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41話

「遅かったですね」


 帰ると、ナナが家の前の二段しかない階段に座っていた。

あと数分で未明を超える程度には、遅い時間で成長を考えると子供が起きていていい時間ではない。

夜更かしは体にも、精神にも悪く、大人でも何一つメリットが存在しない。

彼女を教育したのは誰だろうか、なんてカイルは思った。


「子供は寝る時間だぞ」


「だってまた何日も帰ってこないのかなぁとか思うとお腹が空いちゃって」


「ガキかよ、ご飯くらい……」


 そういえば、ガキだったなと思い、言おうとしていた台詞を思い留まった。

次に発したのは、予定していたものではない言葉だった。


「遅いが、また2日後から、暫く帰れなくなりそうだからな。 今から簡単に何か作ってやる」


 返ってきたのは喜びや、心配では無く呆れながらの不満だった。

それにカイルもまた呆れを返す事となる。


「またですか、私あなたほど料理上手くないのでやりたくないんですが」


「それじゃ、お嫁に行けないぞ」


 苦笑と共にカイルはそう言って、家の扉に手を掛けた。


「はぁ、女の子に酷いこと言いますね」


 そんな事を言いながら、カイルの腰を掴む。

引き摺られながら進む彼女の表情は、笑顔と呼べるものではなかった。





「この任務が終われば、情報を1つ提供してやろう」


 学校よりも大きな屋敷の前。

煌びやかな装飾に、噴水や花畑など、ブレイスにしては、無駄な要素が多く派手な屋敷だった。

攻められた際の防衛力は決して高いとは言えない上、屋敷自体も、少し魔法で攻撃すれば簡単に破壊出来てしまいそうなレベルの結界が2重に貼られているだけだった。

他に付け足すとすれば、見張り台が屋敷の頂点に存在しているぐらいだが、誰もそこにいない。

最初から戦闘を考慮していない作りになっているのは明らかだった。


 カイルがブレイスの要人がこの程度なのかと拍子抜けなイメージを抱いたのも無理はなく、これはカイルの家に常時貼られている結界よりも、効力は弱い。

最早無意味と言っても良いほどだった。


「情報? なんだそれ」


「お前の求めている物だ」


「は、勿体ぶらず言えよ」


「お前の知らないダンテの過去だよ」


 気にならない、といえば嘘になる。

しかしこういったプラス要素には大抵裏がある。

何の理由もなく状況が好転する事など有り得ない。

彼にとって明確な利点があるはずだ。

カイルは目を半分程閉じて、警戒を露わにした。


「俺の知らない……ねぇ。 今更俺が興味を持つと思うか?」


「思うさ。 お前はまだアイツを捨てられない。 あっち側はどうか知らないがな」


「……何故俺がアイツを救わなきゃならない?」


「救わなきゃならないなんて言ってない。 それはお前が救いたいと思ってるから出た言葉じゃないのか、なんてな。 ミヤが言ってたよ。 お前はこの時代で人を救おうとする良い奴だって」


「冗談か、嘘だろ」


「はは、嘘で俺に剣まで向けてくるかよ」


 カイルの知らないところで、何か起こっていたらしいが今更知った所で、どうしようもない事だ。

それでも、何故そんな事を、という疑問を声にせず黙り続ける事は出来なかった。


「何があった?」


「力のあるお前を放置しておくわけにはいかない。 殺すか、拘束、従属させるかを考えていた。」


「俺はお前達に昔から従属してるだろう」


「ははは、本気で従属してる奴は力を隠したりなんてしないよ」


「……それで?」


「その話をした時アイツはお前のことは信じられる奴だと言った。 笑ったよ。 自分の親に売られ、数年前は自分を変えてくれた婚約者さえ信じ切れなかったアイツが一年にも満たない期間であんな顔をするようになるとは思わなかった」


 そう語るリュウの顔は嫉妬が微かに潜んでいた。

続けて彼は言った。


「そして、仲間の為に命を賭けるとまで言った。 そこで俺は仲間とは何か考えてみたよ。 だが分からなかった。 当然意味は分かる。 だが命を賭ける物なのか? それは本当に仲間か? ただの足手まといじゃないのか? と、俺には否定する事しか出来ない、だからこそ」


