43話
2人がお互いの体温を求め続ける間に、もう屋敷内は睡眠時間となっていたが、どちらもまだ把握していなかった。
自分達が見られて恥ずかしい状況である事にだけ気付いていて、少し気まずい雰囲気になっていた。
ミラの顔が少し赤味を帯び、少し目に怒りが宿る。
「もう! 理不尽じゃない?」
「何が、ですか?」
「その……私だけが、、言わせないでよ!」
カイルが怒られた事に理不尽を感じていると、それを察知され、また怒られてしまう。
「あ、なんで怒られたとか思ってるでしょ!」
「それは……」
当たり前じゃないかと出そうになるのを抑え込んだカイルは賞賛の言葉を浴びて当然なほどの精神力を発揮していた。
「まあ、良いけど」
許された事にホッとすると同時にどこか納得いかない気持ちを抱えながらカイルはお礼を言う。
「…………それで」
「うん」
「さっきの話ですけど、やっぱり答えは返せません」
明確な否定を返さなかったのは相手と立場が違うからで、カイルの頭はミラに付くべきではないという正しい結論を出していた。
少し残念そうな顔に、彼は申し訳無く思う。
「そっか、でも気にしないでね」
彼女が本気で争いを止めたいのなら、その計画を企んだ事を知ったカイルを今すぐ殺すか監禁、もしくは洗脳する必要がある。
しかし、その気配はない。
これから確実に取り込める自信があるのか、それとも本当に脳内お花畑なお嬢様なのか。
ブレイスで生きたからには、この国について知っている。
だからこそ何も行動を起こせないのであれば、彼女についたとしても待っているのは破滅するだけの未来だ。
仮に、彼女自身がカイルを殺そうと行動を起こしたのであれば、対応出来る自身が彼にはある。
これまでの時間だけで彼女の力量と、屋敷内の戦力は把握出来た。
そうでなければ無駄に要求されていない望まれない答えを返したりなどしない。
カイルが彼女の争いを止めたいという考えにどれだけ同調していようと、この国はそれを認めない。
それがこの世界の全てだ。
「やはり、あなたは優しい」
「え、どうしたの?」
目をパチパチとさせて困惑しているのを見て、まずカイルが思ったのは隙だらけだ、という事だ。
このリビングには魔法の生体認証システムがあるのですぐにバレてしまうが、殺そうと思えば簡単だった。
「あなたは俺を脅迫すべきだ。 殺せないなら、せめてそうしなければいけない」
ミラに言った言葉が自分の胸に刺さる。
同じ経験があるからこそ、出来なかった気持ちがわかる。
自分の様になって欲しくないからこそ言った。
そしてそれは自分の不幸を呼ぶ行為だ。
それに、カイルは孤独感と何故か微かな幸福を感じた。
「どうして……?」
「言わなくても、分かるはずです」
「私は、そんな事したくない」
「したくないで、済むのなら」
カイルは俺だってこんな任務したくないと言いたかった。
言えるはずないセリフだが、言って楽になりたかった。
「私はそんな事したくないから、説得しようとしているの」
「不可能です」
「可能性は低い、かもね。 でも、諦めたら終わりだよ。 あなたの恋人のように」
言われた意味を考えてみる。
諦めたら終わり。
カイルの恋人。
それは、カイルが諦めたら、ダンテが終わりなのか、それとも既にダンテが諦めたという事なのか。
彼は決して救う事を諦めてなどいない。
何処かに可能性があると今も見えない光を求め続けている。
それからも、彼は暫く考えた。
そしてミラはそれをじっと待ってくれた。
もう余計な事を出来ないように可能性をほぼ全て閉ざされているはずのミラと違い、ダンテはまだ生きている。
国さえ圧倒出来る力を持っている以上、まだ交渉の余地はある。
そう考えれば、比較的未来は明るいような気さえした。
「俺は、まだ諦めない」
会話の前後を繋げても全く意味が通らない。
しかし彼女は戸惑う事なく言った。
「私も諦めない。 いっぱいやりたい事があるし、家族とか友達と遊んでみたい」
「目標は違いますが、互いに叶えば良いですね」
「そうだね」
その言葉に、ミラはカイルと出会ってから一番の笑顔を見せた。
次に優しい笑みと共に言った。
「もう時間的にもみんな寝てるし、そろそろ私達も寝よっか」
ソファに座って、横をポンと一度だけ叩く。
座れという意図は理解出来た。
座る事は正しい行動ではない事も分かっていた。
睡眠中は誰もが無防備で、寝る前に何かしらの暗殺対策の魔法を使うのが出先の睡眠における基本だが触れ合うほど近くに他人がいると、完全な効果を発揮しづらい物ばかりだ。
特にカイルが普段睡眠時に着用する非常時に発動する護符を各部位に付けた寝間着は、どれもも魔力供給時点で、3メートル以内に存在する者に効力を発揮しない。
不自然に離れるのは意図を察知されてしまう。
しかし、これまでのミラの言動を嘘でないと考え、彼女が無闇に危害を加えるような人ではないと信じることにしたカイルは、何も言わずに従う事にした。
程なくしてコツンと音を立てて黒い髪と金の髪が絵画を描いているかのように入り乱れていた。
このペースだと今年中に作品が終わるか怪しい……




