『所詮、ヒトは孤独な存在だ。 理解し合うことなんて出来ない。 お前とダンテもそうだったはずだよ』
それは正しい、と彼は思った。
他を理解する、という事は絶対に不可能だ。
もしも完全に理解出来るのなら、個人とは何だろうか。
自と他の間に差は完全に無くなり、やがて生きる意味がない事に気付く事になるだろう。
『本当の意味で信じる事もまた、お前には出来ない。 恐怖を隠して信じるフリは、滑稽だよ。 見ていて恥ずかしい』
それもまた、間違いではないのかもしれない。
本当に無条件で信じる事が出来ているかどうか、と言われれば、自信はない。
『だから、まずは知らない奴からで良いよ。 軽く壊す事から始めてみよう』
少し先には、若い女がいた。
と言ってもカイルよりは年上だと思われる、恐らくはダンテと同じぐらいだろう。
太腿を大胆に露出する派手な格好に、少し気分が良くなる。
欲が出る。
根源的な性の欲望を意識させられて、支配欲も連動する。
そこで、欲が止まる。
暴走する程の望みを彼は与えなかったからだ。
その結果、暴れるかのような声がする。
合わせて、一瞬だけ欲望が暴走しかけて、すぐに収まる。
封印が想像以上に良く効いている事が今回のことで分かった。
彼はその声も、欲望も全てを無視して家に向かう。
これが結論を先延ばしにしただけだと、知っていても、対処法が分からない。
「イェーイ! 僕の勝ちぃ!」
今は、ナナを含めて4人でライフゲームを遊んでいる最中だ。
このゲームに明確な勝ちの概念は使われない事が多い。
基本的に競い合う物ではなく、占いのような感覚で遊ばれるからだ。
「は? 次やれば俺が勝つ」
「あの、わたしだけ年下なのでハンデください。 初期資金追加で」
「あ、じゃあ俺はミニゲーム内の使用資金半減ってハンデ付けたいなぁ」
「じゃあ私は最初から婚約アイテム持ちで」
勝ち負けを競うルールにおけるハンデとして、先程挙げられた中で最も大きい物はビオスの言ったミニゲームの半減効果だ。
このゲームでは、定期的にミニゲームが行われるのだが、各ゲームによって上限が決められた掛け金をランダムに選定された誰かが決め、その額だけ皆が払い、ミニゲームが始まる。
そこで勝てば大半を入手出来る、という簡単なルールだ。
ナナの言った初期資金追加はその名の通り最初期の資金を追加する、というライフゲームの序盤を楽に乗り切る為の一種の救済処置だ。
「婚約ってなんかメリットあったっけ?」
「いや、後々変わるらしいが現時点ではないな。 保有物資が全て半分ずつ所有している事になるが、有利な側にとっては全く受ける意味がない。 不利な側はそもそも提案してもらえない」
「え、カイルすげぇ詳しくね?」
「最初負けが確定した回ですごい顔して説明書読んでたし、覚えたんじゃない?」
「何でも良いから次だ。 今度は俺の勝ちだ」
「あ、さっき言ってたハンデありでやろうか。 カイルの希望ハンデは? ステータス全部初期上限?」
カイルは自信満々な顔をして言った。
「ナメるなよ、ナシに決まってる。 言っただろ? 今度は俺の勝ちだってな」
そう言って、本日5度目の闘いがまた幕を開ける。
「おい、このゲーム壊れてるだろ」
結果は、カイルの惨敗だった。
ミヤは5回中4勝で、その内の1敗は最後の最後にナナが究極的な運で逆転勝ちしただけだ
「あー……腹いてぇ」
カイルを除いて、全員が腹部を抑えて笑いを堪えていた。
彼のライフスタイルは全く彼に似合っていなかった事もあり、常にネタにされ続けていた。
そして先の勝負では、カイルだけが運が良く、他全員が異常な程の不運に見舞われて、圧倒的な差が付いていた。
最後の1つの選択で、最後だけに唯一存在する全財産と地位を捨てる、という謎の行動があり、それ以外の数百の選択肢に当たれば彼は勝ちだった。
確率は異常なほど低く設定されており、10万分の1、そこで見事に彼はその選択肢を引き当て、無事全ての回で完敗を果たしたのだ。
「あー面白かった、またやろうぜ」
「そうだねぇ、明日もやる?」
「やりましょう、ナナちゃんも、ね!」
「はい、意外と面白かったですし良いかもしれません」
コメントを終えて、カイルを見る。
彼はその視線に答えた。
「絶対やらねぇ」
それに、笑い声が反響する様に順番に広がる。
そのまま戦争当日とは思えない明るさで、1日の終わりを迎えた。
彼らは、結局深夜であるにも関わらずまたゲームを始めて翌朝まで騒ぎ続けていた。




