49話
カイルの放った渾身の一撃はあっさりと避けられ、その男は何もなかったかのように言った。
「なので、何の心配もなくあなたは彼女を殺せる、それとも、何らかの思惑があるのなら逃げるのも良い」
「黙れ」
避けた先に二度剣先を飛ばし、離した左手から火の銃弾を放つ。
それらは全て、透明な壁に阻まれる。
『そいつにはお前じゃ勝てない』
カイルの中から脳内に直接声が響く。
戦闘中であるにも関わらず、意識が妙に高揚してしまう嫌な響きだ。
「ははは、俺の最終兵器ってやつを見せてやる」
彼は右手を胸の前に突き出す様にして笑った。
非常時以外は決して使わない様にしておこうと決めていた術なのだが、彼はこの時何故か妙に簡単に使用を決断してしまった。
それには彼の意思以外に、もう一つの要因が関係しているが、それに気付くには彼の意識は余りにも昂ぶりすぎていた。
「ほう、面白いですね」
後ろ手を組んだまま見守られながら、カイルは目を閉じた。
目を閉じると、雑念が湧き上がる。
ダンテに会いたい。
そしてもう一度、彼女と共に笑っていたい。
彼女の全てを愛したい。
「はは」
この状況に似合わないふとした想いに乾いた笑いが漏れる。
相手の実力がまるで見えていない状態でこんな事が思いついてしまうということは余程の実力者か、ただの馬鹿かになる。
その2択で言うならば彼は前者の部類に入る。
彼が魔力を自身の中心に集めて、それを圧縮しようとした時だった。
「あぁ、もう時間か」
カイルは自分から視線が外れたのを見て、その先を見る。
そもそも、ここにいるのは今3人だけで、ほかに近づいて来ている気配なども一切無く、その対象は悩む必要はないはずだった。
「なに、これ?」
白い光が嵐の様に吹き荒れて、それを引き起こしているミラは自身の膨大な魔力に戸惑っている。
光が吹き荒れる程に全く制御出来ていないのは彼女が魔法制御の手段を今まで必要としなかったからだ。
「頭から、声が……」
「その声はあなたの望みを叶えてくれます」
「本当に?」
ミラの目が希望を求める物に変わる。
「はい、あなたがそれに応えれば、争いを止める力でさえ容易に手に入る」
「迷う必要なんて……」
以前の彼女なら、こんな反応をしていただろうかとカイルはまた恐怖を感じた。
この力は異常だ。
性格を変えてしまうどころか、理性さえも奪っている。
ミラが一瞬カイルを見る。
殺してくれと頼んでいた様に彼には見えた。
「ないわ」
「俺は、俺は……」
彼が迷っている間に、決断してしまったらしく。
白い輝きは収まった。
同時に、信じられない程の圧力を感じるようになった。
ただ近くにいるいるだけで、心を圧迫されて今にも潰されそうなほどに、心細くなる。
「行かなきゃ、止めるために邪魔な奴は全部……」
どうすると言うのだろうか。
もしも殺す、と言うのであれば。
「行かせられない……」
その呟きに彼女は反応する。
飛んできた彼女が、宙から先に妙な穴が開いた剣を取り出し、斬りつけてくる。
カイルはそれを避けるのでは無く、力で弾き返そうとした。
キンと高い音を立て、吹き飛んだのはカイルだった。
続いて二度銃声。
それはミラの剣の先から放たれた物だ。
魔法を利用して発射された実弾を、彼は吹き飛びながら跳ね返して見せた。
「いたっ!」
胸に直撃したはずが、彼女は一度悲鳴を上げただけで一切傷を負うことはなかった。
「あ、もうあんまり時間ないですよ?」
「邪魔しないで、カイル」
「今あなたは冷静さを欠いています。 落ち着いてください」
「それでも! やらなきゃ、いけないのよ!」
カイルに視界から姿が消えたかと思えば、既に目の前にいた。
攻撃を全て受け流し、説得を続ける。
「今ここでいけば、あなたがやる事はきっとブレイスのやってきた事と同じだ! それじゃ、意味が……」
「私は知ったの。 力には力でしか抵抗出来ない。 耐えてればいつか変わってくれるだとか、いつか見返してやるとか、そんなの全部幻想でしかないっ!」
彼女の中で、何があったのか分からないが、カイルには確実にわかる事がある。
「あなたは必ず後悔する。 だから俺は、今だけはあなたの壁になってみせましょう」
「そう、じゃあ……さないと」
何を言ったのか、彼には聞こえなかった。
しかし、予想はつく。
「カイル、邪魔しないでよ」
2人の本格的な闘いが始まろうとした時、それを止めたのは、ミラに良く似た。
いや、彼女に似せて作られた。
「ダンテ……どうしてここに?」
「悪いけど、彼女には行ってもらう必要があるの。 彼女が力を証明する事で、デシアと言う力の評価は大きく変わるから」
「させる訳には……行かない」
「じゃあ少しだけ」
ダンテは妙な文字が書かれた札を取り出した。
カイルがそれに気づいた時には、もう既に札が彼の胸に貼られていた。
負けか、と認識すると懐かしい甘い優しい香りを味わう事が出来た。
落ち着かせてくれる恋人の匂い。
愛しい、守りたい人の肌。
しかし守るには彼女の存在は余りに遠すぎる。
抱き締められている程に近く、永遠に手が届かない程に遠い。
「なんで……」
カイルの頭が甘える様に項垂れる。
その先は女性特有の膨らみをしっかりと備えた胸元。
優しく撫でられて、安心してはいけないのに安心感が生まれてしまう。
そんな恋人達の一幕とは別に、争いの源が走り出す。
それを見届けたダンテはカイルの耳元に囁いた。
「カイル、あなたが知らない事を教えてあげる」
「彼女は争いを感知した。 兄さん達のいる場所で、私が兵を送り込んだんだけどね。 そんなところに今の彼女が現れたらどうなるでしょう?」
「間違いなく取り合いになる、な」
「えぇ、ブレイスの研究段階では人の形を保つ事すら困難なのが現状でしょう」
「俺に、何をさせるつもりだ?」
「やりたい様にしていいよ。 それが私の望みだから」
「なら、こんなことはもうやめてくれ」
「じゃあ止めてみて? 本気の私を力付くで屈服させて、もうやめろ、ずっと側にいろって言ってよ」
「でも出来ないでしょう? どうしてかわかる?」
カイルは決して弱くない。
正しい答えとしては彼女が圧倒的な程に強いからだ。
「俺が甘くて弱いからか?」
「ううん、あなたは優しくて強い。 だからきっと、私よりも強くなる。 さぁ、そろそろ始まる時間だよ」
彼女がそう言った瞬間、そう遠くない場所で魔力が爆発した。
音のない閃光が、カイルの視界を奪った。




