36話
成績の事を少し気にしていたカイルは学校に久々に行こうと考えていたのだが、その想いは叶わなかった。
彼は広く名が知られている上流階級の人間以外は誰も入る事すら出来ない喫茶店にて、この街の絶対的な支配者と会話をしていた。
「適当に頼めよ、幾らでも奢ってやる」
テーブルの端に備えられた機器に表示されているメニュー表には、価格など何処にも示されていない。
この店では飲食にお金を払う必要はなく、滞在した時間でお金を払う必要があるのだ。
地区によるが、一般市民の平均収入から計算すれば無理をしても1分が限界だ。
「学校に行こうと思っていたんだが」
「いや、行かなくていい」
「は?」
「お前が俺に従っている限り、出席しなくてもいい。 成績はウチの最高評価で卒業させてやる」
それはカイルにとっては有難い事だった。
この学校を最高クラスの評価で卒業出来れば一つの地区を手に入れる事さえ時間をかければ可能だ。
彼の学校の評価にはそれだけの価値がある。
出席する必要が無いのであれば、それだけ自由な時間が増える。
そうすればよりダンテを探す時間や、彼女を越えるための鍛錬の時間も増えて行く。
彼が学校を卒業しようとしているのは自分の無力さを知っているからだ。
1人では、何も出来ない。
権力がなければ、彼女が戻ってきた際に守り抜く事が出来ない。
「有難いことだな。 で、要求は? もう、様子から察してたがあるんだろ?」
「察しが良いな。 優秀な奴が相手だと話が楽でいい」
「で?」
興味がないと目で告げるとリュウはまるで可愛い弟でも見るような目で笑う。
「わかったよ、今日、会議に出てくれ」
「会議? 何の?」
「俺の家族の集まりだ。 護衛を付けることになってる」
「何故、俺が?」
「決まってるだろう、俺の知っている中で一番お前が優秀だからだ」
「……それで、本当の理由は?」
「はは、お前に全員に顔を覚えてもらいたい。 これから会う奴は全員敵だ」
聞いてすぐにカイルは周囲を警戒して見渡す。
店の中に、店員を除いて誰もいない事を確認してから視線を戻す。
「安心しろ、貸切だ」
「そうか。 家族だろ、何故?」
「最初から、俺と血の繋がってる奴らは誰一人として味方じゃない」
「だろうな。 で、覚える必要性は?」
「これ以降、機会がないからだ」
写真で良いのでは、とカイルは思ったが彼にも興味がない訳ではない。
別の事を問うことにした。
「……なら何故、また今更?」
「別に教えても良いが、騒ぎになるのも面倒だ、一応黙っておく」
「まあ、わかった。 いつだ?」
「今日の夜」
「いきなりだな」
「俺がお前が起きたと聞いてセッティングしたからな。 眠ってる間にお前の仕事はもう既に二つ出来た。 その内のひとつだ」
これは信頼か、それとも忠誠テストかとカイルが疑いの目を向ける。
それを気にせずに、ようやく送られてきた食事に手をつけ始める。
「さて、食事を終えたら一旦解散としようか」
「いつ、どこに行けば良い」
無愛想な問い。
腹を立てたりすることもないらしく、僅かな時間考え、答えが返ってくる。
「俺がお前の家に行こう。 それと、これからは念のため深夜はお前の家の半径10キロの範囲に幾らか監視を置く」
これは恐らくは、彼の眠っている時間を襲撃される可能性を案じての事だろうが、カイルにとっては疑われていると少しひんやりする気分になった。
会議云々で危険がある事は元より承知の上だからこそ、夜中に自由な身動きが取りづらい事がより気になってしまう。
何か感じ取ったらしいリュウが笑って言った。
「家の近くに置くわけじゃないから私生活に関しては安心しておけよ」
「そうか、俺は意外と繊細なんだ。 気を使ってくれ」
「ははは、遠目から安全を確保できるように予定より増やしておくよ」
後半は、彼に今後待ち受けている任務からは到底想像出来ないほどの、笑いの飛び交う和やかな談笑にて終わった。




