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52話

カイルが真っ先に感じた感情は感謝だった。

ペンダントに触れてから心の雑音を消すという作業が全く必要無くなった。

どういう理屈かは分からなくとも感情を揺さぶられる可能性が低くなったのは有難い。

力の声がほとんど聞こえなくなったという事は、あちらからの干渉は感情に関してのみだ。

しかしこれはある程度コントロールが可能だ。

それだけでなく、デシアが怒りを感じている事がハッキリと分かる様になった。

ただ全てを耐えるしかなかった今までに比べ、これは大きな進歩だ。

このまま研究が進めば、ダンテもきっと助けられる。



「消えた、成功か」


しかし、彼のデシアがバレていない事も同時に解っている。

それが解っていたのは同時にデシアの力が送り込まれたからだ。

彼が元々所有していたデシアの量と比べれば、数千分の一に満たない程度だった。


「なんだ、これ」


「お前にデシアを注入した、これが現段階で安全に制御出来るデシアの量だ」


試さずともデシアの力を自由に引き出す事が出来ない事はカイルには理解出来ていた。

想定される量が違いすぎる。

研究施設に連れて行かれたりしていないのは、まだ彼が完全に健常な存在だと思われているからだろう。


「それにしても、お前は本当に優秀だな。実験体はこれの十分の一の量で発狂したからな」


「因みに成功する見込みはどの程度あった?」


「はは、安心しろ。 失敗した場合どう救うかの手段は考えてあった」


「任務は?」


わざわざ力を与えたからには、何かしてほしい事があるはずだ。

それをカイルは問う。


「ふむ、お前の目標はなんだ?」


 リュウは答えながら、外に出て従う様に目で示す。

カイルはそれに大人しく従った。


「俺に目標はない」


「お前は今でもダンテを救いたいと思ってる、違うか?」


「…………」


『イル!……ねぇ、カイル! 聞こえないの?』


 ダンテというワードを聞いた途端、声が響く様になった。

彼女を救いたいという彼の望み、それを意識すると聞こえてきた。

やはりこの力は欲望に直結しているのだ、とカイルは思う。

そして、もう一つ気になった事があるとすれば口調の変化。

それに加えて今までは男の声だったのが、女の声に変わっている。


『あら、聞こえてたのかな、勘違いか。 色々面倒だからバラしちゃうけど今までの演技だったんだよねぇ。 あと今入ってきた余計な物は全て取り込んでおいたから安心してね』




 そう言ってその存在を一度心の奥底へと引っ込めた。

今干渉するつもりはないのだろう。



「そういうお前に目的はあるのか?」


「ブレイスが全てを管理出来る世界だ」


「違う、俺が聞いているのは植え付けられたくだらない物じゃない」


 カイルが聞きたいのは、リュウが本気でそうなれば良いと思う未来だ。

圧倒的な教育者によって支配された望みに興味はなかった。


「ははは、だが他人に植え付けられなきゃ空っぽなのままだ。 誰もが何かに支配されている。 支配者なんて、いる様でいない」


 少し考えた後に。


「そうだな、お前が聞いたくだらない物に対する答えはある」


 リュウはカイルの質問の方をくだらないと言った。

答えは返ってこないかと思っていたカイルに、想定外の話が続く。


「俺は、甘い物が特に好きだ」


 意味不明な答えを遮らずに続きを待つ。


「姉さんが作ってくれたあのお菓子、名前は何だったかな。 アレがキッカケだったなぁ。 味覚に対する研究を始めて、どうやれば美味しいものが出来るのか、必死に考えてたよ。 普通じゃないよな。 練習じゃなく研究からだった」


