4話
やる事は単純、始まる前に降参するだけだ。
瞳に勝利の確信を滲ませた女子生徒と向かい合う。
「すみません、勝てないので降参します」
「は、あんた……」
試験担当の教師が遮る。
「降参は認められていない」
そこで予定通りミヤが言う。
「あ、そいつの降参認めてあげてもらえないかな」
「ミヤ様!?」
女子生徒が悲鳴のような声を上げる。
動揺を隠しきれない教師が言う。
「な、何故ですか?」
「いやぁ、そいつあまりに実力がないからって始まる前に殺されたくないって僕に頼んできたんだよね」
相当の注目を集めていたらしく、各地で失笑が沸く。
そして、罵詈雑言。
カイルは、その、全てを聞き流す。
ミヤが口を開く、暴言が止む。
「あ、そいつ評価は最低で良いよ。 そっちの子は多分総合評価52が妥当だよ。 必要なら各項目も僕が埋めるしさ」
「分かり……ました」
渋々と言った様子で納得を示す。
女子生徒の方は反対に嬉しそうだ。
「じゃあ、一つ除いて始めようよ」
ミヤのその声で、また試験は再開される。
「ありがとな」
「ん、あぁ」
カイルのお礼よりも、今彼の意識は別に向かっていた。
こちらに向かってきている、ノアの方へだ。
彼がいなければ基本的カイルのイジメは起こらないと言っても良いほどの面倒な人物だ。
「ミヤ、何故こんなことを?」
「だって下手したら彼死んじゃうかもじゃん?」
「こいつは体だけは丈夫なんだよ、気にする必要は」
「なんで、彼をあの場に出させたがってるの?」
「……クソが、お前。 何のつもりだよ」
ノアが少し苛立ちを見せ始める。
それに、ミヤが言う。
「彼のレベルじゃあの子と戦えば死ぬ可能性があった」
「そんな奴……いくらでもいるだろうが」
「危険度が違う」
「何故お前がそいつを庇う? いや、まあ良い」
それ以上は何も言わなかった。
ノアが去った後、ミヤが呟く。
「まあ、こうなるのは分かってた」
「本当に面倒事を起こしてでも死が見たくなかったのか?」
「いやいや、面倒1つで命が救われるなら、アリでしょ」
その考え方は、カイルには彼がブレイスの中で本当に育ったのかと疑問を抱かせる物だった。
人の死など散々見て、殺した、はずなのだ。
「そうか」
だが、ミヤが何を思おうとカイルには関係のない事だった。
その思考がどうとか議論する必要はないのだ。
ミヤが動く。
自分の番が来たのだ。
喜びや悔しさを表す声が消え、静まり返る。
皆が校内トップクラスの実力を持つ彼に注目していた。
やはり、勝負はすぐに決着がついた。
圧倒的な魔法力で相手の魔法発動を一切許さず怪我1つさせずに簡単に審判に勝利を認めさせたのだ。
黄色い歓声が飛び交う。
実力だけでなく容姿の面においてもトップクラスで女子生徒からの人気は凄まじい。
同時に行われていた試験の当事者達が一旦戦闘を止めた程の大きな歓声だった。
カイルは戻って来たミヤに皮肉っぽく言ってみる。
「凄い人気だな」
「そう?」
何もかも優秀な彼にとってはこれが当たり前なのだろう、何かあったのかとばかりに首を傾げる。
「そういえば、君ユウカちゃんに酷い事言ったんだってね」
「あぁ、噂になってるのか」
「なってるなってる、余裕でもうみんな知ってるんじゃないかなぁ」
カイルには彼女が言ったのか周囲の人間に会話を聞かれていたのかまでは分からない、それに、大して重要なことでもない。
「で、その酷い奴にずっと仲良さげに喋ってて良いのか。 評判が悪くなるだろ」
「心配されなくてもそこら辺ぐらいちゃんとしてるよ」
「そうか」
このエリート様はどうやらそう言ったところにもしっかり気配りが出来るらしい、とカイルは感心する。
「それにしても」
「ん、なに?」
「お前友達いなさそうだな」
「それ、人の事言えないでしょ」
「確かに、そうだな」
「認めちゃうんだ」
友達がいないのは事実だった、それに否定する意味もない。
「事実だからな、俺なんかに構う奴はいない」
「うーん、絡んでくる奴を全部自分から遠ざけてる様に見えるけどねぇ」
これも、正しい。
彼はそう見える様に意図したのだから。
「で、いつまで俺に絡むつもりだよ。 流石に注目が集まってる」
「あれ? 気を使ってくれてる?」
「いや、鬱陶しい」
「それはヒドくないかな」
「あぁ、ヒドイ、だからどっか行け」
それに、意外と素直に頷き、歓迎の眼差しを受けながら皆の中心へと向かって行く。
