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51話

今回の話には少しショッキングなシーンがあります。

ここまで読んだ人なら問題ないかと思いますが一応注意として書かせてもらいました。

連れて行かれたのは、校内で唯一使われていない封鎖されていた区域の、ある教室だった。

更に隠し扉を抜け、その先の血に反応する隠し階段を使用して目的地前の廊下まで案内された。


 左右の床に白いぼんやりとした光が幾らかあり、その先にあるのは持ち手のない扉だけ。

そこからはもう随分と前の物である事が一目で分かる赤い液体が漏れ出ている。

少なくともマトモではない施設が待っている事はカイルにもすぐに理解出来た。


 歩き続ける中、何度か魔法が発動する。

恐らくは外に出る時用の清潔にする魔法。

それが判別出来たのは歩いている彼の背中にしかマトモな風が当たらなかったからだ。


 扉に手が届く範囲まで辿り着いた彼は、扉に手を触れ、魔法のオートロックを勝手に解除した。

当然これを悪用する事は容易で、それをあっさり使った事を知られればそれなりに何かありそうな物だが、本当に勝手に入ってこられたくないのであれば別の対策を用意しているはずだ。

覚悟を決めようとしたカイルに、問題ない事の証明になる許可が出た。


「何をしてる? 早く入れ」


「分かってる」


 声音は今までと比べて一層冷たく、それが今が非常時である事を彼に再認識させた。

中は視認できない様に防壁が存在しているが、これには人体の移動を阻害する効果はない。

その気になれば解除して中を確認してから入る事も出来たが彼はそうしなかった。

理由はそんな事に意味はないという事。

最初から逃げ場など、何処にもないのだから。


 真っ先に映ったのは、何か赤黒い物が付着した部屋の壁、をまとめて見ることを阻害する少女の姿。

その背後にリュウが立っている。

少女はカイルの知り合いで、椅子に手足を拘束されていた。

彼の家に居候しているナナだ。

情報が少ないせいで状況がまるで掴めない。

だが何か選べる程選択肢もなく、助ける余裕はない。

彼は切り捨てる覚悟を決めた、つもりでいた。



 ナナは一度控えめに口を開き、閉じ、もう一度開いた。

一度目は縦にも横にも中途半端な開き方で、二度目は横に大きく開いていた。

声を出さずに、カイルにのみ送られたメッセージを彼は正確に理解した。


 しかし彼女が伝えたのは1つの単語のみ。

何処から何処までがそうなのかが分からない。

彼女にも余裕がない状況なのも想像はつく以上、これ以上は期待出来ない。

そもそも彼女がこちら側に味方するメリットはそう多くない。

騙されているケースも考慮が必要になる。

結局、重要な部分は命を賭けながら知っていくしかないのだ。


「さて、何から話そうか」


「こんな無駄な事をしている余裕はあるのか?」


「余裕はある、それと無駄って訳じゃない」


「俺には無駄に見える」


 今出来る精一杯の抵抗には、時間稼ぎ程度の意味しかない事が分かっている。

ただ、決断を先延ばしにしようとしているだけだ。


「俺はお前に姉の暗殺を命じた、その意図は解るか?」


「さぁな、他人の考える事は分からん」


「本当にか? まあどちらでも構わないが。 気付いていたかもしれないが今回の件で俺はお前を試そうとしていた。 だがこのテストは無駄となった」


「それで?」


「俺はお前が本当に信頼出来るのか、それを知っておきたい」


 カイルにとって、リュウに逆らう行為はただの自殺でしかない。

しかし目線が変われば何もかもが変わる。

何かを得るには何かを捨てなければいけない場面は少なからず存在し、この状況は互いにとってそうだと言えた。


「洗脳か拷問でもするつもりか?」


 これは場に合わない冗談だった。

洗脳などカイル程の魔法使いには効果はない。

拷問に関しては訓練を散々受けている。

どちらが行われても、彼が情報を吐くことはない。

対する彼は真面目な顔で答えてみせた。


「いいや、ブレイスが行う物より効率的で、より意味のある訓練をダンテがお前に施しているだろうし意味はない」


 リュウはそう言ったが、カイルは彼女から拷問、洗脳訓練の様な物を受けた事はない

そもそも彼女は一度たりとしてカイルを傷付けようとしなかった。

あの時、彼が命を奪おうとした時でさえ。



「なら、どうする?」


「お前は俺の為に、本当に大事な場面で何かを捨てる事が出来るのか見定めさせてもらう」


 そう言ってリュウは、側に置いてあった注射器をナナに使った。


「何をした?」


「悪いがお前がこいつと繋がって、叛逆を企んでいるのは分かっている」


 意味不明な言葉と共に剣を抜いたのを見て、カイルは何も対処しようとはしなかった。

このケースにおいても、彼が行動する意味はない。

もしも本気でそう言われているのだとすればもう彼は既に死んでいる。

生きているという事はそうではないという事。

彼は冷静な口調で言った。


「分かりやすい嘘だな」


 もしもその場合自分を殺せばいいだけだと彼は思っていた。

しかしリュウはそれを否定する。


「はは、この程度じゃ騙されないか。 だが俺はお前という逸材を殺したくないんだ」


「だから、確かめる為にこんな状況を?」


「そうだ、お前が何処の誰とどう繋がっていようと俺は気にしない。 俺がお前を扱えると判断すればそれでいい」


