26話
全て終わった後暫くして、リュウがカイルの元まで来た。
「ノアは殺されたか?」
その声に心配の意図はない。
ただの疑問だった。
「いや、生きてるはずだ」
答えて進んだ道を振り返る。
合わせてリュウも見る
その方角からミヤが元に戻ったノアを抱えて歩いて来ていた。
「研究所に連れて行ってもいい?」
彼は声が聞こえる範囲まで来て開口一番そんな事を言った。
「あぁ、構わない。どうするつもりだ?」
「よくわからないけど、取り除く」
「ふむ、まあ、いい。後でこいつ専用の睡眠薬を渡す」
そう言った背後からかかる声があった。
魔法が発達した今では珍しい、鎧を着た威厳のある老人兵士だ。
「報告です。レイラ、マフィン、マースの三国の軍が領内ヘ向かって来ています」
「ん、何故だ?」
「分かりませんが……」
「まあいい、連携していようと関係ない。 敵は全て潰せ」
老兵はその言葉に、部分的な否定をする。
「いえ、三国は共闘関係にないようです」
「どういう事だ?」
やり取りの声や表情から、二人はそれなりに親しいのだとカイルは既に感じ取っていた。
老人兵士が言う。
「現在、三国の軍は領内間際で争いあっています」
「構図は?」
「それぞれ、味方は無しのようで。 マースに至っては何故ここまで遠征して来てまで二国と争うのかが分かりませぬ」
レイラ、マフィンは隣国だが、マースはここに来るためにはその2国の領内を通るか、奇襲の受けやすい山道、もしくは大幅な遠回りをする必要がある。
ブレイスの領内付近で二国と争うメリットは全くないはずだった。
「諜報員からの報告は?」
「誰からもありません。殺された可能性が高いと見ています」
「そうか」
リュウは5秒ほど考え込んでから言った。
「各国に送り込んだ工作員を総動員してとにかく国内を荒らす。 今回で使い切る勢いで良いと幹部連中に伝えてくれ」
「攻め込むおつもりで?」
「いや、研究の為の時間稼ぎだ。 デシアの研究さえ完成すれば多分10人いれば一国を潰せる。 だから、誰より早く完成させる」
事態は大きく動きそうだとカイルが考えていると彼にも声がかかる。
「カイル、ミヤ、お前らに前言った任務、少し早いが明日行ってくれ」
「まあ、面倒だけどそうなるよねぇ」
「そこでデシアの情報が得られるだろう」
「ということはある程度は何が行われているかもう分かってるのか?」
「いや、ダンテが興味があるならそこにデータがあるから来いと」
カイルも、ミヤも同じ顔をする。
あからさまな罠だ。
だが彼がそれを理解していないとも思えない。
「多分、読まれてるぞ」
「知ってるよ、あいつの話し方から推測するとお前に来て欲しいんだろう。それに、少なくともあいつはお前を殺さない」
何かについて確信がある事だけが分かった。
それだけ理解していて、カイルを死なせたくない事がポーズでないならば、彼の知らない部分に重要な鍵がある。
仮にそれがポーズだとすれば死ぬだけだ。
否定が出来ないならば、存在する答えは沈黙か肯定だ。
カイルが選んだのは沈黙だった。
それに対する批判はない。
彼の反応を気にしていないのだとすぐに分かる。
次に言葉を発したのはミヤだった。
「うーん、下手をすれば僕ら死ぬよね」
「それは許さない、死なないように頑張れ」
カイルにもミヤにも死ぬつもりはない。
だが努力だけではどうにもならない事は多々ある。
今回の攻撃がそうだった。
誰がどうあがいてもダンテを止める事は出来なかった。
「無茶苦茶だな」
「俺はそれが可能だと思っている」
「ダンテのような奴が大量にいたとしたら?」
「今の状況でそうなってた場合は多分この世界ごと滅ぶよ。 生まれた時からあの殺意の塊と共生しているダンテでさえ完全に制御出来ているとは思えない」
「殺意の塊?」
「ん、まあ魔力の塊と考えてればいい。 力が増すほどに殺意だとかのマイナス感情も強くなる」
その辺りのことはカイルにはよく分からない。
力を使えば使うほど、殺意が増すのか。
もしくは力を手に入れるほどに殺意が増すのか。
だとしたら何故カイルにはその感情が向かないのか。
そもそも彼の言う事が正しいかも分からないので考えても仕方のないことだ。
「面倒だ、今日は、もう休む」
リュウが言った。
「はは、まあ色々と疲れただろう。今日ぐらいゆっくりと休め」
「僕も、ずっとノアを持ってて疲れたよ。また明日」
別れの挨拶の後、方角は途中まで同じだったせいで結局二度、同じ言葉を放った。




