32話
それから2、3日が経過して、カイルは最近衝動的な感情が強くなっている事に気付いていた。
常に、誰かが側にいる時に限って、心がざわつく。
決して苛立ちではない感情で、むしろ正反対の物かもしれない。
その事を彼はまだ、誰にも話していない。
原因はまだ掴めていないが、明確に何か体に変化もない。
他人に気付かれない程度であれば許容範囲だった。
だから。
「おはよう」
と、今日もミヤが様子見に来ても、それについては何も言わない。
「あぁ、おはよう」
「状況は?」
「それは研究してるお前達が一番把握してるんじゃないのか?」
「まあ、そうだね」
頷いてから、問題ないと告げられる。
これを信じるならば、この感覚は勘違い、もしくは内面的な感情の動きに敏感になってしまっているのか。
「で、いつまでもこうしていられる訳じゃないんだろ?」
ずっとここにいては怪しまれる。
怪我の治療という名目で滞在している以上、治ればすぐに出て行くべきだ。
お泊まり会だと言って誤魔化すことも出来なくはないが今彼は学校を休んでいるのでそう言ったことも難しい。
「明日、もう家に戻っていいよ。 学校には病気って言ってある」
「そうか」
「あ、別に好きなことしてても良いよ?」
そう言われて、周りを見る。
放送を受診するための機器、音楽を聴くための機器、その他にも文学などの娯楽がいくつかあった。
「今はいい」
「そっか」
部屋を出ようとしたのを見てカイルは言った。
「助けてもらったことに感謝はする。 だが、この選択は多分……」
言うべきか迷った彼に、ミヤが笑った。
その笑顔が生まれる前、一瞬顔を顰めていた事に気付く。
「間違いじゃない」
「お前にとっては……そうなのか」
「うん、それじゃあね」
もう、止めることはしなかった。
その理由もない。
カイルは離れて行く背中を見る事もせず、ただ視線を宙に移し、彼と付き合うようになってからの自分の感情について、考えていた。
ミヤは廊下を歩く自分の足音に、苛立ちを隠しきれなかった。
その証拠の舌打ち、周囲には誰もいないので聞こえないが、彼がこのような行動をするのを見た者は多くない。
カイルがどう言った人間なのかは分かっている。
そもそも彼がミヤを信じてくれていない事に苛立った訳ではないのだ。
他人を信じ切れない癖に、あっさり信じてしまうような彼から、本当の信頼を得るのは簡単ではない事ぐらい分かっている。
舌打ちの原因となったのは、ミヤ自身の記憶にある。
彼はかつて、カイルと同じように幼い頃から同年代の訓練された少年少女に対して虐殺をしていた。
虐殺、と言うのは明らかに実力が釣り合っていなかったのだ。
魔法の才能、運動能力や反射能力といった戦闘に関わる面では、誰にも劣ることはなかった。
それは彼が現ブレイスの当主と同じ遺伝子を持っている事がそれなりに関係している。
今のブレイス当主は、徹底的に遺伝子に改造を繰り返され、魔法戦闘の為に作られた存在だ。
この国の軍部に関わって生きる以上は、その手の物と無関係ではいられないが、彼はそういったライバル達の中でも群を抜いていた。
それでも、努力を怠る事は決してなかった。
自分自身の命の軽さをよく知っていたからだ。
来る日も来る日も、魔法の勉強。
生き残り、それを喜び合う友人が出来る。
だがその友達は次の日にはもういなかった。
また、別の日に魔法の技術を効率よく勉強する為の友達が出来る。
気付けばその友達もいない。
それを繰り返すうちに、彼はいつしか笑えなくなっていった。
生き残る為に必死に魔法を学び、人を殺す機械の完成だ。
そうして全てを殺して生き延びたミヤは、1人の同い年の可愛らしい女の子に出会う。
これから恋人になる子だとして紹介されて、何故だかその子は少し恥ずかしげに、笑っていた。
そして、優しい男の子っぽくて良かったと言われた。
その表情を見た時、彼は殺意を覚えた事を今も悔やんでいる。
その時は、鈍臭そうな、能天気な表情にただムカつくだけだった。
次の日からは少女とは毎日会っていた。
それも当然で、ミヤには家が与えられて、2人で住むことが知らない内に決まっていたからだ。
生き残った者は皆、ミヤと同じように恋人与えられるのだが、それをどうするも自由だった。
殺さなかったのは、ただの気まぐれだ。
監禁して、ヒトとして最低限の権限さえ奪う者も珍しくはない。
そうしなくて良かったと心の底から彼が思うことが可能なのはその少女、フェイのお陰だ。
もう彼女は、この世にはいない。
ミヤが見捨てたから。
彼女は最後、助けを求めなかっただけでなく、助けようとした彼に言ったのだ。
「ありがとうね。 でも、この選択は間違ってるよ」
セリフは意味が同じだけで、まるで違う。
そもそも彼は最後まで言い切らなかった。
それなのに、ひどくカイルとフェイは重なって見えた。
自分自身の無能さを思い出してしまった。
最悪な気分でミヤは呟いた。
「間違いって何」




