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58話

一撃目で武器を破壊、次に頭に掌底。

風の魔法で足止めしていた背後の敵に回し蹴りを決め、また次に襲い来る兵の対処。

理想的ではない不安定なリズムで、とにかく少ない手数を意識した攻撃で可能な限り素早く無力化し続け、もう数十人はカイル一人で意識を奪ったり、両腕骨折だったりと戦闘が不可能な状態に追い込んだ。


「前に出過ぎ!」


 声を聞いて瞬時に振り返り、状況を把握する。

カイルに言ったのではなく、ビオスに向けた物だと判断し、後ろは一旦無視してそちらに飛ぶ。

それより早く、彼が囲まれて、避けようと後ろに飛ぶ。


「く、今戻る!」


 その声を発するべきではなかった。

敵は決して弱くない、今は意識を目の前だけに向けるべきだった。

初撃の対処は可能でも、左右からのそれ以上先を読んだ攻撃に対する回避が間に合わない。



「動くな!」


 その声で、動きが止まる。


「信じるからな!」


 信じる。

妙にその言葉が心地良い。

それは平和な世界で何かの約束に対して使うべき言葉だ。

他人を信用すべきではないこの世界で、対処しなければ死んでしまう場面で、一体その言葉に何の価値があるのか、多分、誰にも分からない。

しかし、それを要求したのはそう考えるカイル自身だった。


「……バカかよ」


 火炎を放った彼自身信じられない程の精度で、綺麗にビオスの周囲を竜巻と呼ぶには小さい火の渦巻きが守る。



「助かった」


 合流と同時に、剣をカイルの首元に向けて突き出す。

彼はそれを避けない。

余計な動きで、その動作を狂わせたくなかった。

一瞬で判断が出来たのは、彼もまた、仲間を信じているからだった。


 自身を滅ぼす愚かな感情に身を任せるのは、意外と悪くない物だと彼はふと感じた。

罪悪感だとか自己嫌悪だとか、そういった要素とは全く別の物が彼にそう思わせる。




「多分、こうなるのは運命だったんだな」


「運命なんてないでしょ、これは必然だったんだ」


 運命とは、所詮行動に付随する結果でしかない。

定められた未来が存在するのなら、それに気付いた時きっと誰もが何かを諦める。

だからこそ、行動が運命を決めると思い込む。

未来は変えられると信じてみる。

そう思い込んでいる内は何があろうとそれが真実になるからだ。

結局のところ正しいか正しくないか、の問題ではなくどう捉えるかが最も大切なのだ。



 一旦落ち着ける状態になり、ゆっくりと見渡す。

敵の目は、どれも恐怖に満ちていた。

それが自分達に対してではなく、任務に失敗する事に対する絶望感であると、カイルは知っている。

どんな命令であっても背けば、死ぬだけで終われる程優しい世界ではないと国民全員が教育されている。

そしてそれに従うことこそで生きる価値があるというのがこの国の常識だ。


 現実ではちょっとした命令違反程度で罰を与えられる事などない。

そんな事をしていては手が足りなくなる。



「なんかさ、あれ、様子がおかしくない?」


 輝く金の髪が横に伸びて、穏やかに元の位置へと戻る。

それは風が吹き、それが収まった事の証明だった。

遠目でカイルが見た限りでは、どちらも傷は負っていない様だった。


「何だ……?」


 ミラと戦っていたはずのカムの様子がおかしい。

頭を抱えて、苦しんでいる。


 周囲を警戒しつつカイルは近付こうとした。


「行くべきじゃない」


 手を掴まれ、立ち止まる。

もうこれ以上、自分の身勝手で仲間を危機に晒したくない。

しかし、まだ全てを諦める事が出来ない。

まだ、イヤな物を受け入れるには早いと、彼は考えてしまう。


「行かせてくれ」


「ダメだ」


『力があれば、救えるのにね』


 声が変わる。

男の声だ。


『1つ受け入れることで、全てが変わる。 力を手に入れる事を許容しろ』


 カイルは気付けば、声に出していた。


「その優しさが、誰を救える? 何の意味がある? お前は本当に守りたい物から逃げているだけじゃないのか」


 ミヤが何も言わずにカイルの鳩尾に拳を打ち込もうとする。

彼はそれを気絶する為に受けた。

しかし意識はハッキリとしたままだ。


『こいつは裏切った、殺せ』


 彼自身の声で、頭に響き渡る。

もう何が正しいのか、わからなくなりそうだった。


「ダメだ、気絶出来そうにない」


「落ち着いてください、私はあなたに救われました」


「俺もそうだった、カイル、お前がいなきゃとっくに死んでたよ」


 その与えられた救いに、少しだけ気分が軽くなる。


「今のは、体が支配された訳じゃない。 俺は大丈夫だ」


 余裕が出来、彼はそこで安心させる為の嘘を吐いた。

それを見透かした視線が一つ。

何か言おうとしたその時だった。


 ミヤが所持していた通信機が起動した。


「今から、ミラを殺す為のブレイスの作戦が始まる。 恐らく暴走しているらしいカムをドサクサに紛れて殺してくれ」


 状況に反して酷く冴え渡ったカイルの脳が導き出した推測は、正しい物だった。


「今までのは、全て囮の作戦かよ」


「当たり前だ。 ただ兵を差し向ける程度で鎮圧手段になるはずがない」


「1つ聞きたいんだけど、この戦争は何の為に?」


 ミヤもこの戦争が本気で行われていたものではないと気付いた。


「鬱陶しい奴らをまとめて掃除したかった、ただ言葉ではそうだが……」


 リュウは言葉を濁し、一向に続きを言う気配がない。

つまり、そういうことだ。


「それは相手も気付いていると取っていいのか?」


「あぁ、だからお互いにこれは半分は本気だ、もう悟られているだろうし隙を見せれば他からも集中砲火だよ。 それは当然こちらから隙が見えても同じだがな」


 次は、今回の比ではないと言う事になる。

そしてそれはきっと嘘ではない。

通信機に対する完全な盗聴妨害が本気であると彼に告げてくれた。

完全な盗聴妨害は、決して簡単ではなく特定の手段にて十年以上苦しみ抜いて死んだ魂を物質に変換し、それを更に加工する必要がある。

その機能が一度しか使えない上、手間がかかるだけでなく、苦しませる手法にも多大な労力が必要で、道徳的考え方を考慮しなかったとしても、非常に手間がかかってしまい、実用的ではないとされている物だ。


 たった一つ作る為に数千人が働けるだけの巨大な工場一つを常時稼働し、多種多様な拷問を加え続け、その上で殺さない様に管理するのだが、大抵は絶望による心身のダメージが重なり、一年も持たずに死んでしまう。

救いを与えてはならないのがこの技術の難しいところだ。

少なくとも、この通信の為だけに四桁単位の犠牲者が出ている事だけは間違いなかった。


 次のリュウの発言は彼らだけに発されたものではなかった。


「裏切り者であるブレイス・ミラの処刑を始める」


 この瞬間、彼女の死亡は確定した。

信じてもらえないかもしれませんが当初の予定ではよくある序盤だけ弱い風だけど実は主人公最強で無双って言うタイプの小説だったはずでした

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