38話
「久しぶりですね」
リュウが敬語で喋り、にこやかに笑いかける。
しかし雰囲気は全く明るくはならなかった。
重苦しい雰囲気を作り出すのは黒のテーブルを中心に、向かい合う様にして座っている5人。
それぞれが背後に護衛らしき者を連れていて、先程見たばかりのカムの姿もそこにあった。
「リュウ、そちらは?」
男女比は3:2、女2人の内の1人がカイルを見て言った。
その結果、少しだけ場の空気が柔らかくなる。
「俺の護衛です」
カイルに皆の意識が集中すると、カムが自身の主に何かを耳打ちしていた。
この場で問うのは愚策かと思い、何も言わずに自己紹介した。
「カイルです、宜しくお願いします」
「……悪くない」
男の1人が言うと、また別の男が頷く。
魔法戦闘の技術に関しては、風貌を見ただけで分かる事は決して多くない。
彼らは一目で魔力の質を理解し、カイルの素質が低くないと悟った。
それが出来るのは、一般的な魔法使いのレベルではない事の証明であり、最低でも2人は魔法研究においても高度な知識を持ち合わせている事が確定した事になる。
他のメンバーが反応を見せていないだけという線まで考慮すれば、この場で気を抜ける時間は一切ないだろう。
自己紹介が挟まったりなどなく、誰の名前も知らないカイルを無視して話は進む。
「護衛といえば、リュウ」
リュウと比べて、年がある程度離れて見える男だった。
彼は今の口を開ける瞬間まで何の反応も示さなかった。
部屋に入った瞬間、カイルが最も危険な人物だと直感した敵の存在だ。
話しかけられたリュウは座ってから、相槌を返した。
「はい」
「ノアはどうした? アイツは能力はそこのに比べて、低いが勤勉で悪くない素質を持っていたはずだ」
言い切るとその瞳から、殺意が溢れ出す。
場の空気は全く変わらない。
今にも立ち上がり、剣を抜きそうな様子に誰も怖気付く事はない。
カイルを除く全員が慣れっこと言った様子だった。
「アイツって今研究中のあの力を取り込んで制御出来なくなって暴れたとか聞いたけどな」
カムの主人である男がニヤリと笑って答えを求める。
それに、貼り付けた様な笑顔で答える。
「殺しましたよ」
カイルはノアが生きている事を知っている。
もう危険性は低いとは言え、問題を起こした彼が外に出る事を禁じられている事は容易に推測出来る。
そして、カイルも今彼と同レベルで危険な立場にある。
発覚すればすぐに殺されるだろう。
何と言ってもデシアの力を持っている事をミヤ達を除いて誰もいないのだ。
何としても隠し通す必要があるな、と自身の立場を再認識してこれからの普段の行動について考える。
「本当に?」
考え事をしていたカイルはねっとりとした声に思わず不快感を表に出してしまいそうになったがなんとか留まった。
「生かしておく必要がないでしょう?」
「確かに」
人の命、それも親族の物だ。
たった一言で殺したと納得してしまう彼らは、ブレイスの中で異端という存在ではない。
むしろ一般的、模範的だとすら言っても間違いではない。
「そういえば最近」
リュウが不意に天井を眺めるようにして呟くような声で言った。
「父上を見ませんね」
「確かに、だれか会ったか?」
リュウの正面、最年長と思われる男が他の4人を見回す。
それに、全員が首を振る。
「父の身に何かあったのだろうか」
視線を上にあげてみたり、首を傾げて見せたり、それぞれがそれぞれのやり方で疑問を表現してみせる。
誰も何も知らないのでは、とカイルに思わせるだけの演技力だった。
「まあそれはさておき、今日はゆっくりしていってください」
その台詞を全員が嬉しそうに笑って受け入れる。
リュウが続けて言った。
「それと、俺の姉さん、ミラですが以前から言っていた様にもしかすると、もう1ヶ月以内に……」
「……そうですか……見舞いに行かせて頂いても構いませんでしょうか?」
瞳からは、彼の姉を本気で案じているとしか見えなかった。
今まで、誰も目の奥の感情を見せようとしなかったのだが、今だけは彼女のその目には悲しみが映っている。
だからこそ、カイルはこれだけは信じても良いと思った。
ブレイスの中でも信頼は存在出来ると期待を微かに抱いた。
「いえ、死なせるつもりはありません。 面会は断らせて下さい」
気丈に振る舞う演技、それは話し相手の女性を除き、完全に見抜かれている様に見えた。
だが、カイルがそう感じたのはその場の面々が全てを見透かすような雰囲気を匂わせている事を感覚的に気付いたからだ。
「分かりました」
そこからは、カイルには理解し難い話が幾らか続いた。
話の内容には、情勢がどうこうで戦争が一時停戦だの、血の因子がデシアに関係があるだのと、興味深い内容も多く含まれていた。
「そういえば、停戦期間はいつまでだ? 俺は交渉には関わっていないからな。 詳しくは知らない」
最も体格の良い、やはり未だに名前すら聞けていない最年長の男に答えたのは先程ミラという名のリュウの姉の身を真剣に案じていた女性だ。
「1年です。 各国の危険人物はもうまとめてあります。 分担して処理しませんか?」
処理、という言葉の持つ意味が暗殺である事が分からないほどカイルは鈍くない。
その任務が自分に与えられる可能性もすぐに気付いた。
力を隠しながら戦う事がどの程度難しいのか、もしくは魔力に反応はしないのかと不安ばかりが彼の頭を支配していた。
「良いだろう」
誰も迷う事なく頷く。
国の頂点に立つ者が自国の存在ではない、やがて脅威となる強者を殺そうとする事に異論を唱えるつもりは彼にもない。
だが、停戦中に暗殺という卑怯な作戦には異議を唱えたかった。
それを対等な立場に立って意味を持つ言葉として理解してもらうには、悲しい程に力が足りない。
力がなければ、考えを理解してもらう事さえ叶わない。
それが現実だ。
何かを求めたいならば、まずは力を手に入れる必要がある。
現実は有情で、非情だ。
力を求めるにも、素質や努力と言った資格は必要で彼はそれらを無視出来る程の力を与えられ、今も所有しているはずだった。
しかし、使いこなせない力に意味はない。
身を滅ぼすほどの力に何の救いもない。
だから、カイルは自身の力を否定する。
1人だけの世界で考え込んでいたカイルとは別に、話し合いは終わりへと近付いていた。
「先に決めておきたいのですが次は、一ヶ月後に集まりませんか?」
「分かった、だが次は俺の元へと招待しよう。 食事には自信がある」
と、言った風に最初の死人が出そうな雰囲気から始まった割には、比較的穏やかに終わった。
やがて皆が部屋を出て、カイルとリュウだけになる。
「こんな遅くまで付き合わせて悪かったな。 送ってやろう」
「良い、俺は子供じゃない」
「ハハっ言うと思ったよ」
断ったにも関わらず、彼はついてくる。
次に話しかけられたのは屋敷内から出る直前だった。
「頼みたい事があると、言ったのは覚えているか?」
「あぁ」
背後からの問いかけに振り向かずに答えた。
「単刀直入に言おう。 俺の姉、ミラを暗殺しろ」