「はいはい、わかったよ」
「さて、これは本当に通るのか……疑問だな」
呟いて、静まり返った周囲の異変に気付く。
「ん」
見れば、テストは終わったらしい。
やっと終わりかと息を吐こうとすると。
「ブレイス・カイルは残れ、話がある。 それ以外は帰っていい」
楽をしたカイルにはあからさまな厄介事が降りかかってきた。
今の声には音を広範囲に届ける魔法が使われていた
それだけでミヤと同格、それ以上の実力者だと分かる。
クラスメイト達は皆すぐに帰り始める。
流石に、今の場で陰口を叩く様な馬鹿はいない。
「何したんだよ」
ミヤが聞いてくるが無視する。
そのまま去ったのを感じ取って、声の発生源を魔法を利用して突き止めようとする。
が、対象が隠れていた訳ではなかった事もありすぐに見つかる。
場所はカイルから遠く離れた、本来試験管理の教師がいるはずの全体を見渡す事が出来る盛り上がった地。
そこには最初誰もいなかった。
終わるタイミングを見計らって来たのだと彼は推測する。
怜悧さを感じさせる瞳に黒い短髪、同じ制服を纏う男が立っていた。
体はカイルと比べると少し大きい。
「お前に聞きたい事がある」
「はい」
「お前の婚約者、ダンテについてだ」
何故今更……と思うが今は目の前の問答に集中する。
「失踪した彼女の行方が分かったのでしょうか?」
期待を滲ませてその男を見る演技をする。
カイルには彼が誰なのか心当たりがあった。
「いや、彼女は見つかっていない」
「そう……ですか」
落胆を肩を落とす事で表現する。
あえて、何か質問が来る前に続ける。
「では」
「俺は聞きたい事があると言った」
これで、少し無能な印象がついたはずだ。
ダンテが消えてからついた監視が消えてくれれば良いのだが……とカイルは考える。
それ以上はもう何も言わずに次を待つ。
「お前は、あいつと繋がっているのか?」
「……いいえ」
「今の間はなんだ?」
「申しわ」
「謝罪は要らない、答えろ」
考える暇を与えたくないのだろう。
疑われているのかもしれない。
もしそうなら答えを間違えれば殺されるだろう。
そういう奴らの集まりがブレイスだ。
それはカイルでなくともこの国で魔法を学ぶ者は皆良く知っている。
「咄嗟の疑いに思わず動揺してしまいました」
「ふむ」
考え込む様なポーズを取ってカイルを見つめてくる。
「ダンテらしき人物の目撃情報があった」
「それは……事実ですか?」
信じない。
揺さぶりをかけてきている可能性が高い、無駄な反応をしない様にカイルは期待したがる心を全力で抑える。
「ダンテがお前と会ったという情報も、聞いている」
「え?」
「お前がヒトを殺したとかいう情報も生徒達の間で出回っている」
「そんなことは」
「していないだろうな、だが信じない」
「何故……ですか? 私には殺すだけの力なんて」
「それも信じない、だが1つだけお前に言っておいてやろう」
「ダンテはブレイスを裏切った」
「え」
既に知っていることに、全力で驚いてみせる。
「今の反応、嘘じゃないとすれば」
これはカイルには聞き取れない声量だった。
「え?」
「お前は、本当に小心者で弱いのか?」
蔑む様な視線ではなく、純粋な疑問だけを持つ視線に見えた。
その視線を、少しショックを受けた様な、真面目な表情で受ける。
「ふむ、もう帰って良いぞ」
どうやら、今の行動は少なくとも間違いではなかったらしい。
心の中で安心した直後。
「そう、言うとでも思ったか?」
背後から何かが迫る。
明確に殺意を孕んだ、殺すための魔法。
だが、回避しても、意味がない。
本気で敵だと思われたならその時点で彼の負けは決しているのだ。
試されている可能性に縋るしかなかった。
ただ、祈る。
本気でない事を。
「なんだ、本当に遅いな」
後から生まれた障壁に何かの攻撃魔法が消えたのが見えていない彼にも感覚的に理解出来た。
目に驚愕を滲ませながら振り向き、全く反応出来なかった彼を見下す瞳に、言った。
「俺には皆と並ぶ程の魔力なんて、ありませんよ」
「それはお前が鍛錬を怠ったからだろう」
「はは……」
気の弱そうな、誰かに合わせるような笑み。
それに、呆れた様な視線が向けられる。
「ま、帰れよ」
「もう、次はやめてくださいよ」
「行け」
これ以上会話をする気はない事が明白で、大人しく教室へと戻る。
「助かった……か」
見えなくなったところで、カイルはそう呟いた。