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30話

「目を覚ませ。でも瞼を開くなよ」


 意識が戻ると同時に、カイルには誰かの声が聞こえた。

高く、どこか内面的な苛立ちを表現しているような声で、それが自分の物と酷似している、もしくは全く同じであると気付くまでに彼は少しの時間を必要とした。

矛盾しているように聞こえるセリフに、言った。


「どっちだよ」


「やっと起きたか」


 今、心の中から、声が響いている。

もうこの時点でカイルには半分程度は予測がついてしまった。

余り望ましくないどころか、きっと人生は終わりかけの状態だ。


「何故、目を開いてはいけない?」


「まず、外の状態だ。今テメェは捕らわれている」


「そうか、それを知るお前は何だ?」


「そんなのどうだっていいだろ、ってかどうせ気付いてるんだろ。 あぁ、因みに言わなくてもある程度は分かるよ」


 心の中を読み取られていると分かっても、それに対しての対抗手段を彼は知らない。

気にすべきではない事だが、完全に意識外に置くことも難しいものだった。


「なら、次の質問だ。 何故お前は俺の中にいる?」


「イヤイヤ、気付いてないだけでさ。 俺は元々お前の中にいたんだ」


「は、何を言ってる?」


「産まれた時から、お前の中に、いや誰にでも存在してる。 そう言う存在だ」


 まるで演説でもしているかのような口調だった。


「まあ、いい」


 その説明で理解した訳ではない。

だが彼の中に存在している理由などどうだっていいのだ。

これからどうすべきか、その存在が害となるのか、利用出来るのかを把握すべきだった。


「物分かりがいいな。 何から話そうか。 一片に全部話してもややこしいから、現状を説明してやる」


 仮にその説明が正しいのであればこれは大きな異能力を習得したかもしれない、と脳裏の奥底で考えるように意識をする。

これで反応が変わるならば、と思ったのだが、すぐにそれに何の意味もない事に気付く。

思考を読まれているならばその思考回路も全て読まれている。

一応、次の言葉が発されるまで待ってみても、それに対しての反応はなかった。


「理由はよくわからないが拘束はされていない。 多分お前がもっと俺に身を預けてくれれば色々分かるんだけどな。 気絶してる間だけ強引に乗っ取ってみたが、意識がないままだとヒトは何も聞こえないし見えないらしい」


 もう、ここまで来れば確定と言っていいだろう。

この存在の名称はデシアだ。

ダンテが持つ化け物の力。

単独で兵器さえ超えてしまう圧倒的な力。

そして、用いれば自我を保てなくなってしまう諸刃の刃。


「あーーお前、まさか優秀な奴だったりするのか」


「いきなりなんだよ」


 その声には純粋な関心があった。

同じ存在だと言われてから、内心に意識を向けると彼の中のデシアがどのような意思を持っているのか何となく感覚的に掴む事が少しずつ理解出来てきていた。


「心の中が読み取りにくくなった。 聞こえないのは何も考えてないからだと思ってたが……違うよな」


「さぁな」


 中から感じる感情からはその反応は嘘だと思えなかったが、これさえも演技である可能性が捨てきれない。

何しろカイルに取って自分の中での会話など初めてだ。

現時点では絶対に信じられる情報はない。


「あぁ、クソ。 意外とメンドクセェ奴に憑いてたってことかよ」


「そんなの俺に取ってはどうでもいい。 早くお前が知ってる情報を寄越せよ」


「…………分かった。今お前の側には2人、何かいる。 あ、1人が離れていくな。 あと気付いてるだろうが体の麻痺が消えたぞ」


 それは睡眠薬の事だ。

薬物に対する耐性もそれなりに高いカイルには不十分だった。

だが、それをやって拘束しない理由が分からない。

まだまだ情報が足りない。


「他には?」


 何か、と言っても動く物であれば基本的にヒト以外の答えはありえない。

そうでないなら警戒する事が無駄か、そもそもその必要性がないかになる。


「あと、お前の側には色々機械がある」


 今のところは全てが想定内の事だ。

ヒトが側にいると言うのは研究員だろう。

機械というのは実験装置だと思われる。

捕まって実験されているかチームを組んだ3人の誰かか全員がブレイスの上層部に報告したのだ。

それは正しい判断だ。

カイルが逆恨みするような理屈など存在し得ない程に。


「だとすれば、どう転んでもどうにもならないようになっているな」


「なら、俺の力を使えよ」


「は?」


「俺の力を使えば、この場を抜け出すだけじゃなくきっとお前の恋人を助ける事だって出来てしまう」


 余りに都合の良い展開だった。

何のデメリットもなく、そんな美味しい話があるはずがない。

必ず後で何かの代償を支払う羽目になる。

だから、言った。


「制御出来ない力なんていらねぇよ」


「じゃあ、どうするよ? このままだと何も出来ず何かを待つだけだ」


「俺はそれで良い」


「……はー」


 心の中でも溜息は吐く事が出来るのかと感心していると、未だに個としての名前さえ分からない化け物が続けて言った。


「まあそれで良いよ。 じゃあ目を開けて、ダンテが死ぬのを黙って見てろよ」


 動揺させるために、どこかで何かを仕掛けてくる予想はしていたが彼には、この話からの動揺は避けられなかった。


「おい! なんだそれは! どういう事だ?」


「おー恋人がお前のキーか。 あ、今の嘘ね〜」


 早速、弱みを握られた状況になってしまった。

それも、全てがカイルの甘さが始まりだ。

元はと言えば、恐らくはビオスやユウカを助けたせいだ。

その挙句、助けた彼らには裏切られてしまっていて、これではまるで悲劇のヒーローだ。


 結局、他人が傷付く事を無視出来ない甘さは、見世物としては良いかもしれないが現実では何の役にも立たないのだ。

最初の時点で彼らを見捨てる事さえ出来ていれば、カイルは今こんなことにはなっていない。


「何にせよ、まずは目を開けろよ。 状況を知りたいのは一緒だろ」


 状況を知りたいという思いは確かに、彼の中にも存在していた。

だから、反対せずに目を開く。

最初に見えた風景は、ただの白い壁だった。

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