 それをくだらない、とカイルは思わなかった。

むしろ、ヒトという存在にとって最も大切な部分だとすら感じる。

しかしこの考え方が正しいとは思わない。


「そして菓子の歴史も調べた。 平和な世界という物語を知ってるか?」


 知らないはずもない。

少しでも教養のある者なら誰でも知る皮肉なタイトルを付けられた戦争話だ。

それに彼は頷いて、また待つ。


「ヒトを含む4つの種族とそれぞれの国。 他3つをヒトが滅ぼすストーリーだな」


 文化の違いから起こった諍いから始まり、最後には戦争となる。

ヒトは一致団結し、得意としていた魔法の技術の研究を始めた。

元々は、生活の為に使われていた魔法はこの時、殺しの手段に成り下がったと言われているが、証拠は何もなくお伽話として扱われる事が多い。


「アレは本当にあった出来事だ。 ヒトは欲望の為だけに他の種族ほぼ全てを殺し尽くしたよ」


 カイルは何も言わずに続きを促ぢた。


「少しだけ脱線したな、本題に戻す」


「俺は昔、仲の良い友達がいた。 ただそいつはヒトではなかったんだ。 容姿は……別にいいか。 滅ぼされたはずの種族の末裔だよ。 ブレイスは捕獲して無理矢理少数だけを繁殖させて、管理し続けているんだ、今もな」


「何故そんな事を?」


「実験に使えるからだ、もう既に何度もキメラ実験も行なっている」


「なるほど、な。 続けてくれ」


 リュウはそれに頷いてまた続けた。


「結局そいつは俺が殺すハメになった。 原因は全て俺達ブレイスにある。 だが、俺は力の為の犠牲は仕方ないと、今でも思っている」


「……そうだな」


「そいつは何一つ、悪い事はしていないが、それでも、多分必要な犠牲だった。 でもそれは本当に正しいのかと時々思う事がある」


 そう話す彼の表情は、見たことのない類の憂いを帯びていて、言葉を返す事が出来なかった。


「いや、正しいのは分かっている。 そして俺は正しい今の状況が嫌いだ。 だから」


 少年の様な真っ直ぐに強い意志を秘めた瞳が、カイルを貫く様に見た。

それを受け止めるだけの何かが、彼にはない。

何故なら、自分の偽善の為に手を出してしまったという後悔だけが今も後ろめたさとして残っているから。


「俺は自分自身に誓った。 どんな犠牲を出してでも、闘いの必要ない世界を目指すと」


「その犠牲が例え、お前の姉でもか?」


 カイルには、彼の考え方が少し分かったような気がした。

そして自分より余程立派な存在だと、感じた。

今もこうして、自分の目標の為に考え、きっと酷く悩み、苦しみながら進んでいる。

対して、自分自身はどうだろうかと考える。

まだダンテを救う方法は見当たらない。

彼女を止める手段は検討もつかない。

彼女の悩みに気付けもしなかったが、今も彼女が何をどう思い悩んでいるかまるで分からない。

少しでも前に進む事が出来ているのだろうか?


 先程は、確実に後ろに大きく進もうとしていた。

これからは、変われるだろうか?



 外に出る為の扉の前に着いたリュウは言った。


「あぁ、例え、俺が本気で1人の女性として愛していた姉さんでもだ……! 俺が本気になる為に、きっとあの人は生きてちゃいけないんだ。 ははっ、ひどいエゴだろう? どんなに憎まれたって文句は言わない。 どれだけ嫌われたって、構わない。 俺は色々と余計な事を理解しすぎてしまった。 もう……止まれないんだよ」


 自嘲を含んだ笑いの後振り返った彼は、本気だった。

一寸の迷いも感じられない目に、カイルは言った。


「多分、それは正しいんだろうな」


 カイルはそれを正しいと言った。


「いいや、俺が目指す世界の観点から言えば間違ってる」


 リュウは間違いだと言った。

それはどちらも正しい。

明確な答えなどないのだから、それぞれが正しい答えを持っていてもおかしくはない。


「俺は、今からミラを救いに行く」


 このセリフを発したのはカイルだ。


「……そうか」


 リュウはそれに否定を返さなかった。

ただ相槌を返しただけの彼に、カイルが言った。


「お前は逃げているだけだ」


 カイルは、彼が正しい道を進んでいると知っている。

間違った道から逃げるという事、それはどうしようもない程に正しい。

そんな正しい行動に対して批判の眼差しを向けた。



 扉を開けようとするカイルが現時点で判明していないデシアから救う手段を問われる事も、止められる事もなかった。

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