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42話

Merry Christmas

「改めてこれから宜しくお願いしますね、カイルさん」


 屋敷の扉の前で、金の髪がふわりと舞う。

もう一度映った顔は、やはりカイルの恋人、婚約者の物に酷く似ている。

だが、余計な事を考えていられない。

不信感を抱かれれば何もかも終わりだ。


「ミラさん、でしたね。 宜しくお願いします」


 彼女は、間違いなくカイルの過去を知っている。

研究の実験体であり、ブレイスの養子候補へと抜擢され同じ境遇の者を皆殺しにしたという最悪の過去だ。

仕方のない事だと、理解してもらえたとしても、大抵の場合本心ではそういう人間だと思われるものだ。

まずは自分は有害の存在ではないとアピールする必要がある。

そう考えて、何か話をしてみようと思った矢先。


「中に入りましょうか」


「え、あ……はい」


 言われるがまま、開けてもらった扉へとミラに続く。

暗めの赤をベースとして端部分のみが黄土色で構成されている絨毯が道を示してくれる。

少し進んで十字路となった先が、左右は階段で二階へと繋がっている。

カイルが案内されるのは中央のリビングらしき部屋だ。


「まず、簡単に間取りを説明させてもらうけどここがリビングね。 こっちの通路を暫く先に進んだら食堂に着いて、この扉の先の部屋が来客用の部屋。 案内する時はここを通らないでね」


 そう言って、人が来ることなんてないんだけどと恥ずかしそうに笑う。



 そうして暫く案内が続いた。

カイルがこれから住む部屋も教えてもらった。

1人部屋だが、つい先日まで人が住んでいたと思われる程に丁寧に掃除されていて、トイレ風呂等も完備とこの国の一護衛に対する待遇ではない。

次が最後の案内になる。

今回の任務において、最重要な情報だ。


「ここが私の部屋」


 部屋の前には、屈強な男が2人見張りをしていた。

武器を持っていないだけでなく、周辺にそれらしき物は存在しない。

ここだけは扉もしっかりと、魔法を通さない天然の純粋な金属で出来ているが、それ以外の部分は普通の合成金属だった。

そもそも天然の純粋な金属は高い需要に対して数が少なく、入手が困難だが、それでも金をかければ部屋を覆う程度はブレイスの者であれば容易なはずだった。


 需要が高い理由として、まずは魔法をほとんど通さない事だ。

周囲の魔法をある程度無力化してしまうので、身につける事は無いと言っていいが、防壁などにはよく使用されている。

一般的に魔力を混ぜて精製された金属では魔法に対する耐性は決して高くなく、後から魔法的なコーティングを施している。

それなら純粋な金属を精製すれば良い、という話になるのだが、それは不可能だ。

何故ならば、溶かす為には火の魔法が必要で、そうすれば魔力の介入は避けられない。


 そういった影響で、現時点では元々地下に存在する純粋金属を直接純粋な金属で加工する他に金属製品を作成する手段はない。


「分かりました」


「あ、乙女の秘密もあるから入る時はちゃんとノックしてくださいね」


「分かりました」


 二度目の了解を返したカイルはまた、リビングへと連れられていった。

リビングでは、初老の男性が待っていた。

その瞳の奥には、明確な警戒心が姿を潜めている。


「ごめん、席を外してくれる?」


何故? と思っても、口にはしない。

言ったところで、意味はない。

何もせずともこれから分かる事だ。



「私は、今の状況が良くないと思うの。 あなたの事はダンテからよく聞いてたよ」


「……どういう事でしょうか」


 これは惚けたのではなく、何が言いたいのかが分からなかったからこう言った反応を返す結果となった。


「最初は少し怖いところもあったけど、少しずつ心を開いてくれるようになって、自分にはない優しさを持ってるって、何度も言ってた。 自分の事の様に嬉しそうにね」


 それを語る彼女は楽しそうで、嬉しそうだった。


「そのダンテはもう……」


「私は、あの子なら負けないって信じてるから、あなたも信じてあげて」


 そんな精神論でどうにかなるのなら、もうとっくに運用する為の技術が確立されている。

されていないから彼女は狂ったのだ。

そんな状態で実験したせいでこうなった。

何も知らない奴の無責任な言葉に、カイルは強い苛立ちを覚えた。


「それでどうにかなるなら、アイツはあんなことをしない」


「どうにかなるの。 私が保証する。 あの子を信じてあげて」


 何故そんなことが言えるのか。

先程芽生えた怒りが、殺意へと変わりかけたその瞬間。


「私とあの子は歳は違うけど同じ遺伝子で、同じ力を植え付けられてほとんど同じ境遇で育ったから」


 その言葉は希望だった。

カイルの瞳が、救いを求める様な物に変わる。

それを見てミラが優しく笑った。


「本当に、あの子が好きなんだね」


「……俺は、アイツがいなければ今頃……」


「言わなくて良いよ。 その想いは、あの子に会った時伝えてあげて」


「………………はい」


 そっと彼の頭に触れた慈悲が、虚しさや、苛立ち、悲しみの一部を溶かす。

ほんの少し、肩の力が抜け、気が楽になる。

楽観的に考えて良い状況ではない事など、分かっていて気を抜いてしまった。

これは同性では、決して成し得なかった事だ。

彼女がいなければ、この任務は生まれなかったが彼女がいなければ、複雑な感情を忘れられる時間は存在しなかった。

何故、このような事をしたのかという疑いすら感じない程に、その心には一時的な安寧が訪れた。


「私は、昔から家族みんなが争い合う姿を見てきた。 私は期待されていなかったから当時は危険度が低いとされていた実験で力を注入されたけど、戦闘能力には変化無し、ただし実験の価値はありって結論が出ちゃったんだよね」


「あ、私の事はどうでもいいかな。 私はリュウの事を大切な弟だと思ってるし、他のみんなも家族だと思ってる」


「それで、どうすると?」


「争いを止めたい。 だけど、私一人じゃ無理だった。 リュウに信頼されているあなたの力を借りたいの」


 笑える程に面白い提案だった。

争いをスムーズに進める為に暗殺を頼まれたはずが、今はその暗殺対象から争いを止めろと頼まれた。

これが笑劇でないのなら、何と呼べば良いのか。


 真剣な声音と表情は彼女こそが本当に頂点に立つべきなのだろうとカイルに思わせる程の雰囲気を伴っている。

しかし、彼にはそれを手伝うだけの力がない

個人では権力には抗えない。

だが、はっきりと断ることも出来なかった。


「答えはいつでもいいよ。 ダンテを助けるために必要な情報は私が知ってる範囲でなら話せるし、手伝いたいと思ってるの」


「そちらの望みを聞かせてください」


「望み? えぇと、じゃあ少しだけこっちに来てもらってもいい?」


 上目遣いと共に、そう言われてカイルは一歩近寄った。

胸元にゆっくりと伝わる弱い衝撃。

金髪が、目の前にあった。

息の音が聞こえる距離で、落ち着こうと深呼吸しているのが聴覚だけでも、視覚だけでも理解出来る。

落ち着いて、下を見ると、彼女の瞳から、一粒の雫が溢れている事に気が付く。

よく見れば肩が小刻みに揺れている。

そこから悟った感情は恐怖。


 彼女も、きっと何かに怯えて生きている。

カイルはただ、昔ダンテがしてくれた様に子供を泣き止ませる様に優しく抱き締めた。

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