53話
「良かったの?」
リュウにそう聞いたのは、つい最近カイルが一度だけあった女性。
ミヤがかつての想い人の名を付けた、彼女。
ブレイスの為だけに本当の名はもう無くしている。
「フェイか、アイツの力には気付いていないフリをこのまま貫く。 ただし、アイツらが明らかに間違った制御法を考え始めた場合だけは上手く誘導して対処しろ」
「そうではなく。 救うとか言ってたけど」
「……不可能だ。 今の技術じゃ一度完全に呑まれた奴は救えない」
それを聞いたフェイはどこか寂しげな目をしていた。
ふと、気になったリュウは彼女にも、問うことにした。
「一つだけ、聞いておきたい。 お前はブレイスの敵か?」
「私は……リュウの味方のつもり」
「その回答は、間違いだな」
「私にとっては正しい」
仮に、ここに今は亡き父親の手の者がいれば、もう既に殺されている。
互いに平然を保っているがどちらも内心では一安心といったところだ。
リュウは軽口を叩くように言った。
「さてと、俺はそろそろ本気になる必要がある。 だからお前は弱い俺のそばにいるべきじゃない。 きっとお前まで殺さなきゃいけなくなる」
「私は貴方の理想の為に、死ぬ覚悟がある。 それが必要なら、構わないかな」
淡々とした語りに、彼は苦笑いと共に言った。
「それこそ、本当の間違いだ」
「私にとっては正しい」
どこか諦めたような笑い声が小さく部屋に響いた。
光のない教室に、複数の人の気配があった。
姿はまるで見えないが、カイルには誰かすぐに理解出来た。
「何故、お前達はここにいる?」
「カイル、体の方は?」
ユウカのこの質問から分かる事はある程度事情を聞かされているか、もしくは拷問でも受けていたと勘違いしているかのどちらかだろうと言う事。
「この状況を収めるための力をカイルに与える、そう聞いたんだけど」
「何かされたりしなかったか?」
2人、ビオス、ユウカから心配から近寄られてカイルは面倒そうに言った。
「あぁ鬱陶しい、俺は何もされてない」
基本的に、拷問されたのは彼ではない。
本来拷問受けるべき彼は見て、最後に自分の為の偽善を行なっただけで、関係のないナナが受けていた。
カイルは、誰も救われない正義で自分だけが救われようとした。
いったい、それを償う為にはどれだけの罰が必要なのだろうか。
ネガティブな方向にばかり向かう思考はミヤによって現実に引き戻された。
「これからどうする?」
「この事態を収集するだけなら、リュウの指示の従うべきだ、でもお前達は何故かここにいる」
こんな状況で軍においても戦力として数えられるほど優秀な彼らが何の指示も受けていないとは考えられない。
学校は戦闘技術を学ぶ為の物ではあるがブレイスの支配下でもある。
であれば、実質的に軍隊の一部でもある。
もっと平和な世界であれば、そうでなかったのかもしれない。
しかしそんな仮定に何の価値もない。
現実はいつだって非情な物だ。
だからこそ、彼らは今戦っていなければいけなかった。
一人二人戦っていない程度今はもう国が監視することは出来なくとも、少しでも愛国心やそれに似た感情があるのなら、そうすべきだった。
そうしていないと言うことは、それ以上に大切な何かがあるということ。
「おいおい、友達の心配しちゃ悪いのかよ」
「出来たら二人きりで会いたかったですけど、まあ仕方ないですね」
「はは、何これ、これが青春?」
なんて、状況にそぐわない会話が繰り広げられる。
「まずは、無駄な争いを止めたい」
「無駄、ね……ブレイス同士の戦いを止めるなんて簡単じゃないよ」
「そのついでに、ミラを止める。 多分、ダンテも何処かにいるだろう」
「えー……目標が多すぎない?」
そう答えたミヤは心底嫌そうな顔をしていた。
カイルはそれに笑って、先に歩き出す。
