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57話

聴力と視力が強化され、2人の状況が把握出来るようになった。

加えて、少しだけ魔力も供給されるようになった。

その少し、とは先程と比べれば雀の涙程度の物という意味で、まだ常識の範囲で戦っているだけに過ぎないカイルにとっては、莫大な量で質も段違いだった。

以前リュウと戦った時、実力がほぼ拮抗していたが、今なら100戦中100勝できる自信があると断言出来る程に彼の状況は大きく変わった。

これなら、多少強い相手が出てきたとしても、まとめて一掃できる。


「動くなら、今だね。 ずっとここにいても仕方ない」


 魔法が実質封じられている今なら、全員が自由に動ける。

逃げるにしても、戦うにしても動かなければ始まらない。

そして今、カイルだけは魔法が扱える。

通常のヒトでは生み出すことの出来ない圧倒的な質の魔力が供給されている今の彼ならば、どんな場面でも魔法が扱える。

それさえも封じられる存在がいるとすれば、本気を出したダンテぐらいだろう。


「どうしますか?」


「助けに行くにしても、多分……この人数じゃ無理だなありゃ」


 しかし冷静になった彼には1つだけ、可能性が見えていた。



「なぁ、俺はこの場面を抑えられる可能性は0じゃないと思う」


「へぇ、どうやって?」


 その言葉は、責めているとかそんな風ではなく、純粋な好奇心から来る物だと彼には分かった。

だからこそ、後ろめたさなどの感情を感じずに彼は話す事ができた。


「俺は、今この力を少しだけ扱える様になった」


 胸に手を当てて、同時に魔法障壁を解除しながら彼はそう言った。

それで、全員が理解してくれる。


「おい、それって……」


「大丈夫……なのですか」


 反応はそれぞれ違っていて、そこに性格が出ていて面白いな、なんて思える程に彼には謎の余裕があった。

ミヤはそこから、彼が異常であると気付いた。

冷静で、観察力のあるミヤは些細な事から全て見抜いてしまう、同時にカイルも気付かれた事を悟った。

こういう人物であると知っていたから、むしろ、自分が異常であると少し知ってほしかったのかもしれない。

だから彼は計算して動かなかった。

仲間を必要な嘘で欺こうとしなかった。


「気付いてるか知らないけど、君、異常だよ」


「そう、かもな。 でもやるしかない、だろ?」


 それを聞いて、ミヤは疲れを隠す様に言葉を吐いた。


「たしかに」


 やるべきことが決まって、全員で見るべき方角を見る。

必要以上に敵から視界を外す訳にはいかない。

彼にとって、ブレイスが完全な味方とは言えないが、彼らから味方である必要性を感じてもらう必要がある。


「とりあえずあの人達の戦いは、多分私達では影響は与えられないですよね」


「というか、何してんだあれ」


 2人は戦っていなかった。

カイル以外の目線では。

先程から全く力を感じられず、距離からして、会話している風にも見えない。


 強い風が吹く。

一歩も下がらずに耐えられたのはカイルだけだった。

それは彼らの方角に今まで来ていなかっただけで、何度も起こっていた。

中身はただの風圧。

しかし、何が起こっているのか認識出来た者はいない。


 彼は分かる範囲で説明することにした。


「お互いにほとんど動かずに恐ろしい速度で魔力を撃って戦ってる、けどどっちかは暴走してる、気がする」


「どっちが勝つ?」


 その問いと同時に、ミヤの背後から何かが現れた。

カイルは殺さない様に、魔力を振った剣の勢いを利用した衝撃波として飛ばし、襲撃者の振り上げた片腕を捥いだ。

ミヤは既に、襲撃者の腹に肘を入れていたので、余計な心配だったと言える。


「多分、ミラが魔力切れで負ける」


「そう……」


 感情を隠したその瞳からは、何も感じ取ることができない。


「ウチに、アイツを止められる実力者がいるのか?」


「さぁ? 兄さんが何も考えていない訳がないけど、どうだろう?」


 会話に参加していない2人の顔が少しだけ暗くなる。

囲まれた事による緊張感か、もしくは今後に対する絶望感からかはそれぞれに聞いてみないと分からない事だ。


「さて、まずはこの状況を何とかしないとねぇ」


 魔法が使えなくとも、全員の体術のレベルも決して低くはない。

ユウカに関しては、魔力の強化無しではあるが、彼女は普段から護身用のナイフを持ち歩いている。

これはカイルの様に致命傷を与える事に大きな躊躇いがある訳ではなく、ナイフによる戦闘術を彼女が得意としている為だ。


「行こうか」


 その声で、全員が駆け出した。

カイルだけが、一度進行方向とは別の方向を見る。

ここから遥か遠くの、ブレイスの国境の山にある小屋の屋根に、金の髪を手で梳いている彼女が、ダンテが座っている。

そこから彼女は笑顔で手を振っていた。

明らかに、彼をピンポイントで見ている。



「この戦いは、多分負けられない」


「負けていい戦いなんてないでしょ」


 思いつめた表情のカイルに笑い声が隣から聞こえてきて。


「えっお前負ける気で今までやってたの?」


「負けたら私に慰めて貰えるから、でしょう」


「あー、意外と甘えん坊なんだね、カイルちゃんは」


 と、みんなでふざけ始める。

こんな時にふざけるな、とは彼は思わなかった。

ただ、友達がいて良かった、と心の中で密かに感じた。

しかし同時に、それを否定する心の声も聞こえて、それが正しいのだと彼は本当は分かっていた。


 そんな中、実際に彼が返した言葉はこうだった。


「あぁ、今日負けたら皆で慰めてくれ」


 これは、全員で生還する事を前提とした言葉で、それに気付いた仲間達は戦闘前のこれ以上の余計な問答は避け、笑顔を答えとした。

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