35話
「お誕生日おめでとう!」
遊ぼうと呼び出された先には、誰もいなかったので行く宛がなく家に戻って来たカイルに待っていたのは、お祝いの言葉だった。
意味が分からず、目を白黒させながら状況を確認する。
「……は?」
真っ先に目に映ったのはミヤ。
その左右にはビオス、ユウカ。
そして、聞こえた声の数は4つだった。
残りは最近良く声を聞いている少女の物だ。
「後ろに、誰かいるのか?」
「えーあなたは声さえ覚えられないんですか?」
生意気な反応と共に前に出てくる。
ユウカとミヤの間を抜ける際、ユウカの手によって頭が撫でられていた事から、多少は親交があるのだと分かる。
だが、彼女は誰にも姿を晒してはいけないはずだ。
怪訝な表情で見つめているとナナが抱きついてくる。
無理矢理、彼女にとっては高い位置である胸に飛びついて来た事から、演技だと明白だった。
「私はあなたの親戚という事になっています」
それだけ言うと、離れてから小可愛らしいピンクの包みを渡される。
受け取ると、暖かい視線が向けられた。
「プレゼントです」
中身を確認しようとすると、止められる。
「全員分あるから、後で開けてよ」
「誕生日、と言ってたな」
「違うのですか?」
「今日が何日かわからないがまあ今日がそうなんだろう」
恐らくは、ミヤが計画していたのだろう。
カイルに誰かに誕生日など教えた覚えはない。
この中で誕生日とは言え、ブレイスの情報を自力で調べる事が出来るのはミヤぐらいだ。
「実はねぇ、君の誕生日が近いと知ってから起きる時間を睡眠薬の量で調整してたんだ」
「なんだそれ、殺すぞ」
それに、冗談っぽく笑って見せる。
こういった笑みも素直に扱えるようになったのは、彼らと関わってからの変化だった。
ダンテは年上であることもあり、どちらかといえばお姉さん的立ち位置を最後まで崩そうとはしなかった。
身長はカイルの方が高いのだが、可愛がるような言動や動作が多く少し悩んでいた面も存在していた程だ。
普通ではない生を過ごして来た彼だからこそ、この完全な対等の関係が新鮮に感じられる。
「はは、冗談だって。 ホントは気付いたの一昨日だし」
「それは釈明になってないんじゃないか? 一昨日だったらあり得るだろう」
「そうそう、体に改造とかも……あっ!」
ビオスが口を滑らせた風を装っているが一目見ただけで分かるレベルの浅い演技だったので一瞥して無視する。
「おいおい、無視すんなよー」
「なら分かりにくい嘘をつけ」
「って事は嘘ついても分からなければ良いんだな?」
「死ね」
世界即答選手権、なんて物があれば間違いなく優勝出来る程の速さで答えを返すと。
「それよりも、早く」
ユウカに手を掴まれる。
彼女はこれほど大胆だっただろうかと考える内に、勝手に飾られたリビングへと辿り着く。
「これ、それぞれみんな名前書いてるから後で開けてくださいね」
3つの包みを民間放送用ボードが置いてある台の空きスペースに移動させる。
テーブルの上には、幾らかの料理が並んでいる。
全て、カイルが普段作ることのない物ばかりで、見た目だけで技術の高さが伺えた。
誘導され、椅子に座る。
「じゃあ改めて」
次に二度目のお祝いの言葉が続いて、暫くは賑やかで、彼の人生にとって最後となる能天気なお誕生日会となった。
夜、全員が帰ってから外に出ていたカイルは空に見える青い大きな惑星を見ていた。
夜の特定の時間の空には遠い未来が映ると言われているがそれによって見えるものは人によって違うらしく、真相は定かではない。
彼が今こうして外で白と青が大部分を占める惑星を眺めているのには理由がある。
単純にプレゼントの一つに手紙が入っていたからだ。
後で会いたいと、ダンテから貰ったラブレターよりもよほどラブレターらしい内容だった。
誰の物かももう分かっている。
同年齢の異性の仲のいい存在が少ない彼にとっては初めての経験だが緊張はなかった。
「えい」