きっと彼らなら着いてきてくれる。
「はは、でも手伝ってくれるんだよな? 俺達友達だろ?」
「うわー、最低なタイプだ」
「だよねぇ、ホント……友達選ぶんだった」
外に出た彼らは、真っ先に恐ろしく強大な魔力を感じた方角を見る。
ちょうど魔力で出来た光線が放たれた。
驚くべきはそのサイズだった。
ヒトの数千倍、魔法として作った光線ではなく魔力を光線のように撃ち放っただけだ。
当然、ひどく魔力効率が悪い。
それをやったのは、もうヒトかどうかさえ区別は付かないが、ミラだろう。
一瞬、全てが漆黒に染まりきった瞳が、カイル達を見た。
何を考えているのか、魔法すら届かないこの距離では全く分からなかった。
「拘束も持たなかったみたいだね」
「え!? 普通に戦ってあれに勝てるんですかね?」
「私も、マトモに戦える自信はないです」
一拍おいて、ミヤがカイルの方を見る。
「俺も、結局使える力は何も変わってない、結局少しデシアからの干渉が弱まっただけだからな」
どうすれば、あの化け物を救えるのか。
答えは走り続ける今も見つからない。
それでも、何もせずにはいられない。
きっとそれは先ほどの無力な彼自身への償いのつもりなのだろう。
そんな欲望や、願望ばかり考えていたせいか。
気付けば彼の視界は真っ黒に染まっていた。
『はぁーい、こんにちは』
少し濃いピンクの肌、頭に髪の団子を二つ乗せて、こちらに微笑む妙齢の女性が足場も何もないはずの地面に立っていた。
瞳の中は赤と黒だけに支配されている。
『なんだ、お前は?』
カイルの声が、心に何度も反響する。
今なら、醜い欲望も、綺麗な欲望も、全てが目視で確認出来る。
半端に隠れていた望みが全て見えて、少し心地いい。
『そんな事、どうでも良いでしょう? 大事なのは私に触れてくれれば、力が手に入るという事』
一糸纏わぬ姿に、少し興奮する。
それで少し、枷が外れたとカイルは理解した。
理性を保つ為に目を閉じようとするが、閉じた先にも、彼女はいる。
何度閉じても、すぐそこにいた。
『それが欲望、だけど今はもっと大きな欲望があるでしょう?』
その欲望を手に取ってみる。
ダンテを救いたい、もう一度共に過ごしたい。
それが彼の願いだった。
知覚して、また更にその願いは強くなる。
大きくて、大き過ぎてもうそれしか見えなくなってしまいそうだった。
『私と一緒ならあの子も止められる』
ひどく魅力的な誘惑に、言葉を返す事さえ忘れていた。
『何もかもを救える、さっきみたいに我慢しなくて済む』
『それともあなたは』
ここで唐突に、声が聞こえなくなってカイルはようやく我に帰った。
『なるほど、な』
『なるほど、ね』
二人が理解した事は全く同じ事だ。
しかし考えている事は真逆。
同じ事柄でも立場が違えば全てが変わる。
『ここから先が聞きたいなら、あなたがもっと望んでくれないとねぇ』
カイルには、負け惜しみに聞こえた。
だから、わざとらしく鼻で笑ってやる。
怒りを感じる。
だがそれは自分の感情ではないと知っている。
冷静になって、外が見えてきた。
目的地までもうすぐだ。
これ以上無駄話に付き合ってやる訳にはいかない。
『俺の勝ちだ』
現実に戻る瞬間、本当に?と声無く呟いたことをカイルは唇を読んで理解した。
辿り着いた時、金の輝きは二つ。
血で赤黒くなった大剣を使い、暴れ続けるミラを武器さえ持たずにダンテが軽くあしらっていた。
「幻術だ」
ビオスが言った。
彼らの到着を待っていたかのように、幻術が解かれて、ミラがこちらに気付いた。
「来ちゃったの」
彼女は獲物を見つけた目をして、愉しそうに笑っている。
その周りには何もない。
上に立つ為の大地と、彼女が存在するだけ。
力をちゃんと使う事が出来る様になるのは暫く先の話