 リュウは、空を見つめていた。

どこか寂しげに、自信なさげに笑った。


「嫉妬したよ。 正直な」


 これほど、内面を見せてくる理由とは何か、それこそがカイルにとっての最大の疑問だったがあえて彼は正直に答える事にした。


「なら」


 しかしリュウは聞かずして否定した。


「それ以上言うなよ、俺はそうなる気は無いし、なれない。 立場的にも、俺という存在的にもだ」


「それで良いのか?」


「あぁ、構わない。 余計な事を望んだ先に待っているのは破滅だ。 俺にはこの国でこれから先も戦って行く使命がある」


 話す意味がない事など、分かっていた。

それよりは、これからの事を話す方が建設的だ。


「そうか。 で、これからどうすればいい?」


「暗殺のタイミング、手段は任せる。 それと、必要なら暗器の類は現地調達で頼む」


 ミヤから聞いた護衛としての潜入、と言う部分を話していいのか迷っていると、ちょうどその話になる。


「任務は暗殺だが奴はそれなりに慕われていて、警戒も強い。 護衛は休暇や、怪我を合わせて今はかなり減っているが、安全を監視している者は少なくない」


「そこで俺が護衛という形で入り込む、と?」


「そうだ。 奴は道具無しで一方的にだが、魔法通信が可能だ。 面倒になる前に不意をついて一瞬で仕留めろ」


「……ところで、ずっと気になってたんだが、周囲に複数いる奴らは一体なんだ?」


 カイルは周囲のカラフルな店の見物を装って視線を彷徨わせた。

それで伝わったらしく、リュウが答える。


「用意したのは俺じゃない、多分怪しい奴らはいないか見張ってるだけだな。 恐らく奴の部下ではないのが厄介なところだ」


 外での暗殺が難しいことが分かったが、実質的な監禁状態にあるとカイルは既に知っていた以上、最初から外は選択肢になかった。



「これで証拠を残さず、と言うことは魔法も厳しいな。 全員まとめて殺した方が早いんじゃないか?」


「ここは俺の敷地内だ、今他の権力者の人間を大量に殺すのは俺の問題になる。 だが奴1人であれば、他にいくらでも罪をなすりつけられる」


「一番怪しいのはお前だろう」


「いや、今俺達が最も警戒しているのはグリセリーだ。 ダンテ1人なら、事は簡単に収まっていたが実際は他にも面倒なのが幾らかいるからな」


「他の奴らはまずそっちに目を向けると?」


 考えとしては適当な物に思えたが、決して悪い案だとカイルは思わない。

状況にもよるが、緻密すぎる作戦はどうにも柔軟性に欠ける。

今は絡みそうな要因が多すぎて、どう世界が動くか分からない状況だ。

だからこれは少なくとも間違いではないはずだ。


「あぁ。 俺がそうなる様に仕組む。 だから、お前には失敗される訳にはいかない」


「分かってる」


 失敗すれば、死ぬだけだ。

暗殺が成功しても、死ぬ可能性がある。

慎重に動きたいが、タイムリミットが存在している以上は慎重過ぎてもダメだ。


 リュウが魔法通信で、一言話すと、門が開き、そのまま敷地内へと入る。

カイルの二倍近い高さがありそうな扉が開き、現れた少女。

金の髪に、赤と青のオッドアイ。

髪は肩まで真っ直ぐに伸ばしている。

彼はただ、そのひどく見覚えのある容姿に驚嘆を漏らし、ある事を願う事しか出来なかった。


「ダンテ……?」


 彼女の容姿は、片方の目を除いて、ダンテと酷似していて、ダンテがカラーコンタクトでもした様にしか見えなかった。


「違う、ダンテじゃない。 アイツの顔はもう少し幼いだろう」


 言われて見れば、そうかもしれないと少し、カイルは冷静さを取り戻した。


 リュウと共に彼女の元まで歩いて行くと、彼女は優雅に一礼して言った。


「初めまして、ミラと申します。 カイルさんですね」


 だが、優雅さの中に垣間見えた仕草も、声もダンテに似ていて、到底別人だとは思えなかった。


「初、めまして」


 動揺を悟らせない様にするので精一杯だったカイルに、ミラは笑いかけて来る。

それがまた、ダンテとの記憶を刺激する。

彼女がダンテに似ていると知っていて、依頼したのだとすれば、これはきっと、テストだ。

カイルが本当にブレイスに従うかどうか、見極めたがっている。

ミラも知っているのだとすれば、彼女を殺す素振りを見せるだけで良いが、もしも知らなければ。


 ダンテに酷似した彼女を殺す必要がある。

どんなに辛くても、現実からは死ぬ以外の手段で逃げる事は不可能だ。

それに、ダンテを救える可能性が少しでも開けるのならば、やる価値はあると思えた。



「リュウ、本当に一時的にとは言えあなたの護衛を貰っても良いのかしら」


 ダメだと、言ってほしかった。

だがそんな回答があり得ない事は良く知っている。

世界はそう都合良く動いてくれるほど優しくない。

カイルは何でも救えるスーパーマンではないし、そんな力が都合良く与えられる世界など存在しない。

だから、何をどうすべきかも、分かりきっているはずの答えも、無理やり理屈付けて、納得する為に導き出さなければいけない。


「えぇ、姉さんの護衛が回復するまでなら、大した問題はありません」


 こうして、カイルにとって初の暗殺任務が始まってしまった。

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