唐突に塞がれた視界と同時に背後から背に当たる柔らかな感触。
ダンテはこうした行動を取らないので、恋心から抱きつかれた事も初めてだ。
恋人ではない存在からのそれに対して気分を害する類の感想は生まれない。
「なにかあったのか」
「さて、私は誰でしょう?」
弾んだ声は普段よりも高く聞こえた。
「恥ずかしいなら辞めたらどうだ」
「誰か当ててくれるまでは辞めませーん」
外部から見れば、ただのイチャつくカップルだ。
そう考えると少し恥ずかしく感じてきたカイルは答える。
「ユウカだろう」
「…………」
「おい」
「ち、違いまーす」
意図して作った声は震えていて、最後の方は元に戻りきってしまっていた。
肩の上の腕を掴み、外して振り向く。
顔が薄く赤みを帯びている。
「あ、空綺麗だよね!」
話を逸らそうとしている事は理解出来た。
時間がない訳ではないのでカイルはそれに乗ってみる。
「青い、大きなあれはなんなんだろうな」
「……それ、お父さんは空には破裂したような球が見えるって言ってた」
彼女は二人きりの場合は、あまり敬語を使わない。
使う時もあるのだが、カイルには何によって使い分けているのか全く判別が出来なかった。
それも当然で、気分次第では誰の前だろうと敬語を使わない、という単純で側から見れば面倒な物だった。
「そんな風には、見えないけどな」
「因みに私にも、青い綺麗な星が見えるよ」
「そうか……」
「やっぱり、運命だよね!」
空を見上げる彼女の顔は不安と期待が混ざり合っていた。
「違うな」
「なんでそういう事言っちゃうのかなぁ」
「今日は、馴れ馴れしい日か」
「言い方酷くない? 傷ついちゃうよ」
「勝手に傷ついてろ」
「えー、、今日はそういう気分だっただけなのに」
こうしていても、何も進まないので本題に入るよう促す。
「それで、何の用だ」
「会いたかった、じゃダメ?」
「ダメという訳じゃないが……」
「じゃあそれで」
「えらく適当だな」
聞いた話だが、決して戦争が終わった訳ではなく、今は冷戦状態にあるのだという。
いつまた戦火に巻き込まれるか分からないにも関わらず、彼女の頭の中は未だお花畑らしい。
その平和さが、今だけは少し救いの様に感じられる。
「ねぇ」
そんな事を考えていると不意に声をかけられる。
「ん」
「今でもあの人、ダンテさんの事が好きなの?」
「何故そんな事を聞く?」
「これが本題」
珍しい真剣な眼差しに気圧されそうになる。
「あのね、私は、カイル、貴方の事が好き。 あなたは今でも、ダンテさんが好き?」
すぐには答えを返す事が出来なかった。
正直なところで言えば、分からないというところだ。
色々起こりすぎて、彼には今の自分の想いが把握出来なかった。
確かなのは彼女を救いたいという願いだけだ。
「……今は、分からない」
そう言うと何故か彼女は嬉しそうに笑う。
「そっか……じゃあ、チャンスはあるって思っても良いんだよね」
裏に不安を隠した自信ありげな笑みに、カイルがどう答えるべきか迷っていると、それを勘違いしたのか幸せと表現できる程の笑顔になる。
「……それは」
「今日はもう、帰るね」
結局何も答えられないまま、彼女が去って行ってしまう。
1人になって思う事。
それは今日の出来事だ。
色々ありすぎて、脳内の整理が上手く行かない。
ただ分かるのは、1日を無駄にした事。
鍛錬もせず、ダンテが渡してきた資料について考えることも放棄し、ただ遊んでいたのだ。
それでも、今日の無駄は無駄ではなかったと、カイルは感じていた。
「意外と……こういうのも、悪くない」
どうせ、今はどうあがいても何も出来ない。
力も情報も、何をしようにも全てが足りない。
なら、今はこうして笑っていても構わないのだ。
これは過去の彼では決して浮かぶ事のなかった思考だ。
それを知ればきっと仲間達も共に笑ってくれる。
今の彼は、それだけで十分だと思えてしまっていた。




