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55話

唐突に、見えていた世界が暗くなる。

闘争心を刺激され、自分の実力を試してみたいと、彼は思った。

試しに誰かを殺してみたいと感じた。

そして都合良く、その2つを同時に満たせる獲物と互いに接近し合っている状況だ。

ダンテの言葉を信じるなら、闘いを始めても問題はない。

しかし、狂っている彼女を信じるべきか否か。

彼にだけは永久に好意が向けられ続ける保証などなく、もうこの瞬間切り捨てられようとしている可能性も大いにある。


 だが迷っていられるほど彼に自由はない。

守りたいモノを守るには、この力は必要だった。

お互いが剣を振るモーションを取ろうとした直前に。


『オマ、エ……私に、ハァハァ、何をした!」


 世界の動きが遅くなる。

姿は見えないと言うことは何か干渉してきている訳ではない。

むしろ、心についていた重りが取れて気が軽くなったような感覚で。


『ァアアアア! 誰だ!? お前は』


 心の中で叫び始めたかと思えば、発狂していた。

そんな状況であっても、カイルはしっかりとミラの動きを見ていた。

脚を下げ、強烈な蹴りを放とうとしている。

速度を一瞬落とし、彼がそれを避ける。

そのまま反撃、とは行かずに蹴りと同時に撃たれた透明な弧を描く形の衝撃波までは回避出来ず、剣で受け止める事を余儀なくされる。


 ガードした結果、勢いを殺されて前に動く事が出来なくなった彼は受けた攻撃の勢いを利用して後ろに飛ぶ。

ミラは追撃しようとはせず、止まった。

それはその動作が即座に罠だと気付いたからだった。

その観察力はブレイスで生きていたからこそ、培われた物だろう。

戦闘経験は無くとも、ブレイスの者がその程度応用出来ない訳がない。

しかし恐るべきは、カイルはそこにも気付かれたパターンを想定し、魔法を含めた二重の罠を仕掛けていた事で、その全てを彼女は見抜き、適切な対処をしていた事だ。



 それから、何度か撃ち合う。

スピードと力はほぼ互角、戦闘のテクニックでは圧倒的にカイルが上のはずだが、ここまでの闘いは互角だった。

膂力が互角であれば、彼は剣の技術のみで一瞬で相手を仕留められるだけの鍛錬を積んできた。

そして動きも決して遅くないどころか、人類では最速クラスだ。

そのどちらも、以前の数十倍にまで強化されている。

だから時間がかかればかかるほど、カイルが有利なはずだった。

もしも、彼が誰かを殺せるのなら。

その動きに迷いが無かったのなら、もうミラは死んでいたかもしれない。


「……聞こえるか?」


 丁寧な言葉遣いで話せるほど、気遣う余裕がない。


「は、何だよ?」


 ミラはこんな話し方をしない。

カイルが話しかけようとしているのは、その化け物ではない。


「俺はこの力を必ず屈服させる。 もしも成し遂げたい何かがあるのなら……!」


「ははは、聞こえるわけがな…………ひっこ、ん……たす、けて」


 彼女は唐突に巨大化した剣で宙を薙ぎ払いながら泣きそうな表情で呟く様に言った。


「……あのね、この子と混ざって分かった。 もう、私は助からない。 何もかも知っちゃったの」


「何故、そう言える?」


 カイルは巨大化したそれを片手で受け止めて、問う。

すると、少し大人しくなる。


「この子が私でも理解出来る様に教えてくれた。 私が助からない様に状況をコントロールされてる事をね。 その時諦めなければなんとかなったのかもし……や、だぁ……」


 涙が瞳から逃げ出す。

しかし彼女は怯えている様には見えなかった。

カイルには嘘だと見抜けない強気な表情で、言った。


「もうダメ、すぐに私の心が壊れる。 その前に、殺して。 次はさっきの比じゃ、ねぇぞ?」


 もう、ミラだと分かる要素はその顔の上には残されていなかった。

ただただ愉しそうに笑っている。


「ミラ……」


「邪魔を、す……ルナ!」


 背後を見る。

今の時間で、どうにか動ける程度に応急処置を済ませた3人が、立ち上がってしまっていた。

もう、カイルには次の打ち合いはこなせない。

長々と会話をしていたせいで、もう力が無くなった。

もう、ここから先は何かを諦めるしかなかった。


 苦手な物も、嫌いな事も、受け入れなければ前には進めない。

これ以上先は好きだけじゃいられない。

彼がダンテと関わり始めて以来、最も嫌ってきた他人の死を、許容する必要がある。

ここでミラを救おうとするなら、仲間達はきっと死ぬだろう。

仲間達を救うなら、彼女の命を今のうちに彼自身の手で奪う必要がある。


「カイル! 大丈夫か!」


 怪我をしたまま彼らは駆け寄ってくる。

彼が戦闘中に負ったのは擦り傷程度だったが、その傷も何故か消えている。


「来るな!」


 発したのはカイルではない。


「俺には、もう何かを救う事なんて出来ないのかもしれない。 いや、そもそも2人も見捨てた俺に生きる意味なんてないんだ」


「何を言って……」


「ねぇ、カイル」


 ミヤが彼の方を見ずに言った。


「まずはここを切りぬけよう」


「無理だよ、もう、すぐに襲われて全員死ぬ」


 諦めた彼が死ぬ、という言葉を使うと同時に、ミラが動く。


「あ!?」


 しかし彼女は4人を狙って動いた訳ではなかった。


 ミラが、聴力が上がっているカイルにだけ聞こえるように言った。


「短い間だったけど、ありがとう。 どうか諦めないで。 それとね、生きる意味は必ずあるよ」

もしかしたら次話投稿と同時に本来一話になる予定だった部分を別作品として投稿するかもしれません

内容は作品の結末になります

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