45話
「ねぇ、研究はどこまで進んだ?」
暗闇の僅かな光に照らされる金色の輝きと、光源の前の椅子に座る研究者らしき姿。
答えは研究者らしき者からではなくその奥から返ってきた。
それは中年男性の声だった。
「どれに関してだ?」
「全部」
「ふむ……ダンテよ」
「何?」
彼女は今いるのはこの世界の神と呼ばれる存在に現時点で最も近い地下施設だ。
彼らがここで研究しているのは神についてで、その存在を無力化する手段を研究している。
その理由は同じではなく、正反対だと言えるのだが無力化の必要性がある事には彼女が同意しているからこそ今もこうして協力関係を維持している。
「過去の犠牲の末の研究資料から分かっている以上のデータはない。 力の方に関してはまだ制御できていないが目処はついた」
「それで、協力者の方は?」
「お前が各地を荒らしている間に簡単に動き回る事が出来た。 この調子なら国家を形成する事も出来るだろう」
ダンテがブレイスを含む各地を荒らし回ったの理由は組織が動きやすくする為だけではない。
純粋に争いの種を植え付ける事も1つの大きな目標だ。
今やっているのは、互いに利益を求めるのであれば、争い潰し合うしかない未来を用意し、選ばせる為の準備期間に過ぎない。
仮に彼らがもう少し国家という存在を信用していたのなら、このような発想には至らなかっただろう。
しかし彼らは皆ダンテと同じで国の闇を見続けてきた者達だ。
そういう観点で考えていくなら自業自得と言われても否定する事は難しい。
「ところであの魔法を発動出来る者は本当にいるのか?」
「あの魔法? あぁ、いるよ。 けど教えられない」
「我々は存在するかさえ分からない奴を計画に組み込まなければいけないのか……?」
「仮に殺されて神を殺す計画が不可能なら、権限を手に入れれば良い。 そう言ったのはあなただったと思うけどね」
神の権限を乗っ取る。
それはダンテの最終目標の1つ前だ。
神という存在を殺せば世界は永遠に終わらなくなる。
しかし、乗っ取るだけであれば世界は正常に回り続け、やがて破滅の時を迎える。
その最後の時にただカイルが自分の隣に辿り着いていれば、彼女は勝つ事が出来る。
その際、どちらも生死は問わない。
ただ存在があれば良い。
「乗っ取る為の魔法はいつか完成するだろう。 だが制御出来る者が存在しない。 余りに条件が多すぎる。 一度試したお前なら分かるはずだ」
「そうね、普通にやれば不可能ね」
「お前が持つデシアの力を暴走させたとしても必要な魔力量は1/10にすら満たない。 ヒトという存在に可能な物じゃない」
「まあ、そこはいつか話すとして……暫くしたらブレイスに行かないといけないからその間は何も出来ないよ」
彼女には話すつもりなどなかった。
世界に存在する不可思議な力は魔法やデシアだけではないという事をわざわざ敵に教えてやる必要はない。
「待て、今行くことに意味はないだろう。 お前に無駄に危険を冒されるのは望ましくない」
「私の大切なヒトを護るために、行かなきゃいけないの」
「あのカイルとかいう男か……こちらに付くという話があったと聞いたがその気配は全くないようだな」
「うん、そうなると思ってた」
「……何故お前を裏切った奴を助けようとする?」
ダンテは頬を少しだけ赤に染めて笑いながら答えた。
「好きだから。 それ以上の理由なんて必要ないよ」
地上に出たダンテはまず周囲の警戒を始めた。
視線が通らないよう気をつけて決められたのだが、万が一にもこの場所だけは悟られてはならない。
彼らが死ぬのはどうでも良いが、一瞬であっても研究が止まって欲しくなかった。
近くに恐らく、グリセリー捜索任務中の小隊が幾らかある事に気付いた彼女はまだ実践で試したことのない新しい力を試してみる事にした。
連発出来る類の物ではないが、練習無しに本番というのも余り安心出来ない。
「これなんて名前なのかなぁ」
その力に名前はまだ無かった。
発動する為に彼女が最初に行ったのは自身の腕に傷を付けること。
それを腰のポケットから出した完全な白紙の紙で拭き取り、魔法で血を上手く整える。
魔法の気配と魔力の輝きが消えた後、明らかに魔法とは違う輝きが彼女を覆う。
デシアの力よりも黒く、禍々しい何か。
黒い鬼火が彼女の周囲を何度も廻り、消えたかと思えば彼女の体には変化が訪れていた。
次の瞬間、彼女は動いていないにも関わらず、付近100メートルの範囲にいた小隊全てがその一生の終わりを迎えた。
皆身体は生きているが心は死んでいた。
一切抵抗する術を持たない彼らには身体が生命活動を停止した後でさえ何も感じる事が出来なかった。
「あはは、代償が辛いかなぁ」
その力の発動の為に死んだ者は千を超えていた。
この能力は次の世界で少し変化して呪いと呼ばれる事になる。




