31話
首を動かして、周囲を確認する。
まず彼が寝転んでいるのは柔らかい、それなりに高級そうな黒のベッド。
服は勝手に変えられているのか着心地が優しい物になっている。
傷はないが、心臓が圧迫されるように苦しい。
当然だが手元に武器はない。
側には、居眠りしている知らない赤髪の少女の姿。
少し眺めていると、起きたことに気付く。
「あ」
口に手を当てて驚いてから、彼女は外へと向かう。
「全く体の調子は万全じゃないが、動けるな」
体調はむしろ良い方だった。
傷を負ったはずだが、そのような物は見当たらない。
暫くして、現れたのは先程の少女に、ミヤ。
白い無地の袖が長めの服は、彼にとっては少し大きな物だった。
「おはよう、長い眠りだったね」
「どれくらいの時間眠っていた?」
「7日だよ。 睡眠薬の所為だけどね」
「ここは?」
「そうそう、君がいるのは僕の家の近くにある研究所、っていう事になってて実際は秘密で所有してる地下室」
カイルは彼が研究所を所有しているというのは以前に聞いていた。
そこに、ノアも収容されていて、自分もそこに収容されるのが正しいはずだった。
この状況でそうしない理由があるのかと怪しみの眼差しを向けようとする前にミヤが言った。
「言いにくいんだけど…………君の体には」
前置きから次の言葉を紡ぐ前に、一度呼吸を挟む。
これから、それほど緊張を要する言葉がある。
それは恐らく、今カイルの中にある力に関してだろう。
その後に、少しでも彼に好意があるのであればこれからブレイスの元へと連れて行かれるか、もしくは殺されるかが告げられるだろう。
そんな不安が浮かび、同時にミヤはそんなことをしない、とも思えてしまう。
そんな希望は戯言に過ぎない。
追い込まれたこの状況に置いては何の意味も持たない望みだ。
「ダンテと同じ力が存在してる」
ここでようやく今まで合わなかった視線が合う。
何かの決意を秘めた視線。
それはきっと、今までの友達ごっこを辞める覚悟で。
「それで?」
「君には暫くここにいてもらう事になる」
「殺すか、実験体にするか。 もう決まっているのか?」
カイルがそう質問すると、不意を突かれたような顔になる。
そして、また懐かしく感じる女の声。
「カイル!」
それに続いて、また見知った顔が見えた。
ここにいるという事は、このいつもの2人もきっとミヤと同じ考えを抱いているのだろう。
「体は?」
「問題ない」
「本当に?」
「あぁ」
カイルは心配そうに聞いてくるのに、少し違和感を感じる。
彼らは今更、何を同情しているのだと、苛立ちさえ感じる。
彼はダンテ同様に死ぬべき存在だ。
放っておけば少なくとも街が滅ぶ。
「さっきの質問に答えようか」
どうやら、既に結論は出ていたらしい。
だが、今、本気になれば3人と、もう1人知らない少女を殺すことなど容易いだろう。
理由は分からなくとも、秘密の地下室に睡眠薬で眠らせたからには彼らはブレイスに頼る事をしなかったはずだ。
そこに何らかの思惑があるにしてもそれは大きな間違いだ。
「どっちかで言えば実験体になってもらう、でも」
「なんだ」
その答えは、狂っていた。
「力を制御する方法を探す、か、力を取り除く手段を見つける。 僕らだけでね」
「は? それは、裏切るという事か?」
力を勝手に手に入れた挙句、それを研究する。
そんな事が認められるはずがない。
「違うよ、裏切りなんて許されない」
「だがこれは裏切りだ」
「いやいや、多分バレてなきゃ大丈夫だって」
「お前はバカか? それとも死にたいのか?」
「ちょっと落ち着いて。 カイルは何を怒っているの?」
彼に怒っているつもりなどなかった。
ただ、救いようのない決断に呆れているだけだ。
その答えに何も感じていない方がおかしいのだ。
「これは、もうブレイスに対する反逆だ」
「僕はそう思わないけど、それで?」
「俺の力が目当てか? だとしたら諦めろ。 俺は多分あいつほど才能がない」
「違うよ」
「なら、何故俺を匿う? この力を利用してブレイスをひっくり返したいのか?」
「うーん、なんで?」
そう言ってユウカ、ビオスの方に振り向いて問う。
カイルにはもう何も考えずにこんな事をしてしまったのかと呆れることさえ出来なくなってしまった。
「俺に聞かれても困るなぁ……ま、友達だから?」
それにユウカが頷き、ミヤが笑う。
「ま、そうだね。 友達だからで良いや」
「…………は?」
信じられないという顔で固まるカイル。
「で、納得出来た?」
「全く出来なかった」
「そっか、まあ別に良いけど」
「お前達は、何故、俺を」
それを遮ったのはユウカだ。
「最初に助けてくれたのは、あなたでしょ」
「友達だろ?」
彼らは、今世界が滅ぶ可能性を保護しようとしているのだ。
それだけでなく、友達だと言っている。
そんな事を、本心から言ってもらえる関係など、有り得ないとカイルは思っていた。
しかし、彼らとなら、そんな風に思わせてくれるような物がその声には存在していた。
それが何か、とは誰も説明出来ないだろう。
それでも今の返事が何故か、ひどく心の中で落ち着いてしまった彼には、もう反論することができなかった。
「……そうか」
納得を示すと、皆が興味を失ったかのように彼から視線を外して、一瞬、不思議な感覚に包まれる。
心の中が空虚になったような、逆に満たされているような、不思議な感覚。
少し視線を上げて、宙を眺めていると。
「そうそう、で、まあそんな事どうでも良いから今度さー」
という風に、雑談が始まってしまう。
彼らにとってこの状況は非常事態ではないらしい。
何か一つでもバレた時点で、全員が殺される。
それなのに、緊張感もなく次の休みで遊ぶ話を始めてしまった。
「カイル、お前も行くよな?」
彼が困惑している間に何処で何をするかが決まっていたらしく、唐突な誘いに戸惑う。
「カイルも行くってさ」
「何も言ってない」
否定すると、何がおかしいのか3人、それに関係のない少女までもが笑い出す。
「ね、自己紹介して良い?」
笑い終えた後、彼女は輪の中に入ってくる。
「あ、カイル、彼女はフェイ」
「自己紹介するって言ったじゃん!」
「して良い、でしょ。 するとは言ってないから良いかなって」
「良くない!」
カイルの第一印象では、綺麗なお姉さんだったが喋り始めてからの印象はすぐにうるさい、という失礼な物へと変わっていた。
「先に説明しておくけど、彼女は、もう既にいない事になってるから、注意してほしい」
「いない事になっている? 死んでいるということか?」
「そう、研究の結果。 死亡ということになった」
彼はどうやら、まだ別に罪を犯しているらしい。
これ一つであれば、まだ立ち位置を考えれば分からなくもないが、今のカイルを匿い、研究する、という行為は誰であっても見逃してもらえる物ではない。
今更どうあがいても手遅れな状況になってしまった以上、そんな罪人とでも、協力しあって行くしかない事だけは確かだった。




