29話
ビオスが結界を部分的に削除して、ミヤが側面の柵を魔法で爆破し、進む。
多少の音なら問題ないと判断した結果だが、予想以上に周囲には誰もいなかったらしく警備が一切見当たらなかった。
「行くぞ」
多少の不安を抱えつつも突き進む。
途中で悩むぐらいなら、最速で中心に到達して相手の反応が間に合う前に抜け出す、という馬鹿なぐらい単純な方が良い。
そもそも彼らは誰1人として内部の構造をマトモに知らないのだから考える意味は全くない。
「だれ」
「ごめんね」
誰だという短い単語さえ言い切ることが出来ずに倒れた研究員に、誰も目もくれず走る。
目的地は中心の大きな建物ではなく、中にヒトがいる檻が幾つも並んでいる大きな広場だ。
全員が言葉を交わすまでもなくあそこが怪しいと感じたのだ。
「あ、ちょっと」
聞こえた聞き覚えのある声に誰も反応はしない。
無視してトップスピードで走る。
逃げ切れば少しは時間がある。
しかし、彼女はそれほど甘くはなかった。
「こらー」
覇気のない怒りと同時に現れたのはやはりダンテだった。
「退いてくれ」
「えー、私を助けてくれないの?」
「なら、助けさせてくれ。 俺はどうすれば良い? 何をすればお前が戻って来る?」
彼女は首を傾げて、少し悩む仕草を見せてから答えた。
「なら、私と一緒に来てくれる? それからゆっくりと時間をかけて私を助けてよ」
「それは出来ない。 お前が俺の元に戻ってこい」
「だよね、優しい、弱いあなたには選択できない。 そう言うところも好きだけど」
「黙れ、良いから俺の元に来い」
「あは、それについていけたら楽しいんだろうなぁ」
「だから来いと言ってる」
「でもそんなに簡単にうんって言う訳がないのも知ってるでしょ」
カイルはそれに向かって、答えながら剣を振りかぶった。
「力尽くで言わせてやる」
「あはは、カッコいいね。 でも、あなたに、その力がない」
「黙れ、俺はやると言ったらやる」
「じゃあ、皆を裏切るって言う話は?」
彼の背後から疑惑の声。
「ん、裏切る?」
「ふふ、どうする?」
ダンテは愉しげに笑っている。
カイルが答えるより早くミヤが言った。
「聞かなくて良いよ、嘘だ」
「それなら、良いんだけど」
「どうでも良い、俺はお前を止める」
「やって見てよ」
「あぁ、一瞬だ」
斜めに大きく飛ぶ。
移動しながら、魔力で造られた槍を3つ放つ。
「あれれ? 一瞬ってどのくらいの時間だったかな?」
弾かれるが最初からカイルの想定内だ。
カイルの単純な魔法攻撃で勝つ事が可能ならもう既に彼女は何度も死んでいたはずだ。
それだけでなく彼女はミヤの致死の光線魔法で明らかな致命傷を負った事があった。
しかし彼女は今こうして生きている。
だから、きっと今勝つ事は不可能だ。
なら何故彼は動いたのか、というと時間稼ぎの為だ。
もう既にチームは動いていた。
檻の中の実験体を連れて帰るのは不可能。
なら、必要な物だけを持って行く。
血を抜いているミヤの背を2人が守っている。
体に宿る血は魂に繋がっている。
厳密には魂からの一方通行だ。
血はデシアの影響を非常に強く受ける為か、デシアの研究に有用であると判明している。
例えばノアは過去に採血したダンテの血とデシアを受け入れて、実験は成功に見えたが結局失敗、結果として化け物となったのだ。
実験体に輸血するまでは完全な拘束状態のまま、デシアを受け入れさせていたがすぐに拘束を破壊し、暴れ出していた。
ノアの状態が最も成功に近いのが現状だ。
この研究を完全な物とするにはより多くのサンプルが必要だ。
カイルの囮によって無事デシア実験体の採血という作戦の理想目標は達成された。
後は逃げるだけだ。
カイルは打ち合いを10度繰り返した辺りでダンテが手を抜いている事には気づいたが、彼には手を緩める余裕がなかった。
「あのね、デシアの研究が進めば進むほど強力な魔法も開発される、それで今までは見えなかった道が見えてくるの」
「お前の言う事が相変わらず意味がわからないな」
2人はこの間も手を休めずに話している。
カイルには全く余力がないが、表情にはそれを出していない。
それがバレている事を理解していても、素直にそれを表にしようとは彼には思えなかった。
「ふふ、でも争い合う事になるのは分かるでしょ?」
「……」
もう、彼女は死ぬべきだった。
彼女が生きている事はこの世界の為にならない。
「あ、争いを止める為に私を殺す? 出来るなら良いけど。 でも、貴方には出来ないでしょう?」
「もう、黙れ」
「はーい」
ダンテは何も言わずに素直に黙って次を待つ。
だが、言うべきセリフが浮かばない。
もう何を言っても無駄なような、そんな気がしていた。
「喋っていい?」
「…………何故あいつらを止めない?」
「デシアの研究を各国で進めてもらう為には多少の情報流出が必要だから、もう他の国も多少の情報は持って」
途中で喋りを止めた理由はカイルの左後ろが原因だった。
「予定より早いなぁ。 さ、もうひと頑張りしてね。 私は見ててあげるから」
ダンテが飛び、距離を取る。
「あああああぁぁ、う、う」
呻き声から、叫び声に変わる。
「いやああぁぁ!」
年はカイルと同じぐらいだと思われる制服姿の女の子の物だった。
体が半分程度黒く染まっている彼女は錯乱したまま彼に襲いかかってくる。
叫び声に混ざって背後から仲間の声が聞こえた。
「カイル! 一旦下がって」
それに従う。
合流して、4人が揃った。
「こっちは終わった、けど逃げ切れないかな?」
「不可能じゃない、がこいつは」
以前戦ったノアと比べると遅かった。
全員で頷く。
それで、意思疎通は十分だった。
カイルとミヤが前に出る。
長く伸びた、ヒトの物とは思えない爪が襲いかかってくるが一撃は何とか受けられるレベルの威力でしかない。
これなら。
「いける」
「だね〜」
カイルの攻撃を避け、ミヤを吹き飛ばす。
追撃をユウカの魔弾が遮り、ビオスの幻覚が動きを鈍らせる。
順調に対処している彼らの元に、もう1人、制服を着た男子生徒が向かってきていた。
その姿はまた、同じ黒。
「もう1人!?」
狙いは後ろのユウカ、ビオスのどちらかの様だった。
前に出ていた2人に一切の会話はなかった、だが考える事は同じだ。
倒すのではなく、一度だけ吹き飛ばす。
すぐに振り返り、飛ぶ。
動きはミヤよりも、カイルの方が速い。
振り向いた時にはもう既にギリギリだった。
カイルには間に入り、一撃を受ける事が限界だった。
剣で受けるのが後少し遅れていれば、体が真っ二つになっていた、そんな受け方だった。
大きく裂けた胸元からは血が溢れ出している。
彼は痛みには慣れているのでそれに泣いたり騒いだりする事はない。
だが、治療が遅れれば死ぬ程度の怪我である事は確かだった。
少しして、彼の安否を心配する声が響く。
意識が薄れて行く彼の意識に最後に入った声は恋人の優しい声だった。
「やっぱり」