 彼の意に沿わないと思われた時点で、死が待っている。

何処でどう嘘を付くべきか、何処まで本心を話すべきかカイルは必死に思考を巡らせる。

思考を始めてすぐに1つ、疑問が浮上した。


「ならこいつは何故ここにいる?」


 リュウがそれを無視して言った。


「始めようか」


 彼は小さな短剣でナナの腕を刺した。

そしてカイルの方へと視線を一度向け、もう一度反対側の腕を刺す。

油断していたナナは少し遅れて悲鳴を上げた。

彼女の涙が流れるまでに、右の太腿も貫かれた。

最後に、左の太腿。

元々赤味を帯びていた床が更に赤く染まり、彼女の服の赤い染みが広がる。

出血は多量ではないが、体の小さい彼女にとっては致命傷になる程の傷だった。


 まだ、怪我はカイルなら容易に治療出来る範囲だった。

わざわざ小さな短剣を用いていると言う事は殺す気は無いのかもしれない。

しかし、余りに非情な行いだ。

まだ歳が二桁に満ちたばかりの少女の四肢の自由を奪い、もう二度と使えなくなる恐怖を味わわせている。


 カイルは必死に現実から目を逸らしていた。

声を聞かない様に、心が折れない様に。


『お前のせいで、一人の少女が大変な目に合ってる』


 さぁどうすると言わんばかりに趣味の悪い笑みがカイルの脳裏に浮かんだ。

ここは何もしない事が正しい。

助けようとすれば共に死ぬ可能性がある。

この場面において行動を起こす事は、結局のところ偽善でしかないのだ。

自分の事だけを考えた偽善だ。

だから、彼は何もしない。


『痛覚を敏感にされている。 恐らくこの悲鳴は本物だ。 目を逸らして良いのか?』


 彼女は最初に演技だと言った。

ここから先は全て演技だと、そう言う事だ。

なら、自分は動くべきじゃないと、彼は考える。


 暫くして悲鳴の声が弱くなり、それを見たリュウが首に短剣を添えた。

その状況をただ、冷たい目で眺め続ける。

何も感じていない風に演技をするカイルに向いた怯えた視線が、ひどく胸に刺さる。

何もされていないのに、胸が張り裂けそうで、ただただ無力な自分が嫌で、仕方なくなる。


 次に感じた感情が怒りだった。

何に対しての怒りか、もう彼自身でさえ分からなくなってしまった。

それどころか、本当に怒りなのかさえ確信が持つ事が出来なくなった。


「こいつはここで死ぬ」


 そう言って、彼は短剣を持つ手を上げた。

ナナは息を呑み、避けようのない死に目を見開く。

カイルにとっては覚悟していた展開だ。

見捨てられなければ、それだけの覚悟を持たなければきっとダンテには追い付けない。

彼女はもう自分さえ捨てて遥か遠くへと進み続けている。

解っているはずの破滅に向かって戸惑いもせずに全力で向かっている。

もしもカイルが本気で彼女を救いたいなら、この程度の場面で取るべき行動を間違えられるはずがない。



 止まってくれと願いながら、振り下ろされるそれをただ傍観する……事が出来なかった。

脳天に落ちるより速く、その腕を掴む。

カイルは選択を間違えたと悟った、それと同時に死ぬ覚悟も出来た。

そのせいか妙に清々しい気分だった。

彼女を救いたいという想いは彼の心の大部分を未だに占めている。

その未来が閉ざされる選択をしたにも関わらず、不思議と悔いはなかった。



 次に発されたのは死の宣告ではなく、どこか安心した様な笑い声だった。

数秒間笑い終えてから彼は言った。


「今の目でお前の考え方が見えたよ」


「そうか」


殺される未来を回避する為の選択肢など存在しない。

後はただ、待つだけだとカイルはそう思っていた。


「俺はカイル、お前を信じるよ」


信じる、とはひどく愚かで無意味で、ブレイスとは無縁のはずの言葉だ。

それに、思わず聞き返す。


「信じる?」


「力はあっても他人の死を許容出来ない、その為だけに俺に逆らうその行動をした愚かさをだ。今のでお前は俺の脅威にならないことが分かったからな」


「俺は……元々、お前の脅威ではなかったはずだ」


「……今の俺には、誰が本当の味方で誰が敵か分からない」


「敵味方関係なく、全てを支配出来るだけの権力をお前は持っているだろう」


 リュウはまた、笑った。

もう場の空気は最初に比べれば随分と和やかな物だった。


「それは立場の違う者の意見だな。 俺には、結局力が足りないんだ。 何をやろうにも力が虚しい程に足りていない」


「あの」


 血だらけのナナが平然とした顔で言った。


「疑いが晴れたならもうそろそろ治療とかして欲しいんですけど」


そう言って小さく笑みを浮かべる。

年齢に合わない精神力は、この国基準で考えても飛び抜けていると考えられる。


「あぁ、呼んであるから安心しろ」


 リュウはそれに、当然とばかりに答えた。

演技はバレていたのだろう。

もしくは2人がグルだったのか。

それを考えたところで、何の意味もない。

知ったところでどうしようもないのだから。


「さて、お前に渡したい物がある」


 カイルは何かを受け取った。

確認してみると、小さなペンダントだった。

そこから、彼は自分の中にある反応と全く同じ物を感じた。

カイルの持つデシアの力が、そこには込められていて、それを、無意識の内に取り込んでしまった。


「これが、研究の成果だ」


 カイルはその言葉の意味をすぐに理解した。

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