56話
強力な魔法が発動した事だけは分かった。
それも1つではなく、2つ。
そのどちらも、ヒトを中に入れて魔法を発動するタイプの大砲型魔法兵器を使用している。
時間が経つにつれて、数が増える。
すぐに、カイルではどうにもならない数になった。
彼らを挟み込む様に発動された攻撃は、彼らとミラを対象とした物ではなく、互いの兵器を対象とした物だった。
ミラはその攻撃の間に入り、電撃と火炎の両方を水平方向に自身の魔力を放出する事で受け止めた。
しかし、攻撃は単発ではない。
何度も何度も、繰り返される。
その度に、彼女は膨大な魔力を放出する事で相殺する。
もう少し魔法という技術を扱えるのなら、魔力消費は少なく済むのだが、今まで魔法能力が皆無だった彼女には扱えない。
止めたくても、恐らく彼女は自殺する為にそうしたのだから無意味だ。
ミラの目を見て、カイルはそれを確信していた。
彼女の瞳には希望が映っていた。
ようやく苦しみが終わるという悲しい希望。
そんな虚しい生命があって良いはずが無いとどれだけカイルが憤っても、所詮、大舞台で個が何かを救う事なんて出来ない。
常識的な力では、常識の範囲でしか戦えない。
本当に大切な場面では、いつもそうだ。
彼には常に力が足りない。
必要なのは通らない理屈を押し通す為の暴力だ。
理不尽な力に対抗するには理不尽な力を持つしかない。
結局、本当に何かを守れた事なんて一度もない様な、彼はそんな気がした。
「くそ、姉……さん」
「あの人は何故あんな事を……」
カイル達4人を覆う様に、耐衝撃の魔法障壁が作られ、同時に声が聞こえる。
「今はそこから動くな、あと聞かれていてもおかしくないから何も喋るなよ」
リュウの声が、魔法を通じて届く。
声を特定の地点に送る魔法だが、障壁をキーとして組み込まれている、地味な高等技術だ。
この魔法のお陰で、治療に専念する余裕が出来た。
時間さえあれば、応急処置だけでなく本格的な治療も可能だ。
「戦争が始まった、今は生きる事に集中しろ」
状況的にも間違いなく騒ぎ出しそうなデシアの方は、何も言わない。
日常的にアイツを殺してみようだとか試しにヒトを食べてみようだとか物騒な提案をし続けていたそれは、肝心の物騒な場面で何も手を出してこない。
それが良い事なのか悪い事なのか、知る事が出来る者はきっとダンテぐらいだろう。
「攻撃を……いや良い」
途中で止められるはずがない。
彼女が生き延びられる状況があるとすれば、攻撃が何かしらの理由で一度途切れ、その間に抜け出す事だ。
「内戦だが、当然国外も絡んでくる。 まあ大体叩き潰したが」
「優勢なのか?」
「いいや、全く。 国外をどれだけ潰そうと、俺達の戦争には何一つ影響はないよ。 鬱陶しいから抵抗する気が起きない様に国の中枢の奴らを公開拷問させたら兵士達は大半が戦意を失ってウチの配下になったよ」
ブレイスは魔法の技術において常に周囲の一歩先を行っている。
その理由は人体実験に対する抵抗の低さが起因している。
昔から人体実験は何処の国も行ってきたが、ブレイスだけはレベルが違った。
大抵の国はひっそりと罪人などの罪悪感に囚われにくい人材を使用し、人体実験していたのだが、ブレイスの場合は国民が人体実験の対象に選ばれる事を好意的に捉える様に教育されていた。
だから、この国ではデシアも、魔法も研究が他より早く進む。
実際、全て意のままに進めていたつもりのダンテの想像を大きく超えてこの国はデシアの研究を進めている。
しかし、それでもまだ彼女に追い付くにはまだまだ遠い。
「まだ分からないが多分、乱戦になる。 味方だとしても、邪魔だと判断すれば何をしてもいい。 とにかく敵の強い奴から潰せ」
カイルは周りを見る、フリをしてミラの方をコッソリと見た。
戦場の中央にいる彼は監視どころか、ずっと命を狙われているはずだった。
心配していると取られるような安易な行動は取れない。
まだ、彼女の顔色は悪くない。
寧ろ良くなっている様に感じる程だ。
狂気的な笑みを浮かべている部分を無視すれば、一安心出来た。
その内に秘めた狂気を含んだ魔力が、今までとは違う出力で放出され、魔法が全て消滅する。
それだけでなく、場を支配する圧倒的な魔力が、それ以上の魔法の存在を許さない。
命を犠牲にして放たされた魔法は、全て発動する前に中断された。
しかし、小さな大砲の中で行われる命の犠牲の原因である魂の魔力変換だけは止まらない。
どれほどの力を持っていても、個では群れには敵わない事は歴史が何度も証明している。
だからきっと、ミラもここで死ぬ。
どんなに絶望的な敵でも、ヒトが集結すれば必ず対抗策を考え、実行し、打ち破るだろう。
それはダンテが相手でも同じ事だ。
圧倒的な数の前には、個は必ず屈するしかないのだ。
「うわぁぁぁぁ!」
泣きたがっている様なミラの咆哮が地を揺らし、恐怖で兵達の心も震わせる。
魔法が使えず、誰も接近出来ずにいる中、ただ1人彼女にゆったりとした歩きで近付く姿があった。
「アイツは確か……カムだったか」
デシアの力を所有している事がほぼ確実で、カイルも同じと恐らくは気付かれている関わりたくない相手だ。
「カイル、あの人には近付くべきじゃない」
治療の終わったらしいミヤが彼の隣に並んだ。
「何故?」
「よくわからないけど、嫌な予感がする」
本当は飛び出したかった。
行こうとする度に、彼の思考には偽善というワードが浮かんでしまう。
何も出来ない自分が救われたいが為に、相手の事を考えない押し付けがましい正義を行ってしまった。
その過去が今の彼の行動を縛っている。
結局、彼は2人が接触するまで動けなかった。
会話が始まる直前、心の中で2つの声が響いた。
『俺のことを覚えてるか? 面白い物を見せてやる、そこで見てろ』
『少しだけ、無条件で力を貸してあげる